山中慎介さんインタビュー後編
日本人が主要4団体の王座を占めていたバンタム級は、中谷潤人が西田凌佑との統一戦を制したことで大きく動き始めた。今後は、中谷と西田のスーパーバンタム級転向が予想されるが、その返上される2本のベルトを、3度目の世界挑戦に臨む比嘉大吾、世界前哨戦を制した那須川天心らが王座を狙うことになるだろう。
かつてこの階級で12度の世界タイトル防衛を果たした元WBC世界王者・山中慎介氏に、現在の勢力図と今後の展望を聞いた。
(中編:井上尚弥vs中谷潤人、山中慎介が考える勝負のカギは? モンスターが「左フック」を被弾する理由も分析>>)
【比嘉大吾 三度目の正直へ】
――7月30日にWBA世界バンタム級3位・比嘉大吾選手がWBA正規王者アントニオ・バルガスに挑みます。
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「比嘉は、3戦連続の世界戦になりますが、武居由樹戦(僅差の判定負け)、堤聖也戦(ドロー)と、どちらも比嘉がチャンピオンになってもおかしくない内容でした。熱い試合をしますし、実力は世界チャンピオンレベルです。だからこそ、周囲から求められて試合が組まれますわけですね」
――同級生でもあり、盟友の堤選手が目のケガにより休養王者となっています。比嘉選手がバルガス選手に勝利して正規王者になれば、堤選手と3度目の対戦の可能性も出てきます。
「前回の試合があの素晴らしい試合でしたから、また対戦させるのは少し酷だなという気持ちもあります。まして友人同士ですしね」
――WBAは、ノニト・ドネア選手(元世界5階級制覇王者)が暫定王者に認定されました。バルガス選手が正規王者、堤選手が休養王者と王座が乱立する状況となっています。
「ドネアの暫定王者は、ちょっと唐突な印象でしたよね。なんのための暫定なのか......。正直、こうして王座を増やしてしまうのは、あまり好ましいことではないと思います」
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――WBAは、暫定王座を廃止する方向で動いていたはずでしたが......。
(※)WBA(世界ボクシング協会)は2021年8月25日、暫定王座を廃止することを発表。なお、日本ボクシングコミッション(JBC)は正当な理由がないWBA暫定王座を世界タイトルとして認めていない。
「実際は暫定王座を作っているわけですから、団体の信用も失いますし、王座の価値も損なうことにもなると思います。なにより、ファンをガッカリさせるようなことはしてほしくないですね」
――バンタム級は、WBC・IBF統一王者の中谷選手が階級を上げれば、2つの王座が空くことになります。世界前哨戦に勝利した那須川天心選手、そして前WBA王者の井上拓真選手らが、今後どう絡んでくるのか注目ですね。
「天心選手は世界前哨戦に勝ったわけですから、最優先でタイトルマッチに絡む可能性は高いと思います」
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【天心の強みと理想のスタイル】
――天心選手のビクトル・サンティリャン戦はどうご覧になりましたか? 倒したかったけど、倒しきれなかった?
「そうだと思います。パンチに体重がしっかり乗っている感じではなかったですね。接近戦での攻防は、練習してきたことを出せたと思うんですが、その時間帯がちょっと長すぎたかなと。あの距離だと、パンチに体重が乗りにくいこともあると思います。
天心はもともと、距離を取ってフットワークを生かすスタイルが持ち味ですし、もう少し自分のリズムを作ってもよかったのかなと。体全体を使ってパンチを打って、衝撃を伝えることもできる選手ですから」
――近距離でのワンツーはいいタイミングで入っていたと思いますが......。
「クリーンヒットしていたんですが、サンティリャンも上体が柔らかくて、うまく力を逃がしていたので、なかなか効かせるまではいかなかったですね」
――近距離だけでなく、天心選手らしい距離感やフットワークを生かして戦えれば、よりよかったというところでしょうか?
