
病院で看護室長として働くAさんは、デスクに積まれた報告書を前にして深いため息をついていました。ここ数週間で新人看護師Bさんについてのクレームが複数件届いたことが、原因です。クレームの内容は、患者さんがBさんに挨拶をしても返事がないというものや、体温や血圧を測る時の声掛けがないというコミュニケーションに関するものばかりでした。
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Aさんは自分の目で確かめようと、Bさんの動きを観察してみます。すると同僚の看護師とは業務の引継ぎを的確におこない、骨折で入院している20代の患者さんとはコミュニケーションが取れているようです。
しかし80代の患者さんの病室に入った途端、Bさんの表情は硬く、視線は手元のカルテに落とされたままに変化します。その時に血圧計測をしていたBさんは、無言で計測を終えると会釈だけして足早に部屋を出て行ってしまいました。
高齢の患者さんとの接し方に問題があることが分かったAさんは、すぐにBさんに「患者さんからの声を聞きつつ、相手の目を見て話すこと」の大切さを伝えました。しかしBさんは「申し訳ありません」と力なくうつむくものの、状況は改善しません。
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Bさんのような新人看護師にはどのような背景があるのでしょうか。看護師専門の研修講師である太田加世さんに話を聞きました。
自信喪失を防ぐために「チームで育てる」環境が大切
ー新人看護師が年配の患者さんとの対話に苦戦する背景には何があるのでしょうか
まず、社会構造の変化が挙げられます。現代は核家族化が進み、祖父母世代の高齢者と接する機会が少なくなっているため、何を話せばいいのか、どう接すればいいのか分からない若者が増えているように思います。
さらに、病院で接する高齢者は病気を抱えているため、耳が遠かったり、はっきりと話すことができなかったりする方も少なくありません。健康な高齢者との接点が少ないのに、さらに難易度はあがってしまうでしょう。
看護教育の変化も影響していると考えます。かつては専門学校が主流で実習時間も多く確保されていました。しかし近ごろは4年生大学での要請も増え、実習時間は以前ほど多くありません。患者さんの入院期間も短縮化していることもあり、実習期間でひとりの患者さんと関係性を築く経験は積みづらくなっています。
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ーこのままの状態にしておくと、どんな問題が生じますか
最大の問題は、新人が自信を失い孤立してしまうことです。周りについていけない焦りや、患者さんからのクレームによって心が折れ、最終的に離職を選んでしまう場合もあるでしょう。
コミュニケーションが苦手であるために、業務への習熟が遅れる傾向はあるものの、周りの先輩看護師たちの適切な支援があれば、自信を取り戻せるはずです。
ーこのような新人にどのようにかかわったらいいのでしょうか
「チームで育てる」という意識が不可欠です。教育担当者ひとりに育成を任せるのではなく、病棟のスタッフ全員が「あの子は今、こういう課題を抱えている」と情報を共有し、全体で見守る体制を作ることが大切です。
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また、一人ひとりの成長速度に合わせて課題を設定し、「個別性」を尊重した関わりを持つことも効果的です。困ったときにはすぐに相談できるような雰囲気作りも求められます。
先輩たちの仕事量は一時的に増えるかもしれませんが、組織の未来を担う人材への「投資」と考え、一人ひとりを大切に育てていただきたいですね。
◆太田加世(おおた・かよ) C-FEN(シーフェン)代表
病院勤務、大学教員等を経て、2007年より現職。看護師を対象としたマネジメント、コミュニケーション等の研修をおこなう。著書に「看護管理 ナースポケットブック」(Gakken)等がある。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)
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