
山中慎介さんインタビュー中編
(前編:山中慎介は中谷潤人の「サプライズ」な猛攻をどう見たのか 戦い方が「ダーティー」という声には「ちょっと違うかな」>>)
中谷潤人が西田凌佑との激闘を制した、その約1カ月前。5月4日(日本時間5日)、ラスベガスのT−モバイル・アリーナで、世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥は、挑戦者ラモン・カルデナスを8回TKOで退けた。2ラウンドにまさかのダウンを喫するも、そこから怒涛の反撃で勝利。ダウン後の対応力とKO勝利へのこだわりが際立った一戦となった。
井上は、9月14日に愛知・IGアリーナでWBA世界同級暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との防衛戦を行なうと発表。さらにその先には、来春に「井上尚弥vs中谷潤人」が実現すると噂されている。その頂上決戦はどうなるのか。元バンタム級世界王者・山中慎介氏に、両者の強さとスタイルの違いなどを聞いた。
【井上が見せたダウン後の対応力】
――少しさかのぼりますが、井上選手とカルデナス選手の試合について伺います。
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「僕はあの日、セミファイナルのWBO世界フェザー級タイトルマッチ、ラファエル・エスピノサvsエドワード・バスケス戦の解説を担当していて、メインの井上vsカルデナスはスタジオの外で見ていました。
まず驚いたのは、2ラウンドの井上のダウンです。あの日のカルデナスは、過去の映像とは違って、スピードもパンチの迫力もありました。井上が相手ということで、しっかり強いパンチを振っていましたし、左フックのタイミングもずっとよかったです。井上選手が相手だったからこそ、あれだけのパフォーマンスを発揮できたのは間違いないと思います」
――井上選手にとって約4年ぶりのラスベガス。少し気負いのようなものはあったのでしょうか?
「井上の巨大な広告が飾られたりして、現地の期待の大きさも感じていたでしょう。入場の時の表情が、少し緊張しているような感じはしましたね。1ラウンドを見た時に、井上の動きは悪くはなかったですけど、カルデナスの動きのよさが際立っていた印象です」
――ジャブの差し合いにめっぽう強い井上選手ですが、カルデナス選手も当てていました。
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「ジャブのタイミングはよかったですね。井上陣営も、カルデナスのジャブと左フックがいいことは頭に入っていたはずです。カルデナスはもともとⅬ字ガードも使うタイプですが、井上戦ではしっかりとガードを上げて対応してきました。そのあたり、かなり戦略を練ってきたことがうかがえましたね」
――カルデナス選手はディフェンシブになりすぎず、返すところはしっかり返していた印象です。
「そうですね、最後まで左フックを中心にしっかり狙っていましたし、今回の井上戦に懸ける思いはすごく伝わってきました。ただ、あのダウンを奪われた後の井上も、やっぱりさすがでしたね」
――井上選手はダウン後の3ラウンド、積極的に前に出ましたね。
「普通なら"休むラウンド"にしてもいい場面だったと思いますが、あえて攻めましたね。その距離感が、本当に絶妙なんです。『いくぞ、いくぞ』とプレッシャーをかけることで、打たせない、打たれない距離をキープしていました。そのあたりに、井上の技術の高さが出ていましたね」
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――今回のダウンの仕方やダメージ具合は、どう見ましたか?
「(ルイス・)ネリ戦の時とは違いましたよね。あの時は、自分がパンチを出した勢いもあって派手に倒れましたが、実際にはそこまで効いていなかったと思います。でも今回は、腰から落ちる感じで、効いた時のダウンの仕方でした。ラウンド終了間際だったのは、幸いでしたね」
――ダウンはあったものの、それ以外は圧倒して、終わってみれば8ラウンドTKO勝利でした。
「スーパーバンタム級に上がってからは、相手の耐久力も上がってきていますし、井上への対策もより練られてきていると思います。ファンの期待値もすごく高い、そのなかでもしっかり倒して勝ち続けているのは、さすがですよ」
【井上と中谷、共通点は「左フック」と「ショートの距離」】
――ノニト・ドネア戦の眼窩底骨折、ネリ戦とカルデナス戦でのダウンと、いずれも左フックを被弾しています。その点をどう見ますか?
