近年、SHEIN、Temuなど中国発のECが世界中でブレイクする中、日本に上陸間近なのがTikTok Shopだ。この新ECの特徴や経済規模などを、中国経済に精通するジャーナリストの高口康太さんが解説します。
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■人生変えちゃう? 中国から黒船襲来!
動画共有サービス「TikTok」の日本版アプリに、ネットショップ機能「TikTok Shop」が実装される。配信者が動画やライブ配信で紹介する商品を、視聴者がアプリ内で購入できる機能だ。
これまでは外部サイトに移動して購入してもらう必要があり、それでは面倒だと購入を断念する人が多かった。だが、同じアプリ内で購入できるとなれば、売り上げは一気に上がる。
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また、動画を投稿するクリエーター側にも新たなチャンスとなる。これまでは企業から依頼され広告動画を作る"案件"がクリエーターの主な収入源だったが、フォロワーが数万人以上のインフルエンサーしか案件はもらえない。
だが、TikTok Shopは違う。フォロワー1000人から、つまり無名クリエーターでも参入できる。バズる動画を作れれば、いきなり大金をゲットという夢がある世界が広がっている。
■最強アルゴリズムがTikTokの強み
TikTokの強みは多くのユーザーを抱えている点にある。米EC調査会社DemandSageによると、現在のMAU(月に1度以上利用するユーザー数)は15億9000万人。フェイスブック、ユーチューブ、ワッツアップ、インスタグラムに次ぐ世界第5位のSNSだ。
しかも、人口世界一のインドで禁止、人口2位の中国では中国版の姉妹アプリ・抖音(ドゥイン)が配信されており、TikTokは使用不可という状況で、この順位である。日本でも月間約3000万人の利用者がいる。
さらに、1日当たりの平均視聴時間が約58分と主要SNSで最も長い。
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その理由は独自の「リコメンド(推薦)アルゴリズム」にある。
TikTokに投稿された動画は「女子高生のダンス」「かわいい猫」などのタグがつけられ、その分野に興味があるユーザーに推薦される。登録したてで、誰もフォロワーがいないユーザーの動画であっても、まず300人程度にはリコメンドされる。最後まで見たユーザーがどれだけいるのか、いいね数はどれだけか、コメント数は......といった独自の基準で一定以上の成果を収めると、次は3000人程度にリコメンド。そこを突破したら数万人規模へ。
これを繰り返し、優れた動画ほど、より多くの人へとリコメンドされていく。
見る側からすると、選び抜かれた面白い動画が流れてくるので、ついつい見入ってしまう。また、動画投稿者にとっては無名でも良いコンテンツさえ作れれば、いきなりバズれるという魅力がある。シンプルな仕組みに思えるが、ほかの動画サービスはいまだにTikTokのアルゴリズムの精度に追いつけていない。
TikTokクリエーターの支援事業を手がけるstudio15(フィフティーン)の岩佐琢磨社長は、「TikTokの本質はリコメンドアルゴリズムの精度にある。その結果として、膨大な数のユーザーが長時間使うようになった。時間の奪い合いが起きている現代において、視聴時間の長さは何よりの強みだ」と分析する。
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TikTok運営企業バイトダンスの創業者、張一鳴(ジャンイーミン)はこのアルゴリズムを発明して巨額の富を築いた。最初に当てたのはニュースアプリ。アルゴリズムに優れ、徹底してユーザーの興味のある記事をリコメンドする機能が中国人の心をつかんだ。
そして、縦型視聴のショート動画で世界的な成功を収めるに至った。今やその資産は約600億ドル(約9兆円、1ドル=150円で計算)、2024年に41歳の若さにして中国一の大富豪の座に就いた。
■日本企業が熱視線。その理由とは?
