外国人らが四条大橋に密集 京都府の観光公害が問題視されるなか、ついに’24年、同府を訪れる外国人観光客数が日本人を上回った。政府がインバウンド6000万人を掲げる一方で、オーバーツーリズムに圧迫される住民のフラストレーションは頂点に達している。現場の声を聞いた。
◆「もう外に出られへん」バスには乗れずゴミだらけ
かつて“千年の都”とたたえられた京都は、今や「外せない巡礼地」として世界中の観光客に占拠されつつある。とりわけ深刻なのが、生活インフラの機能不全。
市民が真っ先に口をそろえるのは、「バスと電車が使えない」という切実な訴えだ。
京都駅から清水寺・祇園方面へ向かう206系統や、四条河原町に向かう205系統のバスは、インバウンドの行列と大型スーツケースで占拠され、地元民が通勤通学で利用することはほぼ不可能になった。
◆バスも電車も車も全部ダメ
京都市は対策として昨年より観光特急バスを導入したものの、週末限定の運行で平日の混雑緩和には至らず、渋滞とストレスは悪化の一途をたどっている。
「まずバスに乗れない。乗れたとしても身動きがとれず、毎回『降ります!』って叫ぶのがしんどい」と話す50代の女性は、外出そのものを控えるようになったという。
「墓参りに行くのに乗れないから、何台か見送った」(40代男性)という声も。
電車でも改札での混乱や遅延が常態化し、「大事な予定に間に合わない」というサラリーマンたちの声も少なくない。
さらには、「私が予約した特急列車の席に観光客グループの一人が勝手に座っていた上に、正規の乗車券すら持っていなかった」(50代男性)という例も……。
また車道は外国人観光客がレンタサイクルを道幅いっぱいに広がって走らせるため、「追い越しもできずストレスが溜まる」「車での移動時間が読めなくなった」とすべての通勤者・通学者の移動すら妨げられている状況だ。
◆歴史的建築も街の顔も民泊とゴミで崩れゆく
そして、京都観光の目玉である、神社仏閣を取り巻く環境も荒廃の一途をたどっている。
メインの洛中・洛北エリアでは、築100年超の町家が続々と民泊に転用され、管理が行き届かず、宿泊客が増加する悪循環に。
40代の男性住民は「隣の民泊でボヤがあった。どうやら軒先で花火をしたらしい……。木造だから、燃えたら一帯が全焼する」と不安を口にする。
一方、寺社が多く集まる祇園や東山エリアの神社仏閣の敷地内では、ペットボトルや空き缶を捨てていく外国人が後を絶たず、清掃作業は限界に。
住職たちの間でも「本来の参拝空間が“撮影スポット”になり下がっている」との嘆きが広がっている。某寺の僧侶は、こう嘆く。
「東アジアからの旅行者はまだマシで、円安で神道や仏教に理解のないヨーロッパの低所得層も増えたせいか雰囲気が一気に悪くなりました。ご本尊の前で蓋の開いたドリンクを片手にガヤガヤ騒いだり、前庭に座るので、地元の参拝者の妨げにもなっています。そしてお賽銭も入れず、お守りなども買わずに帰るので寺社側としては利益にならず負担が増えただけです」
◆日々の食料品の買い出しすら困難に
そして、「京の台所」といわれた錦市場などの生活密着型商業エリアも変貌。
ラーメン店や定食屋にまで行列ができるようになり、かつて主婦層が日常使いしていた八百屋は、観光客向けの「高級串屋」へと転業し、串一本4000円の“インスタ映え商品”が店先を席巻。
錦市場も半数以上の店舗がインバウンド向けに置き換わった。スーパーやディスカウントストアは土産物売り場に取って代わられ、コンビニのレジは常時大行列。マナーの悪化も深刻で、割り込みは多く、そこからケンカになることも。
さらに銀閣寺近くの和食店では「靴のまま畳に上がる」「予約もなくベジタリアン料理を求める」「スマホの動画を爆音で再生」といったトラブルが日常化している。
「雨が降ったら無断キャンセルは当たり前。もう予約を取るのが怖い」と語る店主の表情には疲労の色が濃い。
国が掲げる訪日外国人旅行者数6000万人という目標の裏で、日常生活の破綻、歴史景観の荒廃、無秩序な都市空間と、京都はかつてない危機に直面している。
「観光立国」と「文化都市」の両立は幻想なのか、それとも希望は残されているのか――。
◆“壊れる前に守れ!”京都を市民の手に取り戻す方法
「今の京都は、もはやさらなる集客を目指す段階ではなく、“マネジメント”のフェーズに入っている」
こう語るのは、インバウンド戦略の専門家として全国の観光政策に携わってきた村山慶輔氏だ。彼は、「誰に、どんな体験を届けるのか」という観光の質的転換こそ、今最も求められていると指摘する。
観光と市民生活の動線やサービスを分ける政策が必要だという。
「観光客向けのシャトルバスや民泊の制限など、一定の対策は進められてきました。ただ、それだけでは観光の影響に対応しきれません。時間帯やエリアごとの摩擦をリアルタイムで把握し、AIによる混雑予測や市民の声を反映する仕組みが鍵です。伏見稲荷では地域ぐるみのマナー啓発や動線整理が進んでいますが、こうした取り組みを全市的に広げるには、行政だけでなく住民も意思決定に関わる『共創型マネジメント』への進化が求められます」
◆宿泊税を住民に還元せよ!
そのうえで、今注目されているのが「宿泊税」の再定義だ。
京都市では’18年から宿泊税を導入し、’23年度には52億円を超える税収を記録。今後は年間120億円規模にまで拡大する見込みだ。
村山氏はこの財源を、「市民の生活の質を守るための投資」と位置づけ、交通、住宅、生活コストの上昇といった課題への優先的な活用を提案している。
実際、祇園や先斗町での取り組みが進み、バス料金の補助や生活道路の修繕など、市民の暮らしに直結する施策も始まっている。
「観光による経済効果が市民に還元されれば、それが誇りや安心へと繋がる。これこそが新しい京都の理想的な形だと思います」
観光客と住民の共存は、持続可能な観光の前提条件なのだ。
【インバウンドアドバイザー・村山慶輔氏】
やまとごころ代表。’07年にインバウンドに特化したサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げ、各種観光関連情報やコンサルを提供
取材・文/週刊SPA!編集部
―[「京都が壊れていく」観光客で溢れた街の“生活崩壊”ルポ]―