NHK『あんぱん』©︎NHK『ゴールデンカムイ』(2018〜2023年)や『呪術廻戦』(2020〜2023年)など、スター声優として活躍する津田健次郎は、俳優としても目を見張る演技力である。
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)では新聞記者役でレギュラー出演。今田美桜らとの初共演シーンで、津田健次郎は演技空間を完全に支配していた。圧倒的な采配ぶり。そこには誰もが思わず納得する理由がある。
それは学生時代の津田健次郎が映画監督を目指していたことにある。男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が解説する。
◆レギュラー出演者の目を見張る存在感
竹野内豊や加瀬亮、吉田鋼太郎、中島歩など、中堅ベテラン名優たちがそれぞれの味わいを醸す朝ドラ『あんぱん』だが、新たにレギュラー出演者となった津田健次郎もまた目を見張る存在である。
初登場は第13週第64回。戦後、教職を辞した主人公・若松のぶ(今田美桜)は速記の勉強に打ち込んでいた。力試しとして聞き書きにでかけるのぶは、日中から闇市で酒を飲む客たちの会話を書き取る。
耳を傾けながらメモ用紙に鉛筆で書き付けていると、ひと際張りのある声の持ち主がいる。津田演じる高知新報の主任・東海林明である。部下の岩清水信司(倉悠貴)相手にへべれけながら、愉快に弁舌をふるう。
◆酔っぱらい役の本質を捉えた名演
東海林は自分に熱心な眼差しを注ぐのぶにすぐに気づく。「何メモしちゅうが」と言われ、少しぎょっとするのぶ。「敵国のスパイか」と言う東海林に対して岩清水が「そんなわけないでしょ」と間に入りつつ、愉快な誤解はすぐに解ける。東海林は、あながちただ酔っぱらっているだけというわけでもない。
のぶに声をかける最初の眼差しはやけに鋭い。相手が何をしているかわかっていないようで瞬時に見抜いているようなにらみ。実際はのぶが速記の力試しをしているなんてまったく検討もついていないのだが、それでもとにかく物事の本質を捉える力が並外れている人物だということだけはこの眼差しからわかる。
そりゃ新聞記者なのだから当然の洞察力なのだが、東海林明という役柄をへべれけ状態の眼差しひとつで明確に表現する津田の演技が的確過ぎる。へべれけと眼差しのさじ加減が絶妙な、酔っぱらい役の本質を捉えた名演でもある。
◆空間を完全支配する津田健次郎
さらに注目すべきは、へべれけという自由な振る舞いを演じるとき、津田は一点集中の眼差しを駆使して共演者(今田美桜と倉悠貴)と共有する演技空間を完全支配していること。
聞き書きするのぶと東海林たちの位置関係を確認しておく。テーブル席に座る東海林たちに対して軒下にいるのぶは2メートルほど離れた場所から見つめている。両者ともにその場からは動かず定位置にいる。
のぶがただ一方的に見ているだけでは、場面描写として活気づかない。そこで東海林がのぶにぎろりと視線を向けることで、離れた場所にいる役と役同士でも積極的な相互関係が紐づけられた空間が成立する。その演技空間をなんともさりげない視線移動で、津田は手際よく采配する。
◆映画監督を目指していたことに思わず納得
年少の共演者を完璧にリードして慣れた手つきで演技空間をこしらえたあとは、やや離れた場所にいる今田と目の前に座る倉に交互に視線を遣りながら、この縦横無尽な酔っぱらい記者役を演じる。
自由に楽しんで演じているようで、その実、緻密に空間を把握しながら、共演者との距離を計測するかのような演技。『ゴールデンカムイ』や『呪術廻戦』など、スター声優仕事をこなしてきた津田は、俳優としても盤石のプランを組んでいるからこそ、あの演技力。
それにしても空間把握のあまりの的確さはちょっと俳優の領分を超えているよなと思ったら、学生時代の津田はどうやら映画監督を目指していたらしい。古今東西の映画を見漁った大学時代に好きになった監督は、イタリア映画界の巨匠フェデリコ・フェリーニだと過去のインタビューで語っている(Girls-Style掲載インタビュー)。
映像の魔術師と呼ばれたフェリーニによる演出風景を捉えた(メイキング)ドキュメンタリー映画『フェリーニ サテリコン日誌』(1971年)でフェリーニは、魔法の一振のような指示で、撮影セット内の俳優たちを動かしていた。こうした空間把握、完全支配する演出力が、津田健次郎の演技力にも感じられるんだなと思わず納得した。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu