2025年ル・マン24時間レースの終盤、ピット作業直後に左フロントのナットが脱落し、緊急ピットインを強いられた8号車トヨタGR010ハイブリッド 8月28日、トヨタGAZOO RacingはWEC世界耐久選手権第7戦『富士6時間耐久レース』のスタート前に、チームのマネジメントが出席する記者会見を開いた。このなかで、中嶋一貴TGR-E(トヨタGAZOO Racing・ヨーロッパ)副会長兼WECチームディレクターが、2026年に向け“エボ・ジョーカー”を使用したGR010ハイブリッドへのアップデート・パッケージ導入をサプライズ発表した。
これまでのGR010の苦戦の要因や、空力および制御が中心となるアップデート導入の経緯、テスト開始時期などの詳細は別の記事に譲るが、この会見では他にもエンジニアリング体制の変更や、新型GT3車両の実戦投入時期など、トヨタのWECや耐久レースに関連する言及が数多くあった。ここではそれらについてまとめてお伝えしたい。
■聞き入れられていなかったメカニックの提言
この会見(ラウンドテーブル)には一貴副会長のほか、2025年4月よりTGR-E会長も兼任しているトヨタ自動車の中嶋裕樹副社長、パワートレーンカンパニーのプレジデントも兼任する上原隆史TGR-Eマネージメントディレクター、そして加地雅哉TGRグローバルモータースポーツディレクターという4名が出席。日本のメディアの質問に答えるという形式で約30分間行われた。
会見の冒頭では、一貴副会長より、今年のル・マン24時間レースの振り返りと、前述したアップデート投入決断の経緯が語られた。
これを受け、上原マネージングディレクターは「いま一貴が申し上げたように、技術的にもマネジメント的にも、だいぶ手を入れなければいけないと思っています」と発言し、WECに関する組織・人事的な変更点を説明した。
ひとつは、『テクニカルコーディネーター』という役職の新設だ。現在TGR WECチームではオレカ出身のデビッド・フローリーがテクニカルディレクターを務めているが、その直下に、山本雅哉氏がテクニカルコーディネーターとして就任する。
「彼は電動車の走行制御をやっていました。もうひとり、高橋という者も加わるのですが、彼らにお願いしているのは、技術的な課題をとにかくリストアップしてくれ、と。それを年内に解決することを目指します」と上原氏。
上原マネージングディレクターが言及したもうひとりの新加入者は高橋毅氏という人物で、現状ではICE開発部主査という肩書きのエンジンのスペシャリストだという。「量産車の経験を(WEC部門に)入れていく」という表現で、上原氏は以下のように具体的な狙いを説明した。
「たとえばトラクションコントロールでも、どのようにリミットに当てるのかという考え方が一定になっていなかったりとか、7号車と8号車の間によく分からない差があるとか、そのあたりを量産の経験と量産の技術でもって見てみて、掘れるところがないかどうか、彼らに探ってもらいます」
また、上原氏は「風通しの悪さみたいなところも直していきたい」として、具体的には今年のル・マンで8号車に起きたホイールナット脱落というトラブルについて触れた。
「あんなにシンプルな問題が起きてはいけないんですね。ですが、メカニックと話をすると、『タイトニング(締め付け)が非常にしにくいということについてずっと問題提起していたにも関わらず、なかなかな直してもらえない』ということも申していましたので、そういう風通しの悪さみたいなところも、一緒に直していきたいと思っています」
「ですから、山本には技術を掘ってくれ、それからコミュニケーションの悪いところも掘ってくれ、とお願いしていまして、彼らに掘り起こしてもらったものを我々はデビッドとシェアして、組織全体の風通しを良くしていきたいと思っています」
■水素プロトは「いつまでも遊んでいる場合じゃない。とっとと本気出せ」
このあと、加地ディレクターから将来の液体水素車両でのル・マン/WECレースに向けて、「今年の年末くらいから、開発テストを行っていく」という進捗の発表があった後、そこまで発言のなかった中嶋副社長兼TGR-E会長が「ちょっと茶々入れていいですか?」と切り込み、率直な語り口で現在のハードおよびソフトの面での課題を浮かび上がらせた。