この最強TikTokにショップ機能がつくのだから、期待度は高い。この数年、SHEIN(シーイン)やTemu(テム)などの中国系ECプラットフォームが日本に進出しているが、それらをはるかに超えるインパクトがあると日本企業は熱視線を送る。
既存の中国系ECプラットフォームは基本的に「中国製品を日本に販売する」越境ECとして日本に上陸した。Temuは2023年に日本進出したが、日本企業の出店は今年認められたばかり。SHEINは米国など一部の国で地元企業の出店を認めたが、日本ではまだだ。つまり、これまでの中国系ECは日本企業にとって人ごとだったが、今回は"自分ごと"なのだ。
また、TikTokはすでに日本企業にとって重要な宣伝ツールとなっている。「TikTok売れ」は21年に『日経トレンディ』の企画「ヒット商品ベスト30」の1位に選ばれたが、バイトダンスによると、TikTokを通じた売り上げは昨年は2375億円に達したという。宣伝から販売までがTikTok内で完結するようになれば、この数字が倍増しても不思議ではない。
加えて、世界での成功例もある。すでにTikTok Shopは米国、欧州、東南アジア、南米などの国々でサービスが始まっているが、その勢いは"すさまじい"のひと言に尽きる。
ショップ機能の1年目となった21年の取引額は9億ドル(約1350億円)だったが、昨年は332億ドル(約4兆9800億円)に達したと推計される(シンガポールTikTok分析会社Tabcut調べ)。
4年で37倍という猛烈な成長ぶりだ。米国では昨年、ショップ機能が始まったばかりだが、いきなり取引額9億ドル(約1350億円)というロケットスタートを決めた。
中国での存在感はさらに強烈だ。姉妹サービスである抖音ECの24年の流通額は前年からほぼ1.5倍の約80兆円と推計されている。アリババグループ、ピンドゥオドゥオ(Temuの運営企業)に次ぐ業界3位に躍進した。2位奪取も時間の問題だ。
この怪物サービスが日本に上陸するというのだから、注目されるのも当然だろう。
日本企業のTikTok運用支援を手がけるMakiさんは「人間心理を分析したシステムはバイトダンスの強み。成功する可能性は高い」と期待する。
アライドアーキテクツで、TikTok Shop開設、運営支援事業を手がける崔祐美氏は「日本のECはアマゾン、楽天、ヤフーの3強の構図が長年続き、停滞感があった。新たな波がやって来たとの期待感を企業側は持っている」と話す。
■高まる期待と裏腹に見え隠れする不安
このように、期待感は高いのだが、一方で不安要素も漂う。まず足元の混乱だ。もともと6月初頭の正式ローンチが予定されていたが、6月末に延期された。
ある関係者によると、TikTok運営のバイトダンス側は「連続徹夜は当たり前」といった中国的な仕事術ならクリアできるスケジュールを組んだのだが、あまりの爆速進行に日本企業側の商品登録やシステム連携が追いつかなかったという......。
また、クリエーター側の準備も整っていない。岩佐社長は「様子見しているクリエーターが多い。参入者が増えるまでには時間がかかる。また、"商品が売れる動画"はこれまでの宣伝動画と作り方が違う。クリエーター向け勉強会を開催しノウハウを広めていく」と取り組みを明かした。
崔氏は「企業側から見ると、自社製品と相性のいいクリエーターの数は限られている。そのため、まずは企業自ら販売動画を投稿することが重要だ」と指摘する。
一番の問題は、一定以上の視聴数の動画を、週2回など定期的にアップする必要がある点だ。視聴数が少ない動画を連発したり、投稿数が少なかったりすると、アルゴリズムに"ダメアカウント"認定を食らい、リコメンドされなくなる恐れがある。となると、解決には専属スタッフを置くか、外注してしまうか、いずれにせよハードルは高そうだが......。
「従来のSNSマーケティングだとコストがかさみます。生成AIの活用など、発想の転換が必要です」(崔氏)
例えば、EC販売用の動画生成AIツール・Topviewは「モデルなし、撮影なし」をうたい文句としている。商品動画だけ用意すれば、10分もあれば販売動画が作れてしまうという。
動画やライブ配信で売る。クリエーターに宣伝ではなく販売を頼む。新たな手法である以上、今までにないやり方を柔軟に試す必要がありそうだ。
となると、本家の中国がお手本になるのだろうか。「中国ECの必勝ノウハウを伝えると謳(うた)う業者は多いが危うい」と話すのが、中国市場向けマーケティングの関係者Y氏だ。
「現在、多くの中国系マーケティング・コンサルティング業者がTikTok Shopブームに乗ろうとしています。しかし、彼らが言う中国式の必勝ノウハウが日本で通じるかは未知数なのです」
問題はECの商習慣が国ごとに全然違う点にある。EC先進国・中国のやり方を持ち込んでも、それが日本に合うかはわからない。
例えば、中国の抖音ECは老若男女誰もが使い、あらゆるカテゴリーの商品が売れる。お得商品を紹介するライブ配信が人気だ。
一方、TikTok Shopは若者主体で、取引の6割は動画だ。また、安い商品が売れる東南アジア、価格帯が上の米国など、国ごとに売れ筋、価格帯は違う。日本では何が起きるのか、どうしたら企業やクリエーターが儲かるのかはふたを開けてみなければわからない状況となっている。
TikTok Shop。銭の雨が降りそうだが、落とし穴も待っている。この先が読めないビッグウエーブにぜひ注目してほしい。
取材・文/高口康太