現在放送されているNHK連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合・毎週月〜土あさ8時〜ほか)。ストーリー展開もさることながら、番組公式SNSが定期的に投稿するオフショットを楽しみにしている朝ドラファンは多い。
オフショットからはキャスト陣の仲の良さ、撮影現場の空気感の良さが伝わってくるが、実際のところどうなのか。『あんぱん』の制作統括・チーフプロデューサーを務める倉崎憲氏に、撮影現場の雰囲気など話を聞いた。
◆「最終的には“人”になる」北村匠海の言葉
まず倉崎氏は「前室(撮影前にキャストやスタッフが待機するスペース)も含め、現場のグルーヴ感はとても良く、それが画面にもにじみ出ていたと思います」という。その要因として柳井嵩役の北村匠海の立ち居振る舞いを挙げる。
「北村さんは撮影期間のこの1年間、スタジオ収録時に楽屋に戻っていないんです。昼も夜ごはんも前室で食べるなど、積極的にキャストやスタッフとコミュニケーションをとり、現場の空気感を作ってくれました。
北村さん自身、長期戦における朝ドラの作品づくりに関しては『最終的には“人”になる』と話していて、私もその通りだと思います。どんな話でもちゃんとできる人間関係の良さはダイレクトに作品の雰囲気に直結するのですが、北村さんもそのことをわかっていたからこそ、楽屋に戻らなかったのでしょう」
◆嵩の年代ごとに、所作に差をつけている
北村の話題が出たが、北村といえば各年代の嵩を演じ分ける、その演技力の高さがSNSなどで評価を集めている。10代から登場し、20代、30代と1人でさまざまな年齢を演じなければいけない。ただ、それぞれの年代の嵩に違和感を覚えさせない演技を自然に体現している。この北村の演じ分けるスキルについて、「逆算しているんですよ」という。
「クランクイン前から歩き方なども含めて『10代の時はこんな感じかな?』ということをいろいろ考えられていたんです。そして、クランクイン初日に嵩の歩き方や佇まいを見て、『本当にやなせさんは10代の時にこんな感じだったのでは?』と思わされました。最終的に嵩は70代になるのですが、やなせさんの所作や抑揚なども逆算して、年代ごとに差をつけていました」
カメラを向けられている時も、そうでない時も良い作品を創るために、いろいろな考えを巡らせていたのだろう。改めて北村匠海という役者のすごみを感じる。
◆子役・木村優来は、20年前の北村匠海
他にも、印象的な北村のエピソードとして、幼少期の嵩役を演じた木村優来とのやり取りを回想する。
「嵩の子役のオーディションには脚本担当の中園ミホさんも参加してくれたのですが、木村さんを見たときに『絶対この子だ』となりました。小学生ながらどこか哀愁があり、『哀しみも持ち合わせた子役はなかなかいない』と中園さんと話したことを覚えています。その後、顔合わせの時に木村さんの姿を見た北村さんが『20年前の俺みたいじゃん』と驚いていました」
第2週のラストで嵩役は木村から北村にバトンタッチされたが、急に大人になった嵩を不思議とすんなり受け入れられた。北村が「20年前の俺みたいじゃん」と言った通り、木村と北村に重なる部分があったことが大きかったのだろう。
木村だけではなく、のぶの子ども時代を演じた永瀬ゆずなも今田に流れるようなリレーを見せており、ベテラン俳優から子役まで一丸となっていたことが作品の高い評価につながっているのかもしれない。
◆いつも笑顔を絶やさなかった今田美桜
続けて、倉崎氏はのぶ役の今田についても振り返り、「いつも笑顔でいてくれて、現場の空気を明るくしてくれました」という。
北村同様に今田も現場の空気感を作るために尽力してくれたことに触れるが、「現場では疲れを一切見せなかったのですが、時期によっては相当しんどかったのではないでしょうか。“軍国主義に染まる朝ドラヒロイン”という、従来とは異なる朝ドラヒロインを演じることは、かなりのプレッシャーがあったと思います」と今田の心情を慮る。
「また、105回でのぶが『何者にもなれんかった』と悔やむシーンがあるのですが、クランクアップの際に今田さんは『何者にもなれんかった』というセリフを、自分自身にも問いかけられているような瞬間もあったと涙ながらに話していました」
のぶが抱える葛藤に共感する場面もあり、そんなのぶを1年間演じ切ることの苦悩は計り知れない。にもかかわらず、その苦悩を見せず、笑顔を作って現場を明るくしていたのだから、今田の役者としての覚悟もすさまじい。
◆撮影終了後、河合優実が見せた意外な行動
そして、撮影の思い出としてクランクアップの時の様子が印象深かったという。
「クランクアップの時は河合優実さん、原菜乃華さん、松嶋菜々子さん、高橋文哉さん、中沢元紀さんが駆けつけてくれました。みんなで語って挨拶し合った後、河合さんは帰ってはスタジオの方に戻ってきてを何回も繰り返していました。
河合さんのマネージャーさんから後々聞いたのですが、『本当に名残惜しくて寂しかった』『終わってほしくなかった』と口にしていたそうです。クランクアップが近づくにつれ、他のキャストの皆さんも『もうこのメンバーで集まれないのは寂しい』などと日々の収録を愛おしそうに話していて、スタッフやキャストが『あんぱん』という作品を愛してくれたんだなと感じました」
当然『あんぱん』を愛していた人の中には倉崎氏も含まれる。「撮影時のエピソードなどを思い出して、今朝も電車の中で泣いてしまいました」と笑顔を見せた。
制作陣の仲の良さが熱量を持たせ、その結果多くの人を惹きつける作品になったのだろう。撮影現場の和気あいあいとした様子を意識することで、より『あんぱん』の面白さを感じられるかもしれない。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki