さらばEJ20。スーパーGT用エンジンを駆った男たちの言葉から振り返るスバルの名機「心が宿っているような、ただの機械ではない印象」

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2025年11月06日 19:20  AUTOSPORT web

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SUBARU BRZ R&D SPORT(井口卓人/山内英輝) 2025スーパーGT第8戦もてぎ
 11月1〜2日、栃木県のモビリティリゾートもてぎで行われたスーパーGT第8戦『MOTEGI GT 300km RACE GRAND FINAL』は、SUBARU BRZ R&D SPORTが長年使用してきたスバルの名エンジン、EJ20にとってのラストレースだった。井口卓人/山内英輝のふたりにより戦った最後のレースはポールポジションからスタートし、2位表彰台を獲得。有終の美を飾った。スーパーGTでは前身のJGTC全日本GT選手権から戦ってきたエンジンだが、スーパーGT時代にEJ20エンジンをドライブした経験をもつドライバーたちに、名エンジンの印象を振り返ってもらった。

 スバルEJ20エンジンは、水平対向4気筒エンジンで1988年に生産開始。1989年にスバル・レガシィのエンジンとして使用された。1992年に登場したインプレッサでもWRXの心臓部として採用され、WRC世界ラリー選手権をはじめさまざまなモータースポーツカテゴリーで使用されてきた。市販車では2019年に生産が終了したが、長年に渡って改良が進められ、市販車でもモータースポーツでもスバルの歴史に名を残す名機となっていた。

 スーパーGTの前身であるJGTC全日本GT選手権では、1997年からキャロッセがGC4型のインプレッサのインプレッサを投入したが、この車両にもEJ20ターボが使用され、その後もJGTC/スーパーGT活動でEJ20が使用されてきた。2009年第6戦鈴鹿からは、スバル/STIとR&D SPORTがタッグを組むかたちでレガシィB4を投入。その後活動はBRZに引き継がれるが、その心臓部を長年に渡り担い続けてきた。

 そんなEJ20エンジンだが、10月6〜7日にモビリティリゾートもてぎで行われたGTエントラント協会が主催する合同テストでは異なるサウンドをもつ『STI S001』と名付けられた車両が走行し、その直後となる10月14日、スバル/STIから今シーズン限りでの“引退”が発表されていた。11月1〜2日の第8戦もてぎでは、そんなラストレースで2位表彰台を獲得。その実力を最後まで示し、表舞台から去ることになった。

 これまでEJ20エンジン搭載のGT300マシンを操ってきたドライバーたちからは、愛情と感謝の思いが聞かれた。


井口卓人「EJ20に人生を変えてもらった」

2008年スーパーGTデビュー。2013年には第5戦鈴鹿でR&D SPORTからスポット参戦しいきなり優勝。2014年からフル参戦し、以降12年間ドライブ。2021年には初めてのチャンピオンをもたらした。

* * *

第8戦は気温などのコンディションの変化でレース前半と後半のイメージが違ったと思います。BRZがもっているシビアさのようなものが出てしまったレースだったと思いますが、後半あんな状況でも、2位を死守してくれた山ちゃん(山内英輝)の走りはすごかったです。

EJ20のラストレースで勝てなかったですけど、表彰台に立つことができたので、チームにとってもSTIにとっても、エンジニアの皆さんにとっても大きな一戦になったと思っています。次に繋がると言いますか、明るい未来に繋がるレースになったと思います。

EJ20エンジンは、水平対向で低重心というエンジンの特徴がBRZのコーナリングの速さに繋がっていたと思いますが、それを毎年毎年活かしてきたと思っています。苦労が多かったエンジンでしたけど、勝てるときの調子の良さは、心が宿っているような、ただの機械ではないような印象がありました。毎回対話をしながらというか、ご機嫌をとりながらというか、毎戦そんなレースをしていたと思いますね。

特に近年はトラブルも多かったですし、僕たちのセンサーも研ぎ澄まされてきました。音などで体感もできるようになっています。EJ20とともに成長できたキャリアでしたね。

悔しい、苦しい思い出ばかりですけど、BRZに乗って初めて優勝させてもらった夏の鈴鹿(2013年)もEJ20ですし、初めてのシリーズチャンピオン(2021年)もEJ20でした。僕はEJ20に人生を変えてもらったと思っています。なくなるのは名残惜しいですが、来季に向けてスバルさんも新エンジンを投入してくれますし、期待しかないです。

最後、一緒に表彰台に立ってくれて良かったな、という思いはすごくありますね。


山内英輝「すごく振り絞って、頑張って走ってくれているエンジン」

2008年スーパーGTデビュー。さまざまなチームを渡り歩き、2015年にR&D SPORTに加入。以降11年間に渡って井口、SUBARU BRZ R&D SPORTとともに戦ってきた。2021年には初めてのチャンピオンをもたらした。

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第8戦は勝てるような雰囲気がありましたし、勝ちたかった気持ちが強かっただけにレースが終わったときは悔しい気持ちも大きかったんですが、逆に言えばいろんな展開の運もあって2位を守り切れたところもありますし、EJ20エンジンが頑張ってくれて2位を守り切れたので、感謝の気持ちと『ありがとう』という気持ちが今はすごくありますね。

