
今年のE-1選手権は、多くの若手がチャンスを得て、今後のきっかけをつかむ大会である。ただ、ここまでの今大会を見ているかぎり、主役は長友佑都だ。
7月13日、現地韓国在住の日本人サッカーチームが日本代表の練習を見学に訪れた時のこと。選手たちは練習後、子どもたちの握手やサインに応じた。子どもたちはまんべんなく多くの選手にサインをもらおうとするが、同伴の親御さんたちに一番人気だったのは長友だった。
むしろ、長友くらいしか知らない、という言い方が正しいだろう。時間をかけて丁寧に対応していたのも、今年9月で39歳になるチーム最年長の長友だった。
長友の涙ぐましいストーリーは、これまで多くのメディアを飾っている。2024年3月にカタールワールドカップ以来の代表招集を受け、1試合はベンチ入り(2024年3月21日・北朝鮮戦)したが、その後は毎回招集されるものの、ベンチ外の日々が続いた。
7月8日のE-1初戦・香港戦では、第2期森保ジャパンに入って初のベンチ入りを果たす。長友は「ちょっと(出場に)近づきましたね」と、冗談とも本気ともつかないテンションで話した。
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「今までは(ピッチの)上から見ていたので、ベンチで選手と近づいたことで、モチベーションがもう一個上がりましたし、自分も出てやれるなって思いました」
長友はチームメイトを鼓舞する役割にとどまるわけでなく、自身の出場を具体的にイメージしてベンチで過ごしていたと説明した。
そして続く12日の中国戦では、ついに先発フル出場。通常4バックの左サイドバックか、3-4-2-1であれば4の左右のウイングバックでプレーする長友だが、この日は3バックの左に入った。
ほとんどプレー経験のないポジションだったが、大きなミスもなく試合を終えると、試合後、それまで出場のなかった期間について聞かれ、心情を吐露している。
「もう、苦しすぎましたね。『苦しい』のひと言です。ただ、僕はその逆境や苦しみから、これまで何度も這い上がってきたので。『もう長友は終わりだぞ』って(周囲は)思っていたかもしれないですけど、僕はひたすら自分のことを信じてやってきた」
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【いつもの明るい表情から一変】
翌13日、長友はあらためて報道陣の前に立ち、「試合を振り返り始めたら眠れなかった」ことを明かした。試合前日も興奮で寝つけず、睡眠時間は5時間程度。試合後は「ほぼほぼ寝てない」状態で練習に臨んだ。彼にとってこの1試合が、どれくらい重要だったかがうかがえる。
それだけに、日本代表のプレーについては厳しく振り返った。
「ワールドカップの優勝(を狙う)メンバーの一員として考えるなら、足りないことが多すぎる。前半にミスもありましたし、あれをワールドカップでやってしまうと、カウンターを食らって危ない場面を作らせてしまう」
現在の日本代表が世界一、ワールドカップ優勝を目標に掲げていることを念頭に、長友はそう語った。
危機感はたっぷり。出場していない時の明るさとは対照的。長友は試合内容を反芻しつつ、厳しい表情を見せていた。日本代表の試合に復帰したことを喜んでいる段階は終了したと言わんばかりだ。
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もっともその発言は、長友が世界のトップを知っているからだ。キリアン・エムバペやヴィニシウスのようなワールドクラスの強みを単に「スピード」と表現するのではなく、彼らのようなレベルの選手と真剣勝負を繰り返し、時には勝利した経験があるからこそ言える。
現在の日本代表がどのくらいの熱量で、「世界一」という目標を公言しているのか──。今回のメンバーでそのことを本当に理解しているのは、おそらく長友くらいだろう。
「馬鹿ではないから、客観視して自分がメンバーの一員として考えられてないかもしれないと感じていた部分もあった。だから、昨日(中国戦)は気持ちが入った」
長友は「経験の伝え手」という役割だけでなく、「ひとりの選手」として存在感を示すことに意味があったことを強調する。
これまで長友は、何度となく「世界一」という言葉を口にしてきた。筆者のなかで最初の発言として記憶にあるのは、2010年にFC東京から当時セリエAのチェゼーナへ移籍した時。「世界一のサイドバックになって、戻って青赤(FC東京)のユニフォームを着たい」と公言した。
申し訳ないが、当時は荒唐無稽な話に感じた。しかし、わずか半年でインテルに移籍。そしてあらためて「世界一のサイドバックになる」と断言した。この時の「世界一」という言葉の信憑性が、一気に高まったのを覚えている。
【世界一は決して夢物語ではない】
インテルでタイトルは獲得できなかったものの、イタリア8年間で200試合出場を達成。その後、移籍したガラタサライではトルコリーグ優勝にも貢献した。
2021年にFC東京に戻った際、長友は「まだ世界一のサイドバックになれていない」と自己評価を下し、34歳ながら向上心はまったく衰えていなかった。そして今回、あらためて日本代表として「世界一を目指すその一員になること」を公言した。
長友が「世界一」を口にする時、それは決して夢ではなく、現実的な目標として捉えている。その決意はこれまでの経歴を見ても疑いの余地はなく、今回も力づくで実現させようと努力するだろう。
今回のE-1選手権に招集された若手たちは、そんな長友とどのように接していたのか。
FW原大智は、子どもの頃に初めて買ってもらったユニフォームが長友のものだったという。サインをもらいにいったエピソードも教えてくれた。
長友と同じ明治大出身のGK早川友基は、大会中にふたりで話をしたという。「佑都くんは経験を話してくれた」らしく、ワールドカップといった世界を少しでも現実的なものとして伝えようとしてくれた。
同じ最終ラインでプレーしたDF綱島悠斗は、大先輩の経験を何かしら盗もうと必死に迫ったという。長友に「うっとうしい」と言われるほどの徹底マークで距離を詰めていた。
長友は豊富な経験を若手に惜しみなく分け与えつつ、選手として世界一になることにフォーカスしている。39歳で自身5度目のワールドカップ行きが実現するかもしれない──そう思わせる真剣さで、長友佑都はE-1選手権に臨んでいる。