「そもそも大きなハードウェアの変更もなしに、今年戦おうとしていること自体がダメだったと証明された。もう空力とタイヤ(の使い方)なんです。もう、徹底的にやらないといけない。敵はやってきた。だから先ほど一貴が言ったように、新しいものを入れていきます。これはもう、やるしかない」
「トヨタ自動車の抱えている縮図と同じ問題が、TGR-Eでもあるな、と。コミュニケーションの問題だとか、現場との距離感だとか。いま、他のレースではモリゾウさん(トヨタ自動車豊田章男会長)が中心になって、そこを一生懸命に変えようとしている。ちょっとずつ変わりつつあるという手応えは感じる一方で、やはり旧態依然とした体制・体質があるなというのは、“旧態依然の代表”として僕が見ているので(苦笑)、間違ってないと思います。それを変えるためには『旧』の人が入っても仕方がないので、新しい人を……正直、“エース”を投入します」
「そして水素。いつまでも遊んでいる場合じゃないぞ、と。とっと本気出せ、と。せっかくあそこまでクルマを展示しておいて(※2025年ル・マンで発表したGR LH2 Racing Concept)いつ走んねん、と。もっともっと、俺たちは後がないという危機感を醸成しないと。やっぱり言い方は悪いけど、甘さはちょっとあったかなというのは、素直に認めざるを得ない」
2026年にアップデートが投入されるGR010ハイブリッド、そして新型液体水素プロトタイプというふたつのプログラムを同時並行で進めていくことが、この先のTGRには求められる。その際のリソースについて記者から問われた中嶋副社長は「知恵の出し方が大事」であると強調。トヨタなりの効率性を重視したアプローチについて説明した。
「(現行のハイパーカーで)同じルールで戦っている競合が、なぜその性能を出せるのかというのを一生懸命調べてもらうと、それなりの理由もちょっとずつ分かってきました。これは人の数やお金の問題ではないな、という気づきがあったのが一点」
「水素に関しては、もともと水素エンジンはずっとやっていますし、社内には水素ファクトリーという専任部署も作っていて、そこに千数百名がいます。これはモータースポーツだけでなく、水素社会を実現するというのが我々の責務だと思っているからですが、そのなかのメンバーでしっかりやりくりができると思っています。そこは一生懸命に、もっともっと効率よくやっていくということだと思っています」
中嶋副社長は、苦戦が続くWEC・ハイパーカーで得られた技術の市販車転用について問われた際、「正直、そのステージではなくて、まず『勝てよ』と。勝たなきゃ何が展開できるか分からないじゃないか、というのが正直なところです」と勝利に向けた不退転の覚悟も口にしている。
「そこまで我々は追い込まれていますし、もっと勝ちにこだわるために、キレイごと言ってる場合じゃないな、と。ですからまずは勝って、それ(技術力)を証明する。その上で、『この技術がこういうところに使えるね』というデータは取っていますから、いつでも(量産車には)展開できると思います」
「先ほども言ったように、量産(の経験)がしっかりしたメンバーも入ることによって、どこを掘ればもっと勝てるのか、そういった新たな発見ができることを私としては期待していますし、勝ちという結果とともにそれは証明できることだと思っていますので、まずは来年に向けて、しっかり勝ちにこだわっていこう、というのが我々の正直なところです」
■GT3車両発表は「近い、近い、近い将来」?
なお、記者からは現在開発中の新型GT3車両の進捗を問う質問も上がったが、これについては一同、慎重な受け答えに終始した。「実戦デビューはいつ頃か」という問いに対し、「答えは言いませんが」と前置きした上で、中嶋副社長は次のように答えている。
「そのつもりで、グッドウッドに行ってみたりとかしているので、だいたい想像はつくと思うんですよね、『本気や』と。恥ずかしいものはあそこに持っていけないので、それなりのものはできつつあるな、と。なので、ものすごく、近い、近い、近い将来にね……何かこちらから、アナウンスするかもしれません」
[オートスポーツweb 2025年10月03日]