10月13日、大阪・関西万博が184日の会期を終えて閉幕した。
かく言う筆者も先日、会場に初めて足を運んでみたのだが、押し寄せた人々の数、そして強烈な「万博愛」に圧倒されて帰ってきた。
パビリオンの多くは「並んでも入れません」という案内だったので、せめて大屋根リングでも歩いてみようかと上ってみると、行き交う人々の肩がぶつかるほどの大混雑だった。
そんな中でも驚いたのは、ミャクミャクの人気ぶりである。至るところでぬいぐるみなどを身につけた人々を見かけ、公式グッズ売り場には長蛇の列ができていた。
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このような形で万博の熱狂を身をもって体験して、あらためて感じたのは、「あのバッシングは何だったのか」という思いだ。
まだ数カ月前のことなので覚えている方も多いだろうが、2025年初めごろまでは、万博はボロカスに叩かれていた。「費用がかかる」「参加を辞退する国もあるほど不人気だ」という話をメディアが盛んに報じたこともあって、世論もかなりシラけていた。
開幕直前の4月13日にNHKが行った世論調査では「関心がない」と答えた人はおよそ6割。毎日新聞の世論調査にいたっては、「行かない」「たぶん行かない」を合わせると、なんと87%にも達していた。
しかし、いざ始まってみたら「万博サイコー」と称賛の嵐で入場者数もじわじわ増え、この1カ月は1日20万人を超えた。あれほど叩いていたマスコミもやたらとチヤホヤしている。東京五輪のときにも見られた「手のひら返し」が、今回も繰り返されたのである。
●盛況の裏でウヤムヤにしてはいけないこと
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10月7日に博覧会協会が発表したところによると、230億〜280億円の黒字が見込まれているという。実際に万博会場に行ってみて、パビリオンのスタッフ、警備、案内、清掃の人など、無数の人々が成功を目指して頑張っている姿を目の当たりにした筆者としても、この結果は喜ばしいことだと思う。
ただ、それはそれ、これはこれとして、そういう「大団円ムード」の中でウヤムヤにしてはいけないことがある。それは、万博が最初に掲げていた「開催目的」を達成できたか否かの検証である。
「みんな楽しかったんだし、そんなに重箱の隅をつつくようなことをしなくても」と感じる人もいらっしゃるだろうが、「公金」が投入されている以上、ここをなあなあにしてはいけない。
先ほど「黒字」と公表されたのは、実は運営費に限った話だ。国と大阪府・市が公表している会場建設費やパビリオン整備費、さらに夢洲駅の開業や地下鉄輸送力強化にかかる費用などを合わせると、総額は3116億円に上るという。
「さっさと減税しろ」「したくても財源がないんだよ」という不毛なののしり合いが何十年も続くこの国で、3116億円もの公金を注ぎ込むために掲げられた「目的」がちゃんとその通り達成されたかチェックするのは当然ではないか。
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公式Webサイトには、「大阪・関西、そして日本の成長を持続させる起爆剤にします」という目的がデカデカと掲げられている。では、経済産業省 近畿経済産業局が発表している「近畿経済の動向」を確認し、大阪・関西経済が万博を起爆剤に成長しているか見ていこう。
●万博開催による経済効果は
万博開催前の2025年3月、近畿の経済動向についての総括判断は「一部に弱い動きが見られるものの、緩やかに持ち直している」だった。
2月に比べて生産は「弱含みで推移」している一方で、個人消費、設備投資、住宅投資、公共投資、貿易、雇用などは「横ばい」と評価されている。
では、万博フィーバーが徐々に高まりつつあった7月期の総括判断はどうか。結果は「一部に弱い動きが見られるものの、緩やかに持ち直している」と、3月期と変わらなかった。
住宅投資は「弱含みで推移」、公共投資も請負金額が前年同月を上回るなど細かな違いはあるが、その他は「横ばい」でほとんど変わらない。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「グラフで見る関西経済(2025年10月)」を見ても、「関西経済は、横ばい圏で推移している」ということで、「起爆剤」とやらの影響は見られない。
また、万博の「開催目的」には「『万博』には、人・モノを呼び寄せる求心力と発信力があります」と大きく掲げられているが、こちらも残念ながら見事にスベってしまった。
博覧会協によれば、会期中の一般来場者の12.4%に当たる350万人を訪日客と見込んでいたが、9月12日時点ではその半分の6.1%にとどまっているという。実際に万博会場を歩いてみると、各国パビリオンの関係者を除けば、外国人観光客の姿はたまに見かける程度だった。
公金3116億円を注ぎ込むために掲げた「目的」が「絵に描いた餅」だったという現実に衝撃を受けた方もいらっしゃるだろうが、こういうオチになることは、初めから分かりきっていた。
●「イベント型経済成長」は実態のない詐欺話
五輪や万博を開催したらアラ不思議、それが起爆剤になって日本経済がみるみる成長しました――という「イベント型経済成長」は、実態のない幻想であることは歴史が証明している。
分かりやすいのは、1970年の大阪万博だ。このときも開催前はネガティブな反対意見が多かったが、いざ始まると大盛況となり、来場者数は万博史上最多の6400万人に達し、経済波及効果は2兆円ともいわれた。
では、この大成功が「成長の起爆剤」となったかといえば、必ずしもそうではない。元マッキンゼーで、現在はビジネス・ブレークスルー代表取締役会長の大前研一氏はこう述べている。
