「アバターのある日常」は日本から生まれ、世界を変えていく――大阪大学の石黒教授が見据える未来社会

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2025年08月06日 16:11  ITmedia PC USER

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石黒教授は、参加者からの質問にも丁寧に答えていた

 TFTビル(東京都江東区)で6月5日〜7日に開催された教育関連の見本市「NEW EDUCATION EXPO 2025」では、さまざまな講演やセミナーが行われた。


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 その中でも注目を集めたのが、6月6日に行われた大阪大学大学院の石黒浩教授(基礎工学研究科)による特別講演「アバターと未来社会」だ。この講演の模様を2回に分けてお伝えする2回目は、アバターによって変わる社会や生活のありようや、大阪・関西万博への取り組みを語った後半部分をまとめる。


●アバターが「教育」「仕事」「医療」「日常生活」を大きく変える


 石黒教授はロボットと並行してアバターの研究にも取り組んでおり、コロナ禍をきっかけにアバターの開発を行うスタートアップ企業「AVITA」を創業した。


 そんな石黒教授は、アバターによる社会の変化をこう語る。


 教育、仕事、医療に日常生活――これら全てが、アバターによって大きく変わると私は確信している。教育ではAIアバターが個別指導を担い、難しい部分だけ人間の先生が対応する形になるだろう。学校そのものはなくならないが、友人関係(の構築/維持)や議論の場としての役割を持ちながら、アバターを通じて世界中の子どもたちとつながれる、インターナショナルな場になることが理想だ。 仕事も同様で、自宅にいながらアバターを介して専門家と議論でき、世界中の仲間とネットワークを築けるようになる。医療においても、病院に行くことなく、アバター化した医師が家庭に現れる未来が見えている。全ての診察をアバターが担うのは難しいが、検査機器の進化と組み合わせれば、遠隔診療は確実に進む。町の小さな病院にアバターを常駐させれば、都市部の専門医が乗り移って診察できるようになり、小さな病院でも高度な医療を提供できる。 このようにアバターが日常生活に浸透すれば、(誰かの)話し相手になったり、パーティーに参加したりする人も出てくる。こうした未来は、日本から生まれると私は考えている。インターネットやAIは米国が主導してきたが、アバターに必要なCGキャラクターや人間型ロボットの技術は、日本が得意とする分野だ。VTuber文化に代表されるように、日本には高度な技術と、アバターを生活の一部として受け入れる文化がある。欧米ではアバターは「道具」であり、AIによる自律型のものが主流だが、私は人が中に入るアバターの価値を重視している。実際、私の会社のアバターは、保険の販売やコンビニの年齢確認など、人間の介在が必要な場面で活躍している。 日本では人間とアバターが“対等な存在”として共存できる文化が根付いている。この文化と技術を生かせば、アバター分野で日本が再び世界の先頭に立つことができると、私は信じている。


●本人の存在感をリアルに伝える「アンドロイドアバター」


 これまでに、石黒教授はいくつかアバターに関する実証実験を行ってきたという。その事例について共有しつつ、課題も語った。


 コロナ禍で外部との接触が制限されたとき、私は保育園や高齢者施設にアバターを導入する実験を行った。幼稚園にかわいらしいロボット型アバターを設置し、高齢者が遠隔から子どもたちと対話できるようにしたところ、子どもも高齢者も非常に喜び、毎日異なる人が交流を楽しんでいた。この取り組みは、今も続いている。 学童保育でもアバターが活躍しており、引退した先生がアバターを通じて子どもたちの相談に乗ったり、宿題を手伝ったりしている。子どもたちは全く飽きず、(コロナ禍によって)対話に飢えていたことがよく分かった。 他にも、さまざまな場所でアバターの活用を試みている。大阪の小さなアミューズメントパークでは、動物とふれあえる場にアバターを配置し、子どもたちが動物に関する質問をすると、必要に応じて飼育員がアバターに“乗り移って”リアルタイムで答えるという実験も行っている。こうした取り組みは、近いうちに実用化されると見ている。


 医療分野でも(アバターの)活用が進んでいる、長崎県の二次離島では医師が1人しかおらず、専門外の診療に対応できない問題があった。そこで、アバターを島の医院に設置し、長崎大学の精神科医が“乗り移って”診療を支援している。医師免許は(専門領域を問わず)1種類なので、こうした形で他分野の医師がサポートすることは合法であり、非常に有効だ。ただし、ボランティアに頼り続けるわけにはいかず、今後は法整備が求められる。 政治の場でも、アバターは効果を発揮している。私たちは元デジタル担当大臣の河野太郎氏のアバターを開発し、(実証実験の一環で)商業施設において一般市民にマイナンバー制度の説明を行ってもらった。大臣がアバターに乗り移った瞬間、会場にはまるで本人がそこにいるかのような雰囲気が生まれ、多くの人が集まった。アンドロイドアバターは、本人の存在感をリアルに伝える力を持っていると実感している。 これからも、社会のさまざまな場面でアバターの可能性を広げていきたい。


●アバターは文化や社会構造に深く関わる「未来のインフラ」に


 石黒教授は続けて、長年取り組んできたアバターを使って社会課題を解決しようとする試みについて語った。


 私は長年、アバターを通じて社会課題を解決しようと取り組んできた。特に自閉症の子どもたちにとって、アバターは非常に有効なコミュニケーション支援ツールとなっている。人と話すのが苦手な子どもでも、アバターであれば自然に会話ができ、アバターを通じて他者と関わる経験ができる。自閉症の子どもたちが通う翔和学園(東京都中野区)では、アンドロイド型からぬいぐるみ型までさまざまなアバターを使って面接練習や生活指導を行っており、子どもたちの社会参加を支援している。 同じように、精神疾患を持つ人にもアバターの活用は効果を上げている。長崎のある精神科病院では、入院患者が私のパビリオン入口のアバターを遠隔操作し、来場者にあいさつを行っている。それだけの行為でも「社会の一員としての役割を果たしている」という実感を得ることができ、症状の改善に寄与している。同様の仕組みは高齢者向けにも提供しており、体が不自由でも、自宅からアバターを通じて社会とつながることができる。 最初はボタンで操作していた方も、慣れてくると「対話ボタン」を押して自分の言葉で案内できるようになっている。


 自身が創業し社長を務めるAVITAは、このような技術を社会に実装するために立ち上げたのだという。


 こうした技術の社会実装を目指し、私は4年前にAVITAという会社を立ち上げた。これまで大阪大学やATR(国際電気通信基礎技術研究所)で蓄積してきた特許を元に、ロボットを作らずCGキャラクターによるアバターに特化する戦略をとった。 理由は明確で、ロボットはコストや保守の面でハードルが高く、「Pepper」のように注目を浴びても継続利用には至らないケースが多い。CGアバターであれば、スマートフォンやPCなど、既に誰もが持っている端末で即座にサービスを展開できる。その後、必要に応じてロボットへの置き換えも視野に入れている。 私たちが提供しているCGアバターは、アニメキャラクターのような親しみやすいデザインで、相手に心理的な負担を与えにくい。技術的にはリアルな人間型CGも可能だが、相手の表情や感情を読み取る負担が増え、かえって会話がしづらくなる。アニメ風アバターなら、自然体で気軽に話せる。


 さらに、アバターは「働き方」にもプラスに働くという。


 また、(アバターを活用すれば)通勤の必要がなくなり、自宅からすぐに働けるため、生産性の向上にも寄与する。東京のように長時間通勤が当たり前の都市では、アバター勤務によって移動時間をまるごと労働時間に変換できる可能性がある。 このような働き方を支えるために、AVITAではパソナと連携してアバターの中で働く人材のネットワークや派遣の仕組みを整備しており、兵庫県の淡路島に「淡路アバターセンター」を設けた。ここでは、地方在住者が全国の企業受付や接客を遠隔で担当している。受付業務も、1人の操作者が複数の会社を兼任することで効率化が進んでいる。短時間のスポット勤務も可能なため、育児や介護をしながら働きたい人にとって大きな機会となる。実際、コンビニなどでの活用も進んでおり、保険市場ではアバターを使った販売員が最も高い売上を記録している。 新人オペレーターにとっても、アバターは心強い存在だ。対面だと緊張してうまく対応できない人も、アバターを通すことで安心して応対できる。AIの補助によって自然な表情や視線も再現されるため、接客品質はむしろ向上する。ローソンではアバター接客を導入した店舗もあり、店員不足解消にもつながっている。初めての試みにもかかわらず、全国から300人以上の応募が集まり、車椅子利用者をはじめ多様な人々が、新しい働き方に可能性を見出してくれた。


 今後、AVITAは海外進出を視野に入れつつ、アバターの社会実装を一層進めていく方針だ。


 今後は海外展開にも力を入れていく予定だ。例えばブラジルの日本人コミュニティーが、日本の深夜時間帯にアバターを通じてコンビニエンスストアの対応業務を行うことで、時差を活用した効率的な24時間営業が可能になる。インターネットが情報や通貨の国境を越えたように、国境を越えた就労環境を構築することで、“労働の境界線”も消えていく。 さらに、AVITAではAIによる営業トレーニングの仕組みも開発している。接客前に仮想の顧客との応対を繰り返し、言いよどみや(言葉の)抜け落ちをチェックすることで、笑顔や目線の適切さまで評価するシステムだ。優しい顧客から厳しいクレーマーまで、多様なシナリオをシミュレートでき、合格点を取った者だけが本番の接客に臨める。このAIトレーニングを受けた新人が、数年経験を積んだ社員と同等以上の成果を出すケースも出てきており、若い世代にとってアバターやゲーム感覚でのトレーニングは親和性が高い。


 営業は大学で教わる機会が少なく、企業が独自に育成しなければならない分野だ。そこにAIとアバターが入り込むことで、教育の効率化と品質向上が可能となる。人間が教えるべき部分をAIに任せ、限られた労働力をより創造的な仕事に振り向けることで、人口減少社会でも持続可能な働き方が実現できると私は考えている。 私にとってアバターは、技術だけでなく文化や社会構造に深く関わる未来のインフラだ。高齢者、障害者、子育て世代、地方在住者――あらゆる人々が活躍できる社会を作るために、アバターの力を最大限に生かしていきたい。これは単なる効率化の話ではなく、人と社会の新しいつながり方の提案であり、私はこの可能性を日本から世界へと広げていくつもりだ。


●大阪・関西万博のパビリオンは「未来を考える場」


 最後に、石黒教授は「ダイバーシティ(多様性)」「インクルージョン(包摂)」とアバターの関係について、大阪・関西万博の意義と、同万博で自らが手かげたパビリオンの目的と絡めて語った。


 もう1つ、大事なことがダイバーシティとインクルージョンだ。世界中でこの言葉が大事だと言われる理由は、未だに差別が存在するからだ。 肌の色、身体障害、外見など、差別の多くは肉体に起因している。しかしアバターを用いれば、それらは意味をなさない。アバターの姿形を通じて、誰もが平等に、能力に応じて社会参加し、働くことができると私は考えている。


 そうした未来社会を提案する場として私がプロデュースしているのが、大阪・関西万博のパビリオン「いのちの未来(FUTURE OF LIFE)」だ。万博会場の中心、大屋根リングの中央に位置する真っ黒な外観のこの建物は水に包まれており、命の象徴/起源としての水をデザインに取り入れている。中にはさまざまなロボットやアバターが配置され、未来の人とロボットの共生を体感できる設計にしている。 万博のプロデューサーを引き受ける際、私は「今の時代に本当に万博をやる意義があるのか?」と悩んだ。約50年前(1970年)の大阪万博では、新幹線や携帯電話、リニアモーターカーのような革新的な技術が人々に未来への希望を与えた。しかし現代は技術の進歩があまりにも早く、6カ月間の開催期間中にも新しいAIやロボット技術が次々に生まれる。そうした中で私がたどり着いた結論は、技術そのものを見せるのではなく「未来を考える場を提供すること」にこそ意義があるということだった。 今の私たちは、地球環境の維持や遺伝子編集、核エネルギーといった技術を手に入れ、もはや未来を神に託すのではなく、自らが責任を持って決断する時代に生きている。だからこそ、この万博を通して来場者に「50年後の未来を考えて、自分は何を作りたいのか?」「人間とは何か?」「地球をどうしたいのか?」といった根源的な問いに向き合ってもらいたいと願っている。


 私のパビリオンは3つのゾーンに分かれている。「ゾーン1」では、日本の人型文化の歴史、文楽やアンドロイドなどを紹介し、人と命の関係性を振り返る。ゾーン2は、50年後の未来を舞台に、おばあちゃんと孫娘のストーリーを通じて、未来の暮らしとテクノロジーがどう関わるかを描いている。人工授精や人工子宮、核融合などの技術が社会をどう変えるかを考えるきっかけになるだろう。そして「ゾーン3」では、1000年後、人類がどんな姿や存在として進化するのかを、芸術家たちと共に創造した幻想的な世界で表現している。 このパビリオンでは、人間は最初のヘッドセットの受け渡し以外には登場せず、全ての案内やガイドはアバターが行う。まさに、人とアバターの共生社会のモデルとして設計されている。また、現地に来られない人のために、「Fortnite」を活用したバーチャルパビリオンも用意しており、リアルとほぼ同じ体験ができる。公式サイトからアクセス可能だ。 この万博を通じて、私はアバターと人間が共に生きる未来の社会を日本から世界へ広げていきたいと考えている。これは単なる技術展示ではなく、未来を思考し、自分の人生や社会のあり方を再考するための“きっかけの場”だ。私たちの未来は誰かが与えてくれるものではなく、自分自身が考え、作り出すものだと信じている。


 特別講演の後、石黒教授は参加者からの質疑に応じていた。世界的に著名な石黒教授に質問する機会ということもあって、積極的なやり取りが見受けられた。


 アバターは未来の日本、そして世界をどのように変えていくのか――そのヒントが見える講演だった。大阪・関西万博に足を運ぶ人は、ぜひ「いのちの未来」も見に行ってみてほしい。



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