「青春ブタ野郎」なぜ“ありえない設定”でヒット作に? 完結した原作シリーズを読み直す

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2025年09月17日 13:00  リアルサウンド

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「青春ブタ野郎」シリーズ『サンタクロースの夢を見ない』【左】、『バニーガール先輩の夢を見ない』【右上】、『ディアフレンドの夢を見ない』【右下】(鴨志田一/電撃文庫)

 7月から放送が始まったTVアニメ『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』がクライマックスに突入。鴨志田一の原作ライトノベル「青春ブタ野郎」シリーズ(電撃文庫)の同名小説に描かれるエピソードで、霧島透子と名乗ってサンタクロース姿で歩き回る謎の女性の正体と目的に注目が集まる。原作が完結して今はアニメ化が進められている「青春ブタ野郎」シリーズが広く支持され続けているのはなぜなのか?


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 「実は、私が霧島透子なんです」。9月13日に放送されたTVアニメ『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』の第11話「夢見る世界」で繰り出されたこの言葉に、アニメを観ていた人たちがザワついた。SNSのトレンドにも「霧島透子」の名前が入って、どういうことだといった反応が並んだ。


 霧島透子とは、鴨志田一のライトノベル「青春ブタ野郎」シリーズに登場するキャラクターで、若者の間で人気のネットシンガーだが、正体は明らかにされていなかった。その霧島透子を名乗る女性が、TVアニメの『サンタクロースの夢を見ない』に登場して、梓川咲太という「青春ブタ野郎」シリーズの主人公が通う大学を、なぜかサンタクロースの格好をして歩き回っていた。


 おまけにその姿は咲太にしか見えなかった。そう聞いて多い出すのは、「青春ブタ野郎シリーズ」のヒロインの桜島麻衣が、TVアニメ第1期『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』で置かれていたシチュエーションだ。麻衣は、子供の頃から大活躍していた女優だったが、2年前に活動を休止して、今は咲太が通っている高校に1年先輩として在籍していた。その麻衣が、咲太の立ち寄った図書館でなぜかバニーガール姿で歩き回っていた。


 おまけに、咲太以外の誰にもその姿は見えていないようで、不思議がって凝視する咲太に、麻衣は「驚いた」と言葉をかけた。「君にはまだ私が見えてるんだ」。そんな出会いを始まりにして、『バニーガール先輩の夢を見ない』では、麻衣の姿が誰にも見えなくなっていたのは”思春期症候群"と呼ばれる都市伝説的な現象が原因で、それがどうして姿が見えなくなる現象に至ったのかを解き明かしていくストーリーが繰り広げられる。


 この”思春期症候群"というものは、思春期にある人たちの心の揺れが現実を変えてしまうほどの力を持つものらしい。麻衣の場合は、学校の生徒たちが麻衣に対する関心を失っていったことが、彼女の姿を誰からも見えなくした。続く原作の『青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない』では、咲太の後輩の古賀朋絵がある理由から引き起こしていた、同じ日が繰り返される現象が描かれた。その次の『青春ブタ野郎はロジカルウィッチの夢を見ない』では、咲太の同級生の双葉理央が抱いたある心情から、理央が2人になってしまう現象が登場した。


 人の強い思いが現実を変えてしまうというSF的な設定の上で、起こりえない現象を通して悩める若者たちの心情を形にして見せては、それを解きほぐしていくストーリーを通し、同じような悩みを抱える若者たちの共感を誘う青春小説。「青春ブタ野郎」シリーズをジャンルで括るなら、そういった言い方が出来そうだ。TVアニメの第1期に続いて制作された劇場アニメ『青春ブタ野郎はゆめみる少女は夢を見ない』は、SFとしての色が濃さを増して、”思春期症候群"が現実を変えてしまう事態まで起こってしまう。