「しかし万博をきっかけに関西経済が活性化したかといえば、そんなことはない。逆に日本経済が重工業への転換期を迎える中で、国内有数の集積を誇った大阪の繊維業は斜陽化し、商社や銀行をはじめ名だたる大企業が本社を東京に移す動きが相次ぐようになって、大阪の地盤沈下は急速に進行した」
このような話を聞いて納得しない方も多いはずだ。日本人は学校教育で「日本が戦後、奇跡の経済復興ができたのは、1964年の東京五輪と1970年の大阪万博によって、多くの人が明るい明日に希望を抱くことができたからです」というような精神論を叩き込まれてきたからだ。
こういう世界観をお持ちの方には大変酷な話だが、これは日本の経済成長と、2つのイベントを強引に結び付けた“神話”にすぎない。
この連載でも繰り返し述べてきたが、戦後日本経済が大きく成長したのは「人口」が大きく増えたからだ。
戦前から日本は、欧米諸国に警戒されるほどの「経済大国」だった。戦争で壊滅的な被害を受けたが、教育水準も高かったし、富国強兵策もあって労働者も勤勉で、高い技術も持っていた。そして何よりも人口もそれなりに多かった。
そういう「土壌」がしっかりできていたので戦後直後はすさまじく貧しかったが、生き残った人々が家庭を築き、人口が増えていくと、当然それにともなって経済も成長していく。GDPとは「生産性×人口」であり、同水準の先進国同士であれば、おおむね人口に比例する。日本は1967年に英国を抜いて世界第2位の経済大国となったが、これは人口で日本が英国を抜いたタイミングと重なる。
●経済成長に五輪も万博も関係ない
焼け野原の中で事業を立ち上げるので、ベンチャーは攻めるしかない。本田宗一郎のような起業家が次々と登場し、イノベーションを起こした。これはどこの途上国でも見られる普遍的な現象で、五輪も万博も関係ない。
中国のGDPは日本を軽く追い抜き、米国に迫る経済大国になっている。AIやロボット関連のベンチャー企業も増えている。これを「北京五輪」(2008年)や「上海万博」(2010年)が成長の起爆剤になったから……と解釈している人は中国にも世界にもほとんどいない。国民の生活が一定水準になれば、12億人というすさまじい人口によって経済が上向くだけの話だ。インドもそれと同じで、近く経済大国になるだろう。
このような話を聞くと、「ゴチャゴチャうるせえなあ! 万博や五輪が日本人に夢や希望を与えたのは事実なんだから、成長の起爆剤になっている可能性だってゼロじゃねえだろ」と不快になる人も多いだろうが、筆者がこのような形で万博・五輪の「神話」を否定するのには、ちゃんとした理由がある。
「万博をきっかけに関西が成長した」とか「五輪のおかげで日本は奇跡の経済成長を果たした」というご都合主義的な「起爆剤経済」の信仰が広まれば広まるほど、公金投入や政策などの「効果測定」がなおざりにされてしまうからだ。
分かりやすく言えば、「いやー、みんなすごく盛り上がってよかったね」というお祭りムード一色になったことで、ちゃんと目的達成できたのかという効果測定をしようとすると、「みんな楽しんでるんだから、水を差すなよ」とウヤムヤにされてしまうのだ。
もちろん、こんなデタラメは一般企業ではあり得ない。もし3000億円を突っ込んだ巨大プロジェクトが行われたなら、どの程度資金を回収できたのか、目標は達成できたのかとシビアに検証されるはずだ。しかし、万博や五輪は「夢」とか「未来」というキラキラワードのおかげもあって、そういう当たり前のことをすると、「野暮なヤツ」と煙たがれてしまう。
それは最近注目される「減税を成長の起爆剤に」という政策にも当てはまる。
コロナ禍でバラ撒かれた1人一律10万円給付の多くは貯蓄にまわった。国内の金融機関の預金が急増したのだ。ドイツでも経済を循環させようと「消費税の時限的引き下げ」をしたが、企業も個人もそこで得られたカネを貯蓄に回したことで、「効果はほとんどなし」という検証結果が出ている。
このような「効果測定」を見れば「減税を成長の起爆剤に」というのが眉唾なのは明らかだが、「起爆剤経済」の信者が多い日本では、そういうミもフタもないことを言ってはいけないムードがある。
●「東京2020」のときはどうだったか
「東京2020」のときも「日本再生の起爆剤」がうたわれたが、「感動をありがとう!」と大盛況で終了しただけで、こうした目標に対する評価はほとんどなされなかった。
今回も状況は同じだ。万博大成功の祝賀ムードの中で、「本当にあれが起爆剤になったの?」なんて水を差すようなことを言う人は、筆者を含めて数えるほどしかいない。
事後検証が行われないというのは、権力者や為政者にとってこれほどありがたい話はない。ということは、今後もまた「○○を起爆剤に日本復活!」みたいなことが、繰り返されるのだ。
万博の跡地には「MGM大阪」というカジノリゾートができる予定なので「カジノを日本の起爆剤に!」という機運が盛り上がるだろう。政局が不安定な中で「減税を日本成長の起爆剤に!」という政策も再び注目されそうだ。
どちらも専門家の分析では、たいした起爆剤にもならないという結果が出ているが、万博だって押し通したのだから、どちらもそれなりに盛り上がるはずだ。
しかし、日本低迷の根本原因は「人口減少」だ。税金を払う現役世代が激減して、高齢者の急増で社会保障費も爆増しているので、あれも起爆剤、これも起爆剤とやっても結局は「不発」に終わる。
万博は盛り上がったけど、何の起爆剤にもならなかった――。このシビアな現実を受け入れて、地に足の付いた経済政策を進めていく。実は、これこそが万博の最大の「効果」になるのではないか。
(窪田順生)
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