『薬屋のひとりごと』『レゾンデートルの祈り』……「蔦重」に「安楽死」など話題のテーマを扱った注目のライト文芸新刊

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2025年07月02日 13:00  リアルサウンド

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左上から、『紅茶とマドレーヌ』(野村美月/ハルキ文庫)、『大江戸恋情本繁昌記巻ノ弐 〜蔦重と意地の本〜』(ゆうきりん/集英社オレンジ文庫)ほか

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は『べらぼう』でも脚光を浴びる「蔦重」をキーパーソンに据えたお仕事時代小説に「安楽死」をテーマに扱った話題作など、5タイトルをセレクト。


参考:【写真】猫猫の寝顔がかわいい『薬屋のひとりごと - ナイトライト - 猫猫』


■野村美月『紅茶とマドレーヌ』(ハルキ文庫)


 目白の名門女子校・奏園学院に通う及川姫乃は、ダイヤモンドプリンセスと呼ばれ友人たちと輝かしい青春の日々を過ごす。時が経ち、港区のタワマンで優雅に暮らす専業主婦の姫乃は、41歳にして突如没落してしまった。夫の会社が倒産し、彼は愛人の秘書と共に失踪し離婚届を突き付けてきたのである。高校入学を控えた娘を抱え、無職で住む家もなくなる姫乃の心を支えたのが、高校時代に大好きだった洋菓子店のマドレーヌ。お菓子作りが得意な姫乃は思い出のマドレーヌを再現し、不思議な縁に導かれて英国式ティールームを始めることになるのだった。


 バーネットの『小公女』を下敷きに、大人になっても続く元少女たちの友情と、姫乃が手掛ける魅力的な焼き菓子の数々を描く。姫乃だけでなく、アイスドールの愛称で知られた美少女の真冬も、翼の騎士さまと呼ばれたバレー部エースの泪も、中高時代とは様変わりしてしまった。けれども強い絆で結ばれた友情は揺るがず、それぞれがピンチの時には力を合わせて困難を乗り越えていく。主人公の姫乃は一見夢見がちに見えるが、困った状況の中でこそ輝く強さを秘めている。少女期の刹那の輝きをふと顧みながらも、その先の人生を確かに歩んでいる現在を称える、大人のための少女小説だ。紅茶とお菓子を片手に、幸せな読書タイムを楽しみたい。この本を読み終えた頃には、薄くて生地がむっちりつまったレモンピール入りのマドレーヌを食べたくなるだろう。


■ゆうきりん『大江戸恋情本繁昌記巻ノ弐 〜蔦重と意地の本〜』(集英社オレンジ文庫)


 江戸にタイムスリップした若手女性編集者が、現代の知恵を生かして本作りに奮闘するお仕事小説の第2弾。


 エンタメ小説の編集者・小桜天は打ち合わせの帰りにトラックに轢かれ、目覚めるとそこは200年前の江戸だった。謎の侍・遠野伊織に助けられ、三味線の女師匠・おふゆの家に身を寄せた天は、生きるために江戸でも本作りをしようと地本問屋の浅倉堂で働き始める。おふゆに戯作の才があると気づいた天は、「悪女転生」という現代日本で人気の設定を提案し、放火事件を起こして処刑された八百屋お七を転生させる『転生御七振袖纏』が誕生。本は葛飾北斎の娘・栄の挿絵つきで売り出され、大当たりするのだが――。


 天と関わる歴史上の有名人も本作の見どころで、最新刊では大河ドラマ『べらぼう』で話題沸騰中の蔦屋重三郎がキーパーソンとして登場する。『転生御七振袖纏』の歌舞伎化というメディアミックにまつわる顛末や、新作で男色(BL)に挑戦したいと意気込むおふゆに立ちはだかる壁など、天はさまざまなトラブルに見舞われる。編集者が抱える苦労や、出版に情熱を燃やす人々の姿は、いつの時代でもそう変わらないのが興味深い。天の知らない裏の顔を持ち、幕府の命を受けて動く伊織側のストーリーにも進展があるので要注目だ。これまで時代小説にふれたことがない人でも楽しめる作風なので、この機会にぜひ手に取ってほしい。


■楪一志『レゾンデートルの祈り』(メディアワークス文庫)


 安楽死をテーマに打ち出し、SNSで大きな話題を呼んだ『レゾンデートルの祈り』。書き下ろし短編「約束の花」を収録した、待望の文庫化である。


 西暦2035年、安楽死が合法化された日本。安楽死の希望者は〈アシスター〉と呼ばれる人命幇助者と10回の面談を行い、最終的な決断を下すよう義務づけられている。安楽死の申請は生涯で一度しか行えず、取り下げれば二度と認められない。


