「老害なんて冗談じゃない」宮本亞門×鹿賀丈史 撮影で見た能登半島の“復興の現実”とショックだった“若者の暴言”

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2025年06月28日 11:10  web女性自身

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「まだ頑張らんといかんのか」



石川県能登の山奥、崩れた家屋の下から、男が一人救い出された。泥にまみれた顔、鬼のような形相。人々は彼を「黒鬼」と呼んだ。生き延びた彼は、あたたかな声をかける人々に目もくれず、鋭い眼光を残し、去っていく――。



その姿に重なるのは、あるニュースで目にした被災者の一言だった。胸の奥まで響いたその言葉が、宮本亞門(67)に映画『生きがい IKIGAI』を撮る決意をさせた。今回、黒鬼こと、主人公の山本信三を演じた鹿賀丈史(74)とともに、能登の現状への熱い思いと、復興の願いを語ってくれた。



’24年元日、能登を襲った大地震。さらにその約8カ月半後、再び豪雨災害が町をのみ込んだ。



宮本はその夏、現地でボランティアに参加するなかで、被災者からこう言われた。



「あなたはボランティアをしなくていい。この現状を少しでも広めてほしい」



しかし、「自分はテレビの人間ではないし、舞台も違う」と断ることしかできなかった。



「でも、自分にできることはないのかとずっと考えてしまって」



現地には、無気力になった人たちがいた。復興はあまりに遠く、日々の目標を失った人々。



「もういいや」「何をしても無駄だ」そんな重い空気が立ち込めていた。そこに一石を投じたい、と映画を撮ることに決めた。



いっぽう、石川県出身の鹿賀は、主演の打診を即答で受けた。



「地元に対して何もできていなかった負い目があった。亞門さんから直接連絡をいただいて、『やります』とすぐに答えました」



マグニチュード7.6の衝撃。羽咋市に住む鹿賀のいとこも、海抜2mの地域だったため一夜を避難所で過ごした。



「地震の翌日に電話したら、明るい声で『大丈夫だよ』と言ってくれましたが、現実は大変な体験をされていたんだと、あとから思いました」



実際に撮影で現地に入ると、その惨状に衝撃を受けた。



「家が取り壊されていくところを目の当たりにすると、ここに住んでいた人たちはどうなったんだろうなど、いろいろなことを感じました。倒壊した家の前を歩くシーンでは、本当に誰にも会わないんです。人がいなくなったという実感がわいてきて、ここが、人々から忘れられた場所にならなければいいな、と。輪島の朝市も、また戻ってきてほしいと願いました」



撮影は、わずか5日間。直後には家屋の取り壊しが予定されていたため、撮影スケジュールもタイトに組んだと宮本は語る。



「あっという間に何もかもが壊されてしまう。人の記憶も、痕跡も、すべてが消える。だから、この景色を残さなければと思ったんです。余震のなか、ヘルメットをかぶって、必死にカメラを回しました」



鹿賀が不眠不休で演じた黒鬼は、妻に先立たれ、孤独な日々を送る男だった。そこに2度の大災害。3日間、瓦礫の下に閉じ込められるなか、「これでやっと死ねる」と思ったが、皮肉にも助け出される。鹿賀は黒鬼にこう寄り添う。



「きっと彼は、また孤独な日々が始まるとわかっていた。だから、ボランティアに対しても厳しい言葉を投げつけたんだと思います。ところが、下敷きになっていたとき、落ちていたせんべいを無意識に口にした。人間って、そういうものなんだと思いました」



映画のタイトルにある“生きがい”も、ある女性の一言から生まれたと宮本は明かす。撮影中、自分自身の生活もままならないなかで協力してくれたその女性は、こうつぶやいたという。



「自分が生きていくうえで、もうすべてがなくなる。仕事も、生きがいも。それがどれほどつらいか、わかる?」



その言葉が、宮本の心を打った。



「でも、彼女は撮影に協力しながら、『よかった』と、うれしそうにほほ笑んでいたんですよ。人は、どんなに極限の状態にあっても、誰かのために動いた瞬間に光が差し込むのかもしれない。人と人との絆がつながっていくことで生きがいが生まれてくるのだと思い、このタイトルにしました」



映画のセリフはすべて、現地の人々の声から紡がれている。「自分が作ってはいけないと思った」と宮本は言う。



ボランティアに「出てけ!」と叫ぶおじいちゃん。妻を亡くしたご主人は、「もう来なくていい」と背を向ける。



「ニュースでは、『助けてくださりありがとうございます』と、謙?すぎるほどの言葉ばかりが伝えられます。でも実際、その心の奥底では、癒えない痛みや複雑な思いが渦巻いている。一つひとつの思いをきちんと受け継ぎたいという気持ちで作ったのが、この映画なんです」



作中、あるお茶碗の話が印象的に描かれるが、このエピソードも宮本が実際に耳にしたものだ。



夫を亡くした女性が片づけをしている最中、ボランティアが「これ、ゴミですよね」と言った。その瞬間、彼女は大きなショックを受けたようで、声も出さず、寂しそうに頷いた。そして後日、ゴミ捨て場に向かう車に同乗した彼女は、解体される様子をじっと見つめていたという。



「この時代、災害に遭っても、『前を向いて生きよう』『次へ行こう』と急かす風潮があるような気がするんです。ある若者が『お年寄りはもう長くないし、仕方ない』と言ったのを聞いたときは、グッと胸が痛んだ。老害なんて冗談じゃない。人は死ぬ瞬間まで人であり、愛おしい存在で、未来がないなんてことを、誰も口にしてはいけないんですよ。だから、思うんです、自分の心に蓋をしてまで切り替えなくてもいいって」



映画の終盤、黒鬼のもとを訪ねてきた若いボランティアに一服のお茶を勧める。使われたのは、亡き妻との思い出が染み込んだ、ひとつの茶碗。そして、黒鬼は倒壊した家に閉じ込められていた間のことを青年に話し始めるのだった。言葉少ないやりとりのなかで、心が静かに動き始める黒鬼。



「妻のこと、教師だったころの自分、いろんなことを思い出しながら、少しずつ生気を取り戻していく。ショートフィルムという限られた時間のなかで、その過程がきちんと描き出されているのは、亞門さんの脚本の力だと思います。撮影はものすごく苦しかったんです。でも、妻を演じた常盤貴子さんを見ていると、黒鬼には美しい奥さんがいたんだなあって(笑)」



と振り返る鹿賀。石川県出身の役者として、被災者たちの怒り、喪失、諦め、そして再生を体現し、見る者の心に深く刻んだ。



’24年末、能登半島地震から1年を迎えるにあたってNHKが仮設住宅入居者に行ったアンケートでは、入居者の3分の2にあたる68%が「復旧・復興の進捗を感じていない」と回答。「9月の豪雨災害が復興に影響を与えている」と答えた人が90%以上いた。



思うように進まない能登の復興。それでも宮本は、現地の人々と心を通わせるなかで、小さな希望の芽を感じている。



最後に、願いを込めてこう語りかけた。



「どうか、能登を忘れないでください。そして、なにがあっても、大切なものを忘れずに、丁寧に生きてください。これからも能登に足を運びます。人々の笑顔が絶対戻ってくると信じています」

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