
【写真】小林薫、50年超の芸歴がにじむ激シブ撮りおろしショット(10枚)
■初の“三池崇史組”に「うれしかった」現場で目にした意外な姿
第6回新潮ドキュメント賞を受賞した福田ますみのルポルタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫)を、三池崇史監督のメガホンで映画化した本作。2003年、小学校教諭・薮下誠一(綾野)は、保護者・氷室律子(柴咲コウ)に児童・氷室拓翔(三浦綺羅)への体罰で告発される。報道をきっかけに誹謗中傷や裏切りにあい、停職処分へと追い込まれていく中、法廷で薮下は「すべて事実無根の“でっちあげ”だ」と完全否認。裁判は思いもよらぬ方向へと進んでいく。
映画やドラマなど精力的に役者業に打ち込んでいる小林だが、三池監督とは今回が初タッグ。「三池さんが助監督時代に一つお仕事をしたことがあるんですが、監督になられてからは初めて」と切り出した小林は、「三池さんは、どちらかといえばエンタテインメント系の作品を撮られる監督さんだろうと思っていました。僕はあまりそういった作品にお声をかけていただくタイプではないので。呼んでもらえないだろうなと…」と照れ笑い。そう感じていた中、オファーが舞い込み「うれしかったです。三池さんがどんな演出をされるのか興味があったので、ぜひ参加してみたいなと思いました」とワクワクしたと話す。
「三池さんはあの風ぼうですからね、怖い現場になるのではないかと緊張して臨んだ」とお茶目に微笑んだ小林だが、実際に飛び込んだ撮影現場で目撃したのは「穏やかで静かなんですよ」という三池監督の意外な表情。「自分の世界観があってそれを押し付けるというタイプではなく、それぞれの役者さんの演技を見守ってくれるという感じ。役者に寄り添い、それぞれのアイデアや思いを『わかる、わかる』と組み上げようとしてくれる監督だと思いました」と三池監督の演出術を口にし、「(律子側の弁護士を演じた)北村一輝くんは、三池さんと付き合いが長いので。独特の信頼関係ができあがっていて、北村くんもニコニコしているんですよ。2人の関係性を見ていると、僕も緊張が和らいだところもありますし、監督とそういった繋がりができているのはうらやましくもありました」と撮影現場の様子を振り返る。
小林は、主人公の薮下を引き受ける弁護士・湯上谷を演じた。登場人物の正義や主張がぶつかり合う法廷シーンは、ヒリヒリするような緊迫感あふれる一幕として完成した。
|
|
■共演多数の綾野剛とは「縁があるなと感じます」
世間から「史上最悪の殺人教師」と呼ばれ、厳しい目で見られる薮下に対して、律子側には550人もの大弁護団が結成される。まさに極限状態に追い込まれる薮下にとって、唯一弁護を引き受けてくれるのが湯上谷だ。
小林は「台本には、湯上谷は“町弁”だと書いてあって。つまりエリート弁護士ということではなく、その町に生きているという、リアリティや生活感がきちんとある人なんだと思いました」とキャラクターについて分析。「湯上谷が、『弁護士を探すの、大変だったでしょう』と薮下に語りかけるセリフがあります。それくらい、薮下の弁護を引き受ける人はいなかったということ。マスコミの報道によって彼を追い詰めるような世論が形成され、みんながそちらに流されていくと、それを覆すのは大変なことですから。そんな薮下に、湯上谷は『お引き受けしようと思っていますよ』と言えるような人なんですが、ただの“良い人”というわけでもないですよね。生活感や肌感を持って生きている湯上谷からすると、これはリアリティを感じない、おかしな事件だと気づく。だからこそ弁護士として引き受けなければいけないという、正義感を持っている人だと思いました」。
綾野とは「これまでに、熊切和嘉監督の映画『夏の終り』と『武曲 MUKOKU』、ドラマ『ハゲタカ』(テレビ朝日系)とご一緒させていただいて」と共演を重ねている。連続テレビ小説『カーネーション』(NHK総合ほか)では共演シーンこそなかったものの、小林がヒロインの父、綾野がヒロインの恋人を演じたこともあり、小林は「綾野くんとは、縁があるなと感じています」とにっこり。
「今回は久しぶりの共演になりましたが、綾野くんも大人になったなと思いました。若々しい青年といったイメージだったからね。40歳を超える年齢になって、キャリアを積み重ねていく中での変ぼうもあるし、彼自身もいろいろと考えることもあると思います。綾野くんは、自分でも説明できないような状態について、一つひとつ言葉を紡ぎ出しながら、ものすごく丁寧に薮下を演じていました。僕はそれを“受け止める”ということを大切にしていました」と真摯(しんし)な姿を目にしていたという。
|
|
綾野が「共演者との芝居の総当たり戦」と表現した本作。その中で、薮下を訴える律子にふんした柴咲は、恐ろしいほど不気味なオーラを放っている。
「柴咲さんとは、大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK総合ほか)で1年間ほど一緒に仕事をしていたこともあります」と回顧した小林は、「その当時から一層、奥行きや幅が出てきたなと思いながら見ていました。役者として、観客から憎まれないような役しかやらないという生き方もあるはず。律子は『よくぞ、引き受けた』と思うような役ですから、こういう役もできるんだな、すごいなと思いました」と感心しきり。「僕も非道な役、悪人と言われるような役を演じることもありますが、役者は自分の役を愛しますから。誰もがこれはとんでもない人だと思っても、役をもらった当人は、自分だけはこの人を愛してあげようと思って演じるものです。それは、役者の本能のようなものかもしれません。柴咲さんがその役に寄り添っているからこそ、律子は堂々たるたたずまいをしているし、『真実を捻じ曲げているのはあなたたちだ』という目をしている」。
70代に突入し、役者として50年以上のキャリアを持つ小林。あらゆる作品で唯一無二の存在感を発揮し、精力的な活動を続けている。「歳を取ると深みが増すなんて言うけれど、そんなことないと思いますよ。歳を取ったら、間違えることも多くなりますから」と笑いながら、「歳を取ったからといって、大したことをやっているわけではないと思います。“時分の花”という言葉があるように、若い時にはその時にしかできない芝居もあるし、若い時の方がいい芝居をすることもある」と役者業について持論を展開。
続けて「若い頃は、表現することこそが、演技だと思っていました。“表現すること”がスタートだったけれど、現場を重ねていくごとにいろいろな監督さんから『悲しいからって、悲しい顔をしてはダメだ』と言われたり、なるべく表現しないことの大切さを教えられたりもして。人間というのは、“周りの人からはそんなふうには見えない”ということの中に悲しみがあったりする。そうやって、演技に対しての考え方が変わってくることもあります」と歩んできた道のりに思いを馳(は)せつつ、「役者業には、やっぱりゴールがないからなあ」としみじみ。
「だからこそ、これからもアップデートしていきたいなと思っています。今回は三池さんの作品に初めて呼んでいただいて、自分のキャリアの中でも新しい空気を入れられた感じがあって。アップデートするチャンスとなる作品に出会えることができているので、僕は恵まれているなと思います」と感謝を込めていた。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)
映画『でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男』は公開中。
|
|