2025.5.19/東京都千代田区のBCNにて【東京・内神田発】「これはドレスリハーサルではない。いま、この瞬間が、あなたの人生の本番だ」と、デイヴィスさんは働く人たちに語りかけるという。毎日、仕事をしに会社に行くことも人生の一部であり、それは大きなパフォーマンスを行う前の練習ではなく、あくまで本番であるということだ。だからデイヴィスさんは自社のスタッフに対して、自分がやりたいことをやり、やっている仕事が好きであってほしいと望む。おそらく、こうした「個」を尊重する考え方が会社を強くしていくのだろう。
(本紙主幹・奥田芳恵)
その他の画像はこちら●プログラミングは小説を書くように バーチャルな世界を構築する
デイヴィスさんは、ビジネススクールでMBAを取得された後、PC市場の発展に伴ってCONTEXTを創業されたわけですが、経営は順調に進みましたか。
まさか! 山あり谷ありです(笑)。例えば、2001年の9.11(米国同時多発テロ)のときは、購読契約の3分の1がキャンセルになりました。でも、そうした大打撃をこうむった時期もあれば、IT業界に大きなブームが起こった時期もあり、全体としてはうまくやってきたと思います。
経営が苦しい時期、どうやってその状況を打開しましたか。
IT業界では、いつも新しいものが生み出されます。だから、私たちのようなデータサービス産業にとって、追いかける対象には事欠きません。つまりそうしたことが、苦しい状況の打開につながるわけです。
CONTEXTの創業は1983年ですが、マーケットリサーチはどのようなかたちで行ったのでしょうか。
当時はエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)在籍時と同様、ネットもEメールもない時代でしたから、リセラーに直接電話をして、どのPCがどれくらい売れたのか情報をもらい、そこから全体の数値を類推しました。
そして、ベンダーからは販売数だけでなく価格調査もしてほしいという要望が出てきました。最初は英国内だけでそのサービスを提供していましたが、フランスやドイツの調査レポートもほしいといわれ、私もまだ若く愚かだった(と、スティーブ・ジョブズは言いましたが)ため、英国外の仕事も請け負ってしまったのです。
注文が増えるのはいいことですが、それをこなしていくのも大変そうですね。
フランスやドイツのリセラーにも電話で調査していたのですが、あるとき、フランスのリセラーから価格データを提供してもらえなくなってしまったのです。でも、レポートは発行し続けなければなりませんから、私たちのチームは月曜日の朝6時に車でフランスに向かい、リセラーを一軒一軒訪問して、店の中を覗いたり店主に声を掛けたりして販売価格を確認して英国に戻り、レポートの発行に間に合わせたこともありました。
また、メーカーから新たにローンチした製品の購入者インタビューを依頼されることもありました。担当者が小売店の前で待機し、その新製品を買った人が店から出てきたらつかまえて、話を聞くんです。
当時は、全てマンパワーでこなすしかないご苦労があったのですね。ネットが普及してから、ビジネスはどう変わりましたか。
データをプロセスできるようになったことですね。必要に迫られ、私は独学でプログラミングを身に付けていたので、自分でデータを加工することができました。
実は3週間前に、私がプログラミングした最後のプロダクトがクローズしたんです。
それはちょっと寂しいですね。
ええ。でも、プログラミングは最高です。それは小説を書くことに似ていて、自分の頭の中にバーチャルな世界を構築できるからです。プログラミングに熱中すると時間を忘れ、違うゾーンに入った気がして、空を飛んでいるような気分になるんです。それは、夢のような経験でした。
●仕事を通じて成長し人を大事にする環境をつくりたい
CONTEXTを創業されて42年。それだけ長く事業を続けてこられた理由を教えてください。
一つは、自分のビジネスが面白いと思えたことです。IT業界では、常にイノベーションや再創造が起こっています。そこに興味をかきたてられることは、とても重要でした。
二つめは、情報ビジネスに携わっている私たちは、IT業界が築き上げた新しいテクノロジーを使うことで、自分たちを再創造できたことが挙げられます。
自分たちもITで成長できたと。
三つめは「人」です。私たちの会社で働いてくれる人はみんな大事ですが、私は人を大事にする環境を会社の中につくりたいと思っています。もちろん、ビジネスを成功させ、それが社会で役立つようにしなければなりませんが、私たちに関わる人たちが、自身の人生をきちんと生き切れるようにすることがより大切だと考えています。つまり、お互いのことを尊重し、人として成長し、自分自身に誇りを持てる場であることが求められると思うのです。
