
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第143話
アルジェリアを離れ、次の出張先のイギリスへ。G2P-Japanの面々と一緒に、初訪問となるケンブリッジと、筆者にとって縁の深いグラスゴーに向かう。
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■初めてのケンブリッジ
アルジェの空港でのトラブル(142話)によって、ロンドン・ガトウィック空港には予定より2時間ほど遅れて到着。ロンドン市内のホテルに着いたのは、日付の変わった深夜だった。
思えばコロナ禍以降、初めての渡英である。翌朝、キングスクロス駅でギリシャ人ポスドクのSと合流し、そこから電車で1時間、ケンブリッジに向かう。ケンブリッジは初訪問である。
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ケンブリッジ駅に到着してまず驚いたこと。きっと中世の街並みが残る古都なのだろうと勝手にイメージしていたのだが、さにあらず。こじんまりとした近代的な駅舎と駅前の様相にちょっと拍子抜けする。
今回は、G2P-Japanのメンバーを募ってのイギリスツアー。27話で紹介した「外向きのチャレンジ」の一環である。
訪問先は、ケンブリッジとグラスゴー。前者はケンブリッジ大学、後者はグラスゴー大学のCVR(Centre for Virus Research、ウイルス研究センター。ちなみに私は、2024年の2月から、ここの客員教授を務めている)。
■サム登場
ケンブリッジのカウンターパート(訪問相手)はふたり。ひとりは、この連載コラムで常連のラヴィ(Ravindra Gupta、ケンブリッジ大学教授。15話、17話、56話、86話、などに登場)。
そしてもうひとりは、昨秋まではグラスゴー大学CVRに所属していたが、その後に異動・昇進し、現在ではケンブリッジ大学で教授を務めるサム・ウィルソン(Sam Wilson)。
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サムとは実は、兼ねてからの知人・友人でもある。2018年にCVRを訪問した際にも会ったし(87話)、同年秋に京都で開催された日本ウイルス学会に、招待演者として招聘したこともある。
さらに言えばサムは、グラスゴー大学の前には、アメリカ・ニューヨークに留学していて、私が勝手に「ラスボス」と呼んでいた教授(98話)の研究室で、ポスドク(博士研究員)としてエイズウイルスの研究をしていた。
写真からわかる通り、サムはとても個性的ないでたちをしている。そのためとても個体識別がしやすく、毎年通っていたコールドスプリングハーバーの研究集会(53話、61話、119話)でもよく顔を合わせていた。言うなればサムも、ラヴィやダニエル(19話、89話、98話)やアレックス(62話、89話)と同じように、コールドスプリングハーバーをルーツとした、私のエイズウイルス研究時代の友人のひとりと言える。
そしていろいろとつながるもので、今回のイギリスツアーに同行するギリシャ人ポスドクのSとサムにもある縁がある。Sは、グラスゴー大学で博士号を取得し、私の研究室にやってきたのだが、彼のグラスゴー大学時代の指導教官のひとりがサムなのである。つまり、サムとSは師弟の関係にある、ということになる。
そのような経緯もふまえて、G2P-Japanの「外向きのチャレンジ」(27話)の一貫として、ラヴィとサムにカウンターパートになってもらい、2日間のワークショップを企画してもらったのだった。
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日本から参加するのは、私のラボのふたり(私とS)に加えて、G2P-Japanのコアメンバーである北海道大学(当時。現・九州大学)のFが率いる研究チーム4名を含めた総勢6名を予定していた。
しかしここで大事件。ワークショップ初日の朝にロンドンに到着し、そこからケンブリッジに向かう予定だったチームFの4人であるが、中継地のフランクフルトの空港が閉鎖されてしまって着陸ができず、ドイツのケルンにある別の空港に着陸してしまう。
なんと、パリオリンピックに抗議するためと思われる環境活動家たちがフランクフルト国際空港に潜入し、滑走路を封鎖してしまったというではないか。
予期せぬ事故に巻き込まれてしまったチームFのメンバーたちは結局、ケルンから電車でフランクフルト国際空港に移動し、代替機に乗ろうとするも、今度はその便が遅延。結局4人はバラバラに分かれ、それぞれの代替機に乗ってロンドンに到着し、ヒースロー空港で再度合流した。
そして、ロンドン市内へと向かう地下鉄の遅延などの度重なるトラブルも乗り越えて、予定より20時間遅れてのケンブリッジ入りとなった。
このトラブルのせいで彼らは、初日の講演会には参加できなくなってしまった。上記の通り、私とポスドクのSは、ラヴィもサムもよく知る仲である。旧知のメンバーだけでの講演会となり、なんとも珍妙なイベントとなってしまった。
それでもこの講演会そのものは盛況で、100人近い人が集まった。そしてその中のひとりに、「私が京都大学にいたときに、私が在籍していた研究室に見学に来たことがある」という、当時同大学の1年生だった日本人女性がいた。
現在は、ケンブリッジ大学の博士課程に籍を置く留学生。私のことを覚えてくれていて、(良い)印象が残っていたので、この日の講演会にも参加してくれたというではないか。
不思議なつながりに感謝するとともに、たった一度会っただけの私のことをちゃんと覚えていてくれたことが素直に嬉しかった。
と、不思議なつながりと言えばもうひとつ。上述のように、ある意味において、私もラヴィもサムも、コールドスプリングハーバーをルーツにし、それぞれのキャリアを経て、エイズウイルスから新型コロナウイルスの世界に参入した研究者たちである。
そんな3人の研究者が、巡り巡ってケンブリッジ大学に集結したことにも、なんとも不思議な縁を覚えた。
※10月8日配信の中編に続く
文・写真/佐藤 佳