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スマートフォンの普及とともに、高校生の金銭感覚が大きく変わり始めている。MMD研究所が8月27日に実施した高校生と保護者を対象とした座談会では、親子間のお小遣いのやりとりがデジタル化する一方で、若者たちが現金に対して抱く複雑な感情が見えてきた。
PayPayや楽天ペイといったQRコード決済を日常的に使いこなし、財布を持たない生活を送る高校生。親への小遣い請求はLINEで済ませ、送金はワンタップで完了する。その一方で、友達との割り勘やアルバイト代の受け取りは「現金が良い」と答える。デジタルネイティブ世代でありながら、紙幣への愛着もある。
座談会に参加したのは、首都圏在住の高校1年生から3年生までの男女4人とその保護者たち。彼らの日常から、今どきの高校生のキャッシュレス事情が見えてきた。
●「PayPayで送って」とLINEする高校生たち
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「お小遣いちょうだい」――かつては親から手渡しでもらっていた高校生の姿が変わりつつある。MMD研究所の調査によると、QRコード決済を利用する高校生の34.7%が送金機能の利用経験があり、そのうち74.7%が家族間での送金だという。現金の手渡しから、スマートフォン画面のタップへ。親子間のお金のやりとりは、確実に変化している。
高校1年生の山田君(仮名、以下同)の日常風景はこうだ。部活の遠征前日、LINEで母親に「明日3000円必要」とメッセージを送り、続けてPayPayのリンクを送信。母親は仕事の合間にスマホを確認してワンタップで送金を完了させ、その数秒後に山田君のスマホに着金の通知が届く。
小林家の朝は忙しい。高校1年生の娘が学校へ向かう準備をしながら「今日友達とカラオケに行くからPayPayでお金を送って」とLINEを送る。母親は「現金希望だが、リンクならLINEから送れるし便利」と話す。
財布を持たない生活を送る田中家の息子は高校3年生だ。「リンクなら払ったかどうか分かる」というデジタルならではの「見える化」が、親の安心材料になっている。
高校3年生の佐藤君は、月額2500円の定額お小遣いに加え、送金額の10%(月上限500円)がポイントで上乗せされる、PayPayのお小遣い増量キャンペーンを見逃さない。
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こうした送金機能の利用は、親世代でも広がっている。MMD研究所の調査では、親の51.0%がQRコードでの送金経験を持ち、そのうち82.5%が家族間送金だ。小林さんは「履歴を見返せるのが便利。クレカは反映まで時間がかかり、振込もその場では確認できない」と送金履歴のリアルタイム性を評価する。子どもが何に使っているかは管理していないが、送金の記録が残ることが安心材料となっている。
田中さんの「銀行口座から送金するより手軽」という言葉も印象的だ。PayPayが2022年に追加した定期送金機能の利用は、2024年3月時点で前年同月比2.6倍に増加。毎月決まった日に自動送金する家庭も増えている。
座談会に参加した全家族が「家族間の送金で使っている」と述べた。修学旅行前に初めて送金したという家庭では、「現金が足りなくなった場合の安心材料」として機能したという。デジタル送金は単なる利便性の追求ではない。親としては使途を把握でき、子どもは必要な時にすぐにお金を手に入れられる。お小遣いのデジタル化は、親子それぞれにとって合理的な選択となっている。
●スマホだけで生きているのに、友達とは現金
高校生のキャッシュレス利用率は62.1%、QRコード決済は50.8%――MMD研究所の調査が示す数字は、親世代の91.0%、61.0%には及ばない。しかし、一部の高校生たちは親世代以上に徹底したキャッシュレス生活を送っている。
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田中君がその典型だ。「財布を持ち歩かない」と断言する彼の生活はスマホで完結する。通学の電車はモバイルSuica、自販機での購入はPayPay決済、放課後のジムもPayPayで支払っている。父親も「都内だとまず現金を持たないですね」と息子の生活スタイルに近く、店に入る時は「支払いは現金のみですか」と確認する習慣がついた。
学校もキャッシュレス化の波に乗る。小林さんが通う学校では、「高校の自販機も、PayPayを含むさまざまな決済が利用可能」という。授業中はロッカーにスマホを入れるが、休み時間は自由に使えるため、缶ジュースを買うのに小銭を探す必要はない。
しかし、友達との関係になると、その光景は一変する。
「友達はPayPayを使っていないので、割り勘は現金にしている」――田中君の言葉が、高校生のキャッシュレス事情の複雑さを物語る。小林さんも「そもそもPayPayは高校生になってから利用し始める人が多いため、使っている友達が少ない」と、学年による利用率の差を指摘する。
佐藤君は一歩進んだ戦略を取る。「名前が分かる人にはPayPayアプリ内で送金。アプリ上に登録された名前を見ても誰だか分からない人や、初めて送る人にはLINE上でPayPayのリンクを送る」など、デジタルネイティブ世代でも、送金相手の確認には慎重だ。
また、日常生活でも限界はある。小林さんは「現金でしか払えない店もある」と言い、「地方に旅行するときは、現金を多めに持っていく」という田中さんの言葉からも、キャッシュレス社会の実現には課題が残る。
この変化の中で見過ごされているのが金融教育だ。座談会で「スマホ決済の使い方の授業を受けたことがあるか」と問われた高校生たちは、全員が「ない」と答えた。家庭科の授業で断片的な話はあるものの、QRコード決済についての教育は行われていない。
高校生たちは、手探りでキャッシュレス社会を生きている。親世代よりもスマートに、しかし友達との間では慎重に。この二面性が、今の高校生のリアルなのである。
●「もらった感」があるのが良い――デジタル世代の現金信仰
「アルバイトの給料を現金ではなく、PayPayでもらうとしたら?」――座談会でのこの質問に、高校生たちの答えは意外なほど一致していた。
「もらった感があってうれしいので、現金の方が良いですね」
佐藤君は月2500円のお小遣いの受け取りも、友達との割り勘もPayPayを使う。それでも、バイト代は現金が良いという。田中君は「現金であれば、どこでも使える」という利便性も強調する。ポイント還元を提示されても、その意見は揺るがない。「10万円使っても、1%なら1000円にしかならない」と冷静に計算する。
一方、親世代の意識は違う。MMD研究所の調査では、親が最も意識している経済圏は「楽天経済圏」が36.8%でトップ、次いで「PayPay経済圏」「ドコモ経済圏」だ。最も活用している共通ポイントも「楽天ポイント」が34.5%で首位となっている。
座談会でも、親たちは「クーポンなど意識している」「還元率が高い方を選ぶ」と、ポイントへの執着を隠さない。
●デジタルと現金――2つの世界を生きる高校生
高校生のキャッシュレス利用率62.1%という数字は、確実にデジタル決済が浸透していることを示している。親子間の送金は日常化し、学校の自販機もキャッシュレス対応が進む。財布を持たない高校生も多い。
しかし、今回の座談会で明らかになったのは、高校生が「親との関係ではデジタル、友達との関係ではアナログ」という2つの世界を生きているという事実だ。便利さを享受しながらも、現金への信頼も依然として厚い。デジタルと現金の間で揺れる高校生たちの姿は、日本のキャッシュレス社会の現在地を映し出すと同時に、その未来への問いかけでもある。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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