 かつて大切な人を亡くした遠野眞白は〈アシスター〉になろうと決意し、藤沢にある専門学校に進学した。新人アシスターとなった眞白は、帰らない恋人を8年間待ち続ける女性や、妻が若年性アルツハイマーを患う男性など、さまざまな理由で生きる希望を見失った人たちと面談を行っていく。〈アシスター〉の役割は、一人でも安楽死を選択する人を減らすこと。眞白は申請者の言葉に耳を傾け、痛みに寄り添う中で希望の糸口を探そうとするのだが――。


 本書の中でも語られているように、申請を取り下げることが命を救うことでは決してない。申請者が自らの気持ちを確認し最終的な選択を下す過程に眞白は伴走し、生きる意味を思い出せるよう一人一人に真剣に向き合っていく。難しいテーマを慎重に取り扱い、誠実かつ繊細に命と向き合う物語は、生きることに疲れた人やどうしようもない辛さを抱えた人のよりどころとなるだろう。暗闇の先に見える光が美しい、祈りと救いの物語である。


■日向夏『薬屋のひとりごと16』(ヒーロー文庫)


 TVアニメが好評放送中で、シリーズ累計4000万部を突破した人気作『薬屋のひとりごと』待望の最新刊。


 花街で暮らす薬師の猫猫(マオマオ)は、薬と毒に目がない17歳。ある日、猫猫は森の中で人さらいに捕まり、下女として後宮に売られてしまう。年期があけるまで目立たず無能を装うつもりが、後宮を騒がす乳児の連続不審死の真相に気づき、ほんの少しの正義感から匿名で注意喚起の手紙を送った。これをきっかけに美貌の宦官・壬氏(じんし)は猫猫の能力に気づき、彼女を皇帝の寵姫の毒見薬に取り立てる。猫猫は後宮で起こるさまざまな陰謀を毒物の知識で見事に解決し、壬氏との関係も徐々に深まっていくのであった。


 第16巻では、高い感染力と致死率で恐れられている流行り病・疱瘡が発生。猫猫たちはかつて疱瘡にかかって生き延びた民間の医者・克用(コクヨウ)の協力を得て、厄介な感染病に立ち向かう。疱瘡の感染源という大きな謎を主軸にしながら、皇太后の病弱な姪に関する一件や、翡翠に隠された真実など、小さな謎解きをテンポよく絡めて物語は進行する。読み進めた先に待ち受ける結末は衝撃的で、だからこそラストの猫猫と壬氏のじゃれ合いはより一層心に沁みた。


 魅力的なキャラクターはもちろんのこと、リーダビリティの高い文体、緻密な構成の物語といった要素が揃った、まさにエンターテイメントのお手本のような本タイトル。あらためて、そのモンスター級の大ヒットの真髄に触れられる最新刊である。


■明里桜良『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』(新潮社)


 初めて書いた小説が長い歴史をもつ「日本ファンタジーノベル大賞2025」を受賞した、注目の作家のデビュー作。


 豊穂市市役所に就職したひらりは、地元を離れて亡き母の実家で一人暮らしを始めた。ある日、ひらりは母の家系が〈ナカヤシキ〉と呼ばれ、困った時に天狗に願掛けをして助けてもらう特殊な役割を担っていたことを知る。おまけに天狗とは、近所でカフェを営む飯野さんだったのだ。〈ナカヤシキ〉の跡取りであるひらりの元にはさまざまな相談事が持ち込まれるが、突然のことに彼女は戸惑う。さまざまなあやかしと交流を重ねる中で、ひらりは天狗の力を持つ覚悟や責任について考えていくのだった。


 物語の舞台は人間とあやかし、そして神様がひそかに共存する田舎町。神様たちは正体を隠してしれっと人間界に溶け込んでおり、意外な正体が驚きと笑いを誘う。天狗への願掛けとは、天狗の力を思いのままに使えることを意味する。だがひらりはその怖さを自覚しているし、神に対しても過剰に期待したり頼ったりはしない。よい意味でのドライさを持ち合わせたひらりを、これまでとは異なるタイプの〈ナカヤシキ〉だと驚きおもしろがる神々の掛け合いも楽しく、読者をほっと和ませる。人間とあやかし、そして神様たちが、どこかゆったりとした空気感を醸し出してくれる、ハートウォーミングなファンタジーだ。


(文=嵯峨景子)



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  • 野村美月さんは好きな作家さんだけれど、「紅茶とマドレーヌ」自分には合わない作品でした。
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