「消費税なんていらない」と語る人にどう向き合う? “地雷”を避ける3つのポイント

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2025年07月16日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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「減税論者」の思考パターンと、話を合わせるコツ

●スピン経済の歩き方:


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 日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。


 本連載では、私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」をひも解いていきたい。


 7月20日の参院選に向け、「消費税減税」が大きな争点になってきた。


 このあたりの経済政策については、ビジネスパーソンの皆さんも関心が高いことだろう。商談や打ち合わせ前の雑談でも「本当に消費税減税やるんですかね」なんて会話がなされているのではないか。


 ただ、ビジネスの世界で生きる人はこれを単なる「アイドリングトーク」で終わらせてしまうのはもったいない。


 商談相手の「消費税減税」に対する考え方を知れば、その人物の「経済」や「データ」に対する見方が非常によく分かるからだ。


 筆者はこれまで多くの経営者、政治家、専門家などに経済問題についてインタビューをしてきた。忙しい政治家や経営者に代わり、著書の代筆をしてきた経験も少なくない。そこではたと気付いたのは、「消費税減税」に賛成している人々には共通した「思考パターン」があるということだ。


 この「思考パターン」を知れば、ビジネスパーソンにとって大きな武器になる。自社にとって優位な方向にプレゼンや価格交渉を進められるし、逆に相手が不快になるような「地雷」を踏まなくて済むからだ。


 例えば、あなたは営業マンで、得意先の社長が熱心な「消費税減税論者」だったとしよう。どうにかこの社長に気に入られて、大きな商談をまとめなくてはいけない。そこでこの社長の「思考パターン」を把握して、それに基づいた提案やセールストークをすれば、「キミ、分かっているじゃないか」と社長の信頼を得られるかもしれないのだ。


 では、「消費税減税」を唱えるビジネスパーソンには、どんな「思考パターン」があるのか。


●「消費税減税」を唱える人の「思考パターン」


 代表的なものは以下の3つである。


(1)「人口減少」という重いテーマを避けがち


(2)「コスト削減」や「コスパ」が大好き


(3)将来への投資より「目先の利益」


 (1)については、現在「消費税減税」を訴えている参院選候補者の主張が分かりやすい。先日、都内である候補者の街頭演説を聞いていたら、集まった聴衆にこんなことを訴えてきた。


 「皆さん、日本の衰退は1997年に始まりました! この年に何があったか分かりますか? そう、消費税が3%から5%に上がったんです」


 この候補者によれば、「失われた30年」は5%、8%、10%と消費税を上げ続けてきたことで、日本人の消費や企業の経済活動がすっかり冷え込んだことが「元凶」だそうだ。だから、これを元に戻せば日本経済もスコーンと上向いて、物価も下がっていくという。


 もちろん、いろんな主張があっていいのだが、驚いたのはこの日本経済論の中で「人口減少」という概念にまったく触れられていなかったことだ。


 経済の専門家の中には、日本衰退の最大の要因を「人口減少」と位置付ける人が少なくない。例えば、この候補者が“日本衰退元年”と位置付けた1997年の生産年齢人口(15〜64歳)は約8700万人で、そこから減少の一途をたどり、2024年には約7300万人となっている。この27年で、生産・消費活動の主役である現役世代が1400万人減少しており、これは東京都の人口に匹敵する規模だ。


●データに関心を示さない人への対処法


 当たり前の話だが、医療・年金という社会保障や公共サービスは現役世代が負担しているので、1400万人減ったということは27年前に比べて現役世代の「負担」がすさまじく重くなる。国も異常に膨張した社会保障を維持するのがやっとなので、民間企業の成長を促す投資もできない。


 一方、日本以外の国はどんどん成長しているので世界的に賃金や物価が上昇していく。そんな中、30年間成長していない日本企業が存続するには、人件費をできる限り低く抑えるしかない。つまり、今の日本は人口減少を起点とした低成長・低賃金の固定化という問題がある。


