
これが中量級の世界王者なのか――。その強さと風格を、日本のファンは見せつけられた。
6月19日、東京・大田区総合体育館でWBO世界ウェルター級タイトルマッチが行なわれた。挑戦者のWBO同級2位・佐々木尽(八王子中屋)は、王者ブライアン・ノーマンJr.(アメリカ)に挑んだが、初回に2度のダウンを喫すると、5ラウンド46秒、左フックを浴びてKO負け。日本人初となる、ウェルター級世界王座の奪取はならなかった。
日本国内で36年ぶりとなったウェルター級の世界戦。そこで立ちはだかった中量級の王者の強さ、佐々木の今後の強化について、元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に話を聞いた。
【ノーマンは「明らかに別格」】
――率直な感想からお願いします。
「ノーマンが冷静で、終始落ち着いていましたし、質の高いボクシングをしていましたね」
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――佐々木選手が前に出てパンチを振ってもノーマン選手は表情ひとつ変えませんでした。
「佐々木は『いってやる』という気持ちがめちゃくちゃ強いので、力みもあったかなと思います。1ラウンド目から積極的にいけるのが佐々木のよさ、武器でもあるんですけどね。ただ、ノーマンは落ち着き払っていました。佐々木からすれば、どうしても距離が合っていないように見えましたね。リーチもノーマンのほうが長い(ノーマン:183cm、佐々木:176cm)こともあるんですが、佐々木が前に出てもなかなか届かない感じでしたね」
――ノーマン選手は、1ラウンド目から佐々木選手が積極的に出てくることを想定していたのでしょうか?
「そう思います。出てくるところにすべて冷静に反応して、1歩下がって的確にパンチを返していました。試合開始40秒で、佐々木がボディへのジャブを打ったところに左フックを合わせていきなりダウンを奪いましたよね。初回で2度のダウンを奪って、見ている人たちに『この王者は明らかに別格だ』と思わせました」
――佐々木選手は、ダウン後も積極的に前に出ました。
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「2度のダウンはありましたが、効いた感じではありませんでした。その後も距離を詰めて、何度かいいパンチを打っていましたね。時折ヒットしていた場面もありましたが、いつものような威力は感じられませんでした。ノーマンの身体の強さ、パワーの差も感じましたね」
――1ラウンド目の2度のダウンは、タイミングよく"合わせられた"という感じでしょうか?
「そうですね。佐々木の足取りを見ても、ダメージというよりタイミングよく当てられた印象でした。ノーマンは2ラウンド目も、佐々木の動きに対して的確に対応していました。佐々木が攻めてくると、うまくいなして体勢を入れ替えてリング中央に戻る。そうした巧さを随所に見せていました」
【「一発」を封じられた佐々木】
――今回は主要4団体の規定通り、8オンスのグローブで試合が行なわれました(通常、国内での試合は、JBCの規定により10オンス)。グローブの影響はいかがでしたか?
「僕自身は10オンスのグローブで戦ったことがないので、正直、わからない部分もあります。ただ、少なくともグローブが小さい分、パンチの衝撃は大きくなります。ましてやウェルター級ですからね。ノーマンは、ガードの上からでも構わずパンチを打っていましたし、それが効いていたように見えました」
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――実際、ノーマン選手がガードの上から強打を当てて、佐々木選手の体が揺れる場面も見られました。
「見ていて『効いてるな』と思いました。ただ、佐々木のリアクションも独特で、『パンチをあえて受けて、誘っているのかな?』と思わせる場面もありました。過去にも佐々木は、効いたふりをして相手を誘うような戦い方をしていたことがあるんです。だから今回も『あれ、作戦かな?』と。でも結局、その展開にはなりませんでしたね。ノーマンがそれを見抜いて、冷静に対応したのかなと思います」
――佐々木選手の勝ち筋としては、やはり左フックに懸けていたのでしょうか?
「そうですね、当てたかったんでしょうけど、ノーマンは接近戦もうまい。腕を上手に畳んでパンチを当てたり、やはり技術が上だったなと。ウェルター級のトップというのはこういう選手なんだなと、フィジカルの強さに加えて、技術の高さもすごく感じましたね」
――佐々木選手はこれまで、逆転KOで勝利を収めてきた試合がいくつもあります。今回も、そうした展開を期待する声が多かったと思います。
「『佐々木ならやってくれるんじゃないか。一発当たれば......』といった期待を、多くの人が抱いていたと思います。ただ、ノーマンの強さが際立っていて、佐々木としてもなかなか活路を見出せませんでした。ただ、あのノーマンでさえ、ウェルター級王者のなかではトップの評価ではないですよね」
――評価でいえば、ジャロン・エニス(WBAスーパー・IBF統一王者)のほうが格上という見方もありますね。
※ジャロン・エニスはスーパーウェルター級への転向を表明。
「そうしたところを踏まえても、ノーマンの強さ、そしてウェルター級チャンピオンという壁の高さや厚さを、あらためて日本のファンに印象づける内容だったと思います。おそらくノーマン自身にも『力の差を見せてやろう』という思いはあったと思います。メンタル、フィジカル、技術、すべてがハイレベルでしたね」
――ノーマン選手の技術の高さは、どのあたりに感じましたか?
「コンパクトで鋭く強いパンチを打てます。まったく力みを感じさせません。しっかり考えてボクシングをしているな、という印象です。佐々木の持ち味である瞬発力や勢い、強打といったものを飲み込んでしまうというか、無効化するようなうまさですよね。それでいて、まだ24歳というのも驚きです」
――確かに、年齢以上に成熟した印象を受けました。
「そうなんです。ノーマンはアウェーでの試合にもかかわらず、緊張した様子や浮ついた雰囲気がまったくありませんでした。入場から試合中、さらには試合後のコメントに至るまで、一貫して落ち着いていた。まさに王者、という風格を感じましたね」
【佐々木は今後、どう強化していくべきか】
――佐々木選手は試合後、再起を宣言しました。今後、どのような変化、強化が必要でしょうか?
「これは本当に難しい問題だと思います。というのも、佐々木の持ち味は勢いや荒々しさ、あの振り切ったスタイルにあるわけですよね。そうではなく、丁寧にジャブを突いたり、いわゆる"きれいなボクシング"をし始めると、まとまりすぎてしまって、本来の魅力や爆発力が薄れてしまう危険性があると思うんです」
――なるほど。以前、WBOバンタム級王者・武居由樹選手のトレーナーである八重樫東さんにお話を伺った際に、ひとつの武器(強打、KOする能力)をとことん磨き上げていくことを目指している、レーダーチャートのすべてを埋めようとすると小さくまとまってしまう可能性がある、という趣旨のことを話していました。
「まさにそういうことだと思います。僕自身もそうだったように、ひとつ突き抜けたものを作って自分のスタイルにする、というやり方もあると思います。ウイークポイントを修正してレーダーチャートを円に近づけようとするのは、佐々木としては違うのかなと思いますね」
――山中さんの場合、"神の左"と称された左ストレートが最大の武器でしたが、それ以外の武器についてはどう考えていたのでしょうか?
「僕の場合は、左ストレートを当てるための動きやパンチをどう組み立てるか、という発想でした。左を当てやすくするための位置取り、あるいは、ボディへの攻撃を見せたり、目線でフェイントをかけたり。左ストレートを磨きながら、それを最大限に活かすために必要な要素も、同時に磨いていましたね」
――佐々木選手はまだ23歳。今回は敗れましたが、ウェルター級の世界戦を経験したことは、大きな財産になると思います。
「そうですね。まず、試合後の検査で大きなダメージがなかったことは本当によかったと思います。ウェルター級王者への壁は簡単に越えられるものではありませんが、佐々木には彼ならではの良さがありますから、その"らしさ"と勝負できる武器を大事にしながら、どう進化していくのか。これからが本当に楽しみです」
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。