
7月3日、東アジアE−1選手権に向けた代表メンバーが発表された。チームキャプテンに指名されたのは最年長の長友佑都だった。所属するFC東京でも控え選手なだけに、戦力としての選出なのか、チームの"まとめ役"としての選出なのか。
「キャプテン」
その役回りが何なのか、またも俎上にのっている。
2026年ワールドカップアジア最終予選のインドネシア戦では、久保建英が初めて日本代表キャプテンを務めている。久保は背番号10をつけただけでなく、腕章も巻いた。メンバーにはいつもキャプテンマークを腕に巻く遠藤航もいたが、森保一監督はメディアやファンに向けて話題を提供したかったのか、もしくは将来への布石か。
「これで(キャプテンマークを)4年間は巻くことはないのかなって」
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久保はそう言って笑みを洩らしていた。
「ここからはそんなに余裕はないと思うので。思い出としてしまっておこう、と。遠藤(航)選手に巻いてもらって......そのうち、(代表が)長くなってきたら巻くことになると思いますけど、今はキャプテンをやりたいわけではないんで、やんなきゃいけないならやります、って感じで」
彼は極めて現実的で、冷静だったが、マスコミはそのニュースに飛びつき、ファンは期待を膨らませた。インドネシアに大勝を収めたこともあり、"キャプテン久保"を吉兆と捉える向きもあった。
しかし久保のような選手がキャプテンを務めるべきかどうかは慎重な判断が必要だ。
「チームのスター選手で、ゴールを多くとって勝負を決める役目を担うアタッカーをキャプテンに指名すべきではない」
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今は亡き名将ヨハン・クライフはそう教えを残している。1990年代、稀代のスターと目されたフレン・ゲレーロが、アスレティック・ビルバオでキャプテンに指名されたことに警鐘を鳴らしていた。
ゲレーロは、バルセロナやレアル・マドリードも白紙の小切手で誘ったファンタジスタだった。大柄な体ながら柔らかいボールタッチで魅惑のパスを出し、得点力にも優れていた。誠実で朴訥な性格の一方、絶対的な貴公子タイプで「ラ・リーガ史上、最も多くの女性ファンを獲得した」と言われる華やかさもあった。
結局、ゲレーロはアスレティックのワンクラブマンとして現役を終えたが、キャリア曲線は20代前半が頂点で、以後は下降線を辿っている。クライフが危惧したようにキャプテンとしてチームを双肩に担い、勝負の決め手になることに重圧を感じていたのか。天才の輝きは失われた。
【「キャプテン」で失われるものも】
久保は勝利を託されるべき選手だし、チームを引っ張る覚悟もある。
「Tirar del Carro」
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それはスペイン語で「荷馬車を引っ張る」が語源だが、転じてサッカー用語で「先頭に立ってプレーする」という意味を持つ。彼自身もその言い回しを用いるなど、所属するレアル・ソシエダでもチームを勝利に導くゴールシーンをつくっている。彼が得点を決めた試合は今も不敗で、ゲームリーダーなのは間違いない。だが......。
キャプテンは、心が削られる仕事でもある。
たとえばメンタル面が不安定な選手を見抜き、いち早く叱咤する。思い上がり、調子に乗っている選手は諌める。監督とコミュニケーションをとり、選手の意思を伝え、緩衝材にもなる。審判と唯一、試合中の会話が許されるだけに、何かあれば率先して介入し、問題を収め、時に強気に出なければならない。ピッチで選手を束ねる掌握力が不可欠だ。
ゴール、もしくはゴールに関わるプレーが求められる久保が、キャプテンに適当と言えるか?
キャプテンはポジション的に、ボランチ、センターバックが務めることが圧倒的に多い。サイドバック、ゴールキーパーが続く。
過去30年前後、ワールドカップで優勝した代表国のキャプテンを見ると、その傾向が当てはまる。1994年のブラジルはMFドゥンガ、1998年のフランスはMFディディエ・デシャン、2002年のブラジルはSBカフー、2006年のイタリアはCBファビオ・カンナバーロ、2010年のスペインはGKイケル・カシージャス、2014年のドイツはSBフィリップ・ラーム、2018年のフランスはGKウーゴ・ロリスだった。2022年のアルゼンチンはアタッカーのリオネル・メッシだが、彼は特別な存在である。
日本代表がワールドカップでベスト16に勝ち進んだ大会も、2002年の森岡隆三(宮本恒靖)、2010年と2018年の長谷部誠、2022年の吉田麻也と続いて、現在の遠藤につながる。彼らがキャプテンに相応しい理由は「後方から全体が見える、もしくは中盤センターで全方位を見渡せる」というプレーの場所もあるだろう。
キャプテンは自分が主役になるよりも、チーム全体をフォローし、チームのために身を粉にするメンタリティを持っている。いわゆるアタッカーの「チームを勝たせる」という積極的なものとは違う。逆に言えば、だからこそ、彼らはそのポジションで適応するのだ。
クラブチームでも、キャプテンの定理は変わらない。
一時代を作ったリバプールの主将はMFスティーブン・ジェラードだったし、バルサが覇権を握っていた時代のキャプテンはCBカルレス・プジョル、MFシャビ・エルナンデスだった。レアル・マドリードでも同じくCBセルヒオ・ラモスが長く主将を務めた。現在の欧州王者であるパリ・サンジェルマンはCBマルキーニョスだ。
もちろん、かつてのレアル・マドリードのラウル・ゴンサレス、現在のインテルのラウタロ・マルティネスのようなFWのキャプテンもいる。例外はある。ただ、チームでは彼ら以外のFWのほうが多く点を取っているケースが多く、それが何を意味するのか。
久保も「いつかは」と言っていたように、アルゼンチン代表でメッシがキャリアを積み重ねてハビエル・マスチェラーノからキャプテンを引き継いだようなコースはあり得る。いるだけで敵味方に睨みをきかせる。そこまでの存在になったら、ポジションは関係ないだろう。
しかし、少なくとも次のワールドカップでは「決着をつけるゴール」に全集中するべきだ。