デイヴィスさんは、知性や創造力を大切にされているとともに、働く人のこともとても大切に思われているのですね。そうした考え方をされるようになったのはなぜですか。
私の考え方に影響を与えたのは、ビジネスで成功するためには自分の夢を捨てなければならない、さらに道徳観すらも犠牲にしなければ成功することはできないと信じている人が多いことにあります。でも、いま私が若い人たちに言いたいのは、ビジネスの世界で成功するために、自分の夢も理想も道徳観も捨てる必要はないということです。
自分の思いを封印したり、人を押しのけるようなことが成功への道ではないと。
アグレッシブなビジネスパーソンこそが成功するというステレオタイプな考えが広まっていますが、実は成功者には誠実な人が非常に多いということが、若い人にはあまり知られていないのでしょう。
今後、デイヴィスさんはどのようなビジネス人生を送られていくのでしょうか。
最近、よく「引退するのか」と聞かれますが、今の私の心境は、このバーナード・ショーの言葉そのものです。
――人生における真の喜びとは、自らが偉大な目的と認めたことのために生きること。熱に浮かされ、利己的な態度で世界が自分を幸せにしてくれないと嘆くのではなく、自然の力として生きること。自分の命は社会全体のものであり、生きている限り、社会のためにできる限りのことをするのが自分の特権だと考えている。死ぬときには、徹底的に人生を使い果たしていたい。一生懸命働けば働くほど、より長く生きることにつながるからだ。私にとって、人生は短いろうそくではない。それは輝かしいたいまつのようなもので、それをできるだけ明るく燃やしてから、未来の世代に引き継ぎたいのだ――
すばらしい言葉をありがとうございます。企業や経営者は社会的存在であり、ベストを尽くした後、その志を次代の人たちに襷のようにつなげていくということですね。「引退」は、まだまだ先のこととお見受けしました。ますますのご活躍とご健康をお祈りします。
●こぼれ話
1980年代初期、PC市場の盛り上がりとともに誕生したCONTEXTとBCN。両社は遠く離れた英国と日本で、市場調査・データビジネスを立ち上げ、40年以上継続してきた。以前、創業者のハワード・デイヴィスさんにお会いした際に聞いた、データ企業として守るべき信頼や正確性などの基本姿勢はすんなり理解でき、共感することもできた。少しおこがましいが、仲間を得た感覚を覚えた。
今回は、来日に合わせたっぷりとお話しできることとなり、デイヴィスさんの人生の歩みに触れさせていただくチャンスだ。否応なくワクワク感が込み上げる。デイヴィスさんは、本編でお話した以外にも、これからの私の人生において、大切な言葉をいくつも贈ってくださった。
「経営者は庭師のようなものです」。土を耕し、種をまき、水をやり、雑草を取り、見守っているとそのうち芽が出て、やがてぽっと花が咲く。人の育成も同じだとおっしゃる。そして、突然きれいな花は咲かないと。経営者として、一緒に働く仲間を信じ、誇りが持てる場所を創造してこられたデイヴィスさん。実感がこもっているからこそ、言葉の重みがずっしりと伝わり、響いてくる。
「自分自身にうそをついてはいけない」。自分たちの人生を誇りに思えるように、逃げたくならないように、どのような人生を送っているかが大切。仕事の向こう側に本質的な価値を見出すのだと。「年をとって孫をひざに乗せたとき、誇りを持っていられるようにね」と笑顔で語ってくださった。自分の人生を望んだかたちで生き切れるように、仕事を好きになり、仲間同士が愛情を持って働ける環境を築くのだとエールを贈ってくれた。
新しいテクノロジーにいつも刺激をもらってきたデイヴィスさん。AIの隆盛を目の当たりにして、「まだ想像できていない世界が待っている」と目を輝かせる。期待を持ちながらも、一方でガバナンスの必要性を指摘し、「少し怖さもあるよね」と。常にイノベーションが起るIT業界で、デイヴィスさんの知的好奇心が途切れることはない。デイヴィスさんのたいまつは力強く燃え、輝き続ける。
(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
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※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。