「そうですね。近距離での戦いとフットワークを生かした動きを織り交ぜられるとよかったのかなと。天心のプロボクシング4戦目、ジョナサン・ロドリゲス戦(3ラウンド、TKO勝利)で見せた、大きく踏み込んで体重を乗せたパンチ、ああいった打ち方もできるわけですから。いろんなことができるので、引き出しの使い方がポイントになりますね」
――天心選手がやりたいボクシングがあって、そこに向かって試行錯誤しているのは伝わってきます。ただ、そこも含めて楽しんでいるようにも感じがします。
「勝つことだけを考えたら、今のままでも十分なんです。ですから、いま天心ができることや、やりたいことを貫いていくことが大事。その先に、また新たに見えてくるものがあると思います。
天心は結果も内容も求められる選手です。練習ではできていても、試合でうまく出せないこともある。ジェイソン・モロニー戦で接近戦の経験を積んで、今回もそこを多く見せましたけど、やはりできることの幅を広げたいという気持ちが強いんじゃないですかね」
――天心選手のように、パンチをもらわないディフェンス力、スピードや機動力がありながら、山中さんのような"一撃必殺"のパンチ力で相手をKOする。これは両立できるものなのでしょうか?
「う〜ん......それは、相当難しいと思います。僕のように、一発に体重を乗せて踏み込んで打つスタイルになると、天心のようなバランスの取れたスタイルは崩れてしまうと思うんです。天心の持ち味を生かしながら、一撃でKOできるスタイルを構築するというのは、なかなか両立しづらいものだと思いますね」
――倒せるチャンスがある時に倒しきる、そのために必要なものは?
「天心は、足の動きや足のパワーをパンチに連動させる技術はあります。ですから、足を動かすことによってリズムが生まれて、ボクシングがいい方向に変わってくると思うんです。あの足を相手の攻撃を外すためだけでなく、より攻撃のために使うということですね」
――例えば、ワシル・ロマチェンコ(元世界3階級制覇王者)のように機動力と手数で圧倒するスタイル、ということも考えられますか?
「それはあると思いますね。ただ、天心の試合が行なわれた日に、同じバンタム級の増田陸が左ストレート一発で、1ラウンドKOで勝ったじゃないですか。どうしても、そういうわかりやすい勝ちっぷりと比べられてしまうのもありますよね」
【"神の左"の再来 増田陸が見せた一撃KO】
――ミシェル・バンケスを倒した増田選手は、山中さんの異名だった"神の左"の継承者、という見出しもたくさん目にしました。見事なKO劇でしたね。
「切れ味鋭い一撃でした。タイミング、威力、破壊力、すごくいいものを持ってるなと。僕と同じサウスポーですし、戦い方が重なるところもあります。あの左を当てられるのは右の使い方が上手いから。相手のバンケスはサウスポーが苦手ということもあり、増田が左を出したらどんな反応をするのかなと思って見ていたら、最初の一発で終わりましたね。左ストレートだけでなく、右フックも倒せるパンチを持っていますから、非常に楽しみな存在です」
――この日は、2021年世界選手権の金メダリスト、坪井智也選手がバン・タオ・トラン選手に判定勝ち。アジア・パシフィック・バンタム級王座を獲得しました。内容はいかがでしたか?
「すごいボクシングをしていましたね。どの世界チャンピオンでも、坪井とは相当やりにくいと思います。技術は最高峰と言っていいでしょう。KOこそできませんでしたが、あれは相手がタフでした。誰がやってもなかなか倒せなかったと思いますよ」
――試合後に坪井選手は、世界挑戦はひとつ下のスーパーフライ級になると明言していました。
「バンタム級は、本当に詰まり過ぎていますからね(笑)。大渋滞ですよ」
――特にフライ級からスーパーバンタム級まで、軽量級は、日本人が主役を張っている階級と言えますね。
「スーパーバンタム級でいえば、村田昴(現WBOアジアパシフィックスーパーバンタム級王者)にも注目です。ただ、この階級は、井上が4団体を束ねていますからね(笑)。そこに中谷や西田も加わってくる可能性があるとなると、本当にどういうタイミングで誰が抜けていくのか。そして、中量級で世界の壁を誰が超えるのか、いずれも楽しみです」
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。