 原作では『ゆめみる少女の夢を見ない』と『青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない』で描かれるエピソード。咲太か麻衣のどちらかに悲劇が訪れる可能性があったものが、どちらも無事に済んだ結末にホッとしたファンも多かったが、この時の展開が霧島透子の存在であり、2024年8月刊行の『青春ブタ野郎はガールフレンドの夢を見ない』と最終巻となる10月刊行の『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』の中で重要な意味を持ってくる。


 TVアニメ第2期は、タイトルにあるように原作の『サンタクロースの夢を見ない』を描いて終わりそうで、『ガールフレンドの夢を見ない』や『ディアフレンドの夢を見ない』はアニメ化されるとしても先になりそうだが、今の人気ぶりからいずれ実現するだろう。その時に備え、アニメでストーリーを追っている人は改めて『ゆめみる少女の夢を見ない』の劇場アニメを見返しておくと良いだろう。


 劇場アニメ『ゆめみる少女の夢を見ない』からTVアニメ『サンタクロースの夢を見ない』までの間、「青春ブタ野郎」シリーズは『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』の2本の劇場アニメが登場。咲太の妹で、中学校で受けた虐めによって心が傷つき、「かえで」別の人格が浮かび上がっていた「花楓」がようやく外に出られるようになったり、咲太自身が誰からも認識されない事態が起こってその理由が解消されたりといったエピソードを通して、自立していく少年少女の姿が描かれる。


 いじめの問題や進路の問題、そして家庭の問題といったティーンの誰もが少なからず直面する問題が、何からの『思春期症候群』を引き起こす。それらを咲太は主人公として、自分も含めた当事者たちが抱いているもつれた感情を解きほぐすようにして事態を収束させていく。ある意味で読むカウンセリングとも言えそうなシリーズ。7月スタートの『サンタクロースの夢を見ない』でも同様に、自分のアイデンティティに迷っていたアイドルを導き、咲太が講師として教えている女子の恋情を導いていく。


 そして訪れたTVアニメ第11話で、麻衣が霧島透子かもしれないという衝撃の展開が発生した。学校内を歩き回っているサンタクロースが霧島透子ではなかったのか。混乱する事態の中で咲太はサンタクロース姿の女性がいったい何者で、どうして霧島透子を名乗るようになったのかに迫っていく。


 言えるのは、何者かになろうとして何者にもなれない自分に悩み苦しむ人間の普遍的な心情が、そこに描かれて自分と重ね合わせてみたくなるということだ。もしそうなってしまったとき、自分には咲太のよう、あるいは別の誰かのように救ってくれる人はいるのかも含め、生きてきた軌跡を見つめ直したくなるだろう。観終わってスッとした気持ちになれる人もいるはずだ。


 ただし、咲太にはさらなる試練が待っている。それが『ガールフレンドの夢を見ない』と『ディアフレンドの夢を見ない』のラスト2冊で繰り広げられる驚天動地の事態だ。ここで大勢が見た夢の中で、麻衣が霧島透子は自分だと言ったことが現実へと飛び出して大きな騒動を引き起こし、咲太を前以上の孤立へと追い込む。加えて、霧島透子の正体をめぐって、過去の咲太の振る舞いが浮かび上がってきて惑わせる。TVアニメ化されるのか映画化されるのか気になるところだ。


 いずれにしても、原作は既に完結している。読み通すことで、図書館を歩き回る野生のバニーガールという最大級のインパクトをぶつけられた始まりから、いじめだったり進路だったり恋愛だったり運命だったりといった様々な青春の悩みや苦しみに共感できる。そして、何ごとにも動じず逃げないで立ち向かっていく咲太という主人公の、軽妙でありながら芯の強いキャラクター性に惹かれ、そんな咲太だからこそ国民的な人気女優の麻衣から全面的に信頼されることを学べる。


 そして、自分もそうありたいと思うのだ。「青春ブタ野郎シリーズ」は普遍の人気理由は、そんなところにあるのかもしれない。


(文=タニグチリウイチ)



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