【今週はこれを読め! SF編】生産性至上主義のディストピア〜ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン『頂点都市』

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2025年07月01日 11:40  BOOK STAND

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『頂点都市 (創元SF文庫)』ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン
 ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤンはインドの作家。本書『頂点都市』は、2020年にインドで出版されたのち、23年、改稿版がイギリスで刊行。ローカス賞とアーサー・C・クラーク賞の候補となった。苛烈な階層社会を描いたディストピア小説である。
 気候変動と資源枯渇によって国家主義そのものが崩壊。十年ほどのあいだに世界中の都市は独立し、〈ベル機構〉なる統治組織のもと新たな秩序を築いていった。秩序を支えているのは、生産性至上主義である。都市に暮らす人間は達成した成果とソーシャルメディアのスコアによって評価され、二割の上位階級、七割の中間階級、一割の下層階級に分割される。
 上位と中間はヴァーチャル民と呼ばれ、最新の情報通信をはじめとするテクノロジーを享受し、下層はアナログ民として旧式のインフラしか与えられず、非人間的な生活を余儀なくされる。成果をあげれば上の階級へ登ることは可能だが、そもそも持たざる者、そして満足な社会保障を受けられぬ者は、スタート時点から不利なのだ。よしんば上の階級にあがっても、待ちうけているのは陰湿な差別である。
 いっぽう、上位の階層であっても、その地位を維持するためにはたゆまなく自分の生産性を証明しなければならず、気の休まることはない。同調的な社会に適合するため、自分の趣味嗜好を封じ、興味もない流行ものを取りいれなければならない。それを補助する矯正デバイスまで存在する(意見均質化制限調整ユニットと呼ばれている)。そもそも、生産性至上主義という社会規範に対し疑問を持つことが、この世界ではタブーなのだ。幼児期からそれを刷りこむ教育がなされている。
 物語の舞台となるのは、かつてベンガルールだった頂点都市。ここに暮らすさまざまな階級、さまざまな立場の人間を主人公にしたエピソードを組みあわせ、モザイク状に全篇が構成されている。
 アナログ民がいかに堕落した存在かを、ヴァーチャル民の子どもに見学させるプログラムを担当しているツアーガイドのテレサ。しかし、彼女自身はこうした差別助長的な仕事に拒否感を抱いている。
 自然分娩を選ぼうとするが、生産性にそぐわないと周囲から猛反発を受けるインフルエンサーのタンヴィ。ヴァーチャル民の社会は、遺伝子的に調整された赤ん坊を、代胎ポッドで生むのが常識的となっているのだ。
 母親の死に打ちのめされ、気力がわかないまま失業してしまい、ヴァーチャル民からアナログ民への格下げに瀕しているアニタ。
 音楽の才能を見出されて裕福なヴァーチャル民に引き取られ、差別と偏見にさらされながら実力を発揮していく、アナログ民出身のニーナ。
 これらいくつものエピソードのなかで大きな柱をなすのは、頂点都市の階級システムを転覆させようとする、アナログ民のレジスタンス活動である。執拗な監視を受け、情報的にも資材的にも圧倒的に不足している状況において、いかに体制を出しぬくか?
(牧眞司)



『頂点都市 (創元SF文庫)』
著者:ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン,新井 なゆり
出版社:東京創元社
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