 ただ、「消費税減税」を訴える人々は、このような人口や社会保障のデータには関心を示さない。「ま、人口減少の影響もゼロではないけれど、消費税増税に比べたら微々たるもんだ」という感じで大した問題ではない認識なのだ。


 となると、このような考えの人々と商談や提案をする際にやってはいけない「NG行動」は明らかだ。


 それは「少子高齢化の影響で市場が縮小している」とか「社会保障費増大で医療や介護をどうしていくか」などのデータに基づいた営業トークである。


 消費税減税を支持する人に人口動態や社会保障のデータを伝えてもあまりピンとこない。それどころか、政府が出すその手のデータはフェイクだと思っている人もいる。それよりも「1997年に消費税が増税されたときにこれだけ失業者が出ました」というような、「分かりやすい原因と結果」のシンプルなストーリーを伝えたほうが、はるかにササるはずだ。


 このように「分かりやすさ」にも関係しているのが、(2)の「コスト削減」や「コスパ」が大好きという思考パターンである。


●「消費税」=コスパの悪いシステムと考える人々


 消費税減税で日本経済が復活すると考えている経営者やマネジメント層は「コスト削減」や「コストパフォーマンス」に関する話題を好む人が多い。


 なぜかというと、「消費税減税」を支持する人たちは、そもそも「消費税」を無駄なコスト、あるいはコスパの悪いシステムとして忌み嫌っているからだ。


 彼らはこのムダなコストを削減することで、人も企業もそこで浮いたお金を経済活動に回せると考えている。コスパの悪いシステムがなくなれば効率よく経済が回り、減税に費やした財源もあっという間に回収できる、というわけだ。


 ただ、残念ながら経済の専門家の中には、そのような都合の良い好循環は起こらないと考える人のほうが多い。


 本連載の記事「消費税10%時代は終わるのか 減税論が企業戦略に与える波紋」(ITmedia ビジネスオンライン 2025年4月16日)の中で詳しく解説したが、コロナ禍で欧州では一時的に消費税減税を実施したが、消費喚起の効果はほとんどなく、個人も企業も「貯蓄」が増えただけだった。


 これは「経済の原則」からすれば、何ら驚くべき話ではない。「国のバラマキ」によって平等な社会がつくれると主張していた共産主義国家の多くが崩壊し、中国が米国に匹敵するほどの弱肉強食社会になっていることからも分かるように、「国のバラマキ」では経済は成長しないのである。


 人や企業が消費や投資にお金を注ぎ込むのは、基本的に給料や売り上げが上がったときだ。自分たちが成長して「稼ぐ力」が増えたことで、はじめて「消費する力」も上がっていく。それを受け、内需が7割を占める日本経済も上向いていくのだ。


 ただ、消費税減税という「バラマキ」では、このような好循環を生み出すことはできない。


●「バラマキ」による負の効果


 本来、国民が負担すべきものを国が肩代わりしている点において、消費税も給付金と同じく「バラマキ」以外の何物でもない。


 自分たちの「稼ぐ力」が上がっていない状況で「バラマキ」をいくら受け取っても、人も企業も成長しない。むしろ、公金依存を強めて「稼ぐ力」がどんどん衰退する。最終的には「生活が苦しいので税金で支えてもらわないと生きていけない」となり、自力で生きることもできなくなる。


 そのあたりの「公金依存の恐ろしさ」は、これまで国から莫大な補助金を受け取ってきた日本のコメ農家や中小零細企業の窮状を見れば、明らかだろう。


 では、なぜ「公金依存」が強まると「稼ぐ力」が衰退するのかというと、人や企業が経済活動よりも「貯蓄」に力を入れるようになるからだ。


 人も企業も成長して「稼ぐ力」を上げるのは大変だからだ。それよりも現状維持で受け取ったバラマキを貯蓄に回して倹約生活を送ったほうがはるかに「ラク」なのだ。


 そもそも、給料や売り上げが何年も上がっていない人や企業は、これからも給料や売り上げが上がらないと考える。そんな苦しい戦いを強いられている中で天からお金が降ってきたとしても、先行きの見えない将来への不安から「貯蓄」をするのが合理的だ。これが欧州の減税が消費喚起にまったく結び付かなかった本質的な理由だ。


 しかし、消費税減税を支持する人たちは、このような話を決して認めようとしない。


 消費税というコスパの悪い制度を止めて減税でコスト削減をすれば、削減した分だけ人も企業も消費に力を入れる。お金がじゃんじゃん社会に回るので、日本は空前絶後の好景気が訪れる、という考え方だ。


 それは裏返せば、それほど「コスト削減」や「コスパ」の力を信じているということだ。したがって、このようなビジネスパートナーに提案する際には、「導入すると何%のコスト削減になります」とか「コストパフォーマンスの最大化が期待できます」というような方面の話が気に入ってもらえるはずだ。


●将来への投資より「目先の利益」


 そして(3)将来への投資より「目先の利益」については、詳しい説明は不要だろう。現在、日本の国と地方を合わせた政府債務残高は2023年度末時点で1442兆円にまで膨らんでいる。対GDP比では237%にも上る。


 ちなみに米国は121%、英国は101%、ドイツは64%ということで、日本はG7の中で突出して悪いどころか、「世界最悪」のレベルだ。


 先日、石破茂首相が国会で「日本の財政はギリシアより悪い」と発言して「首相のくせに、日本の信用を貶(おとし)めることを言うなんてけしからん」と攻撃されていたが、実はあれは石破首相なりに配慮したもの言いだ。


  IMF(国際通貨基金)のデータを見ると、実はギリシアの対GDP比は日本よりかなり小さく、比較対象にはならない。客観的に見ると「レバノンより良くてスーダンより悪い」が正確だ。


 ただ、消費税減税を支持する人はこうした話をしたがらない。参院選候補者の演説を聞くと、「将来世代の負担を考えろと言いますが、今を生きる日本人の生活を支えることが結果、将来世代の負担を軽くすることにつながるんです!」なんて訴えていた。


 中には、こういう政府債務残高は「フェイク」だと主張している人や、世界的にはもはやブームも去って、異端視されている「MMT理論」を熱心に唱えている人もいる。もちろん、何を信じようともその人の自由だが、問題はこういう主張をしているのが「日本人だけ」ということである。いくら国内で「1400兆円の借金なんてデマだ! 財源は腐るほどある!」と叫んでも、国際社会が「その通り! いいね」などと賛同してくれる可能性は低いのだ。


 このような状況を踏まえると、消費税減税を支持する人の「思考パターン」が見えてくる。


 彼らは「このままでは国の借金がさらに膨れ上がる」という未来予想を否定して生きているので、中長期的な話、とりわけ困難が待ち受けているような話は好まないのだ。したがって、良好なビジネスパートナーになるには、そうした「思い」にも寄り添う必要がある。


 具体的には、商談や提案の際に中長期的なメリットや将来への投資を強調しすぎず、すぐに得られる効果や短期的メリットを前面に出したほうがよいということだ。


●「消費税減税」は論理的な解決方法ではない


 今回の選挙で争点になっているように、「消費税減税」を望む人は一定数存在する。人口減少と高齢化でどんどん貧しくなる日本では、この勢いはさらに増していくはずだ。


 これまで見てきたように、日本の財政や経済を考えれば「消費税減税」は論理的な解決策ではないし、事態をさらに悪化させる恐れもある。


 しかし、国家や企業の運営などを見ても分かるように、時に人間というのは非論理的で、事態を悪化させるような道を選んでしまうものだ。そして、一度その方向に流れると、群集心理や同調圧力によって、戦争のように誰もそれを止められなくなる。


  今はこうした論争が続いているが、そう遠くない未来には「消費税減税で日本経済復活」「国の借金1400兆円はうそ」といった考えがビジネスパーソンの間で「新しい常識」として定着しているかもしれない。


(窪田順生)



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