「僕自身のケースでいうと、ネリとの再戦は"自分が自分じゃなかった"ので除くとして、ダウンを喫したのは、すべて右のパンチをもらったものでした。見えにくさなのか、距離感なのか、何か苦手な軌道があるんでしょう。
僕の場合はサウスポーでかなり半身の構えですから、相手の左のパンチは、スリッピングアウェーも使って力を逃がせたんです。でも右のパンチは、どうしても真正面から受けやすかったですね」
――サウスポーの山中さんにとっては相手の右、オーソドックスの井上選手にとっては相手の左。構えの組み合わせにもよりますが、対角線から飛んでくるパンチは、力が逃がしにくく、まともにもらいやすいということでしょうか。
「そういう部分もあるかもしれませんね。それに、井上が被弾しているのは、いずれも距離が詰まったところでのパンチ。ミドルよりももっと近い、ショートの距離です」
――確かに、距離が近いなかで、相手が沈み込んで低い位置から繰り出す左フックという点が共通していますね。カルデナス選手は、ダッキング気味に井上選手の前足の外側へ出ながら放った印象でした。
「そうですね。カルデナスの場合は狙っていた左フックというよりも、とっさの反応で打った感じでしたが、井上の被弾は、相手が頭を下げて低く入ったところでの左フックという共通点はあります」
――そのあたりは、9月14日に名古屋で予定されているムロジョン・アフマダリエフ戦(現WBA同級暫定王者)に向けて、対策してくると思われます。
「アフマダリエフはサウスポーなので、井上戦に左のパンチをしっかり用意してくると思います。もちろん、それに対して井上陣営も、しっかり対応策を練ってくるでしょう」
――アフマダリエフ選手はリオ五輪で銅メダルに輝くなど、アマチュアでの実績もありますが、強みはどこにありますか?
「まず、フィジカルが強い。対戦した岩佐(亮佑)も、『対戦した相手のなかで一番パンチがあった』というくらいですから。スピードというよりは、体の強さを生かして、ゴツゴツとパンチを打ってくる印象です」
【井上vs中谷、勝負のカギは?】
――井上選手はアフマダリエフ戦をクリアすると、12月にも試合が予定されていると報じられています。そしてその先には、中谷選手との対戦が予定されています。現時点で、井上vs中谷は、どのような展開になると予想されますか?
「これは本当に難しい。中谷は、いろんな戦い方ができますが、まったくパンチをもらわないわけではないんです。ですから、井上ほどの一発があったら......とは思ってしまうんですよね」
――井上選手が一瞬で繰り出すスピードと破壊力がある攻撃に対して、中谷選手のディフェンス力や耐久力がどこまで通用するか、というところでしょうか。
「そうですね。仮に、今すぐスーパーバンタム級で戦えば、まだ井上がやや優位かなと思いますが、その差はかなり詰まってきている印象はあります。2人の試合は来年春とも言われていますが、その間の時間がどう影響するのか。
特に中谷には若くて勢いがあります。おそらく井上戦の前にスーパーバンタム級で一試合挟むことになるでしょうから、そこでどれだけ階級にフィットできるかがカギになるでしょうね」
――中谷選手の耐久力については、どう見ていますか?
「過去に効かされた場面といえば、矢吹正道(プロ9戦目)くらいでしょうか。ダウンしたことは1度だけ(プロ12戦目の工藤優雅戦)ありますね。いずれもフライ級の時代。足がふらつくような、明らかに効いた場面は僕の記憶にはありません。そもそも打たれ弱かったら、あのボクシングはできないと思うんです。ただ、井上ほどのパンチがきたらまた話は違ってくると思います」
――井上vs中谷、お互いのストロングポイントは?
「一瞬の踏み込みといったスピードに関しては、やはり井上に分があると思います。でも、ボクシングはそれだけじゃないですからね。距離の取り方やパンチのタイミング、角度、中谷はそこに長けていますから。なかなか想像するのが難しいです」
――中谷選手は西田選手との試合後、井上戦でも同じ戦法をとるのかと聞かれて、「それはナンセンス」と笑顔で答えていました。当然、井上戦には井上戦の戦い方を用意してくるということですね。
「それは確実でしょう。おそらく、立ち上がりは長い距離を取ってくると思います。ですから、階級を上げて井上戦の前に誰とやるのか、そこはとても興味深いですね」
(後編につづく>>)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。