僕の場合、スーパーGTでは他のエンジンのクルマはあまり乗ったことがないので、比較できないところはあるのですが、音、振動含めて『すごく振り絞って、頑張って走ってくれている』という感じが伝わってくるエンジンだと思います。だからこそ魅力的だったと思いますね。

低重心でコーナーも速いという特性もありますし、心を打つようなエンジンでしたね。そこに魅力があったのではないでしょうか。


山野哲也「思い出はレガシィB4。『お疲れさま』と伝えたい」

1999年JGTCデビュー。2004〜06年は異なるチームでのGT300クラス3連覇という偉業を成し遂げた。2007年にCUSCO RACINGに加入し、2009年からはR&D SPORTへ。インプレッサ、レガシィB4、BRZを2013年までドライブした。

* * *

よくあれほどの長きに渡り現役で活躍してきたな、というエンジンですよね。WRC時代から使っているエンジンで、ワールドチャンピオンを獲ったものをスーパーGTに転用してきたものですが、かたやラリー用で、スーパーGTではレース用として使ってきたわけですよね。両カテゴリーで活躍できたエンジンだったということは驚きです。

僕はインプレッサ、レガシィB4、BRZと3車種でEJ20エンジンを使ってきたわけですが、いちばん思い出に残っているのはレガシィB4のFRモデル(2011年)ですね。クルマ全体のパッケージがメチャクチャ良かったんです。レガシィのディメンションからエンジン搭載位置などすべてのパッケージのバランスが良くて、重心バランスに優れていました。あれは良いクルマでしたね。たしか鈴鹿とオートポリスで勝ったんです。

おそらく、EJ20は型式で言ったらスーパーGTの中でいちばん古いエンジンですし、排気量も小さいですよね。まわりは排気量が大きいものばかりで、V6やV8、V10までいろんなエンジンがいるなかで、4気筒でロングストロークではないエンジンでよく耐えてきたな、と思います。

でも良い意味で、長きに渡って活躍するエンジンって、そんなにないと思うんですよ。それがあれだけ長く活躍できたということは、素性が良かったということ。もともとの設計がハイパワーに耐えられ、いろんなカテゴリーに通用するものだったと言えると思います。優秀なエンジンだったということだと思いますね。

人が定年退職するときは『お疲れさま』と言うけれど、EJ20というエンジンに対しても僕は『お疲れさま』と伝えたいですね。今後は新しいエンジンに引き継がれると思いますが、そこまでよく耐え忍んでくれたと思います。


佐々木孝太「思い出はいろいろありすぎる」

2000年JGTCデビュー。2008年にはCUSCO RACINGでインプレッサをドライブ。2010年〜14年とR&D SPORTでレガシィB4、BRZをドライブしてきた。現在もSUBARU ON-Tubeで現地レポーターを務める。

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僕はインプレッサの頃からEJ20エンジンに乗っているのですが、その頃から今まで現役で頑張ってきたエンジンというのは、シンプルにすごいな、と思います。思い出はいろいろありすぎるのですが(笑)、苦労した部分もありますし、いっぱいポールポジションも獲らせてもらいました。

スーパーGTはもちろんラリー、そして僕の場合はニュルブルクリンクも乗っていますが、そういう意味ではどんな状況でも戦えるエンジンというのは本当にすごいと思います。それに尽きますね。最後は優勝して終われたら良かったんですけどね。


密山祥吾「はじめの一歩のクルマに乗らせてもらったことは光栄」

2001年JGTCデビュー。R&D SPORTの初期の活動を支えたドライバー。2009年には初登場したAWDのレガシィB4のドライバーとして第6戦鈴鹿から3戦のみだがドライブした。

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僕がドライブしたのはレガシィB4の初年度の2009年だったんですが、あの時は本当にパワーがなかったんです。それは別に悪く言うわけではなくて、最初は本当に大変でした。でもその後あのエンジンとクルマをよくあそこまで育てたな、と思います。僕のときは四駆でしたしね(※2010年からWRC用エンジンをベースに変更/FR化を実施)。

でも、ここから長く開発していくんだろうな、というはじめの一歩のクルマに乗らせてもらったことはすごく光栄でした。いろいろ大変なシーズンではありましたが、今となっては良い思い出になっています。


奥本隼士「ピットロードを出ていくときの加速感は、一生忘れない」

2024年開幕前、“飛び込み”でR&D SPORTのリザーブドライバーの座を射止めた。今季もSUBARU BRZ R&D SPORTのリザーブを務めるかたわら2025年第3戦セパンでスーパーGTデビュー。グッドスマイル 初音ミク AMGで3位表彰台を獲得した。

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僕にとって初めてのスーパーGTマシンがBRZでした。だからまずはパワーに驚きましたし、ターボラグもあるし、アンチラグの音も車内にメチャクチャ聞こえますしね。すべてが強烈でした。でも乗らせてもらう回数が増えるにつれて、軽快な動きを実感することができましたね。今シーズンに入ってGT3カーも乗らせてもらっていますが、より軽快さを感じています。

なんというか、特別なエンジンだと思います。クルマ全体が“人が作り上げた”ものだと感じましたね。その分すごく難しいと思います。自分にとっては『こんな感じだよ』とGT300の世界をみせてくれたエンジンです。ピットロードを出ていくときの加速感は、一生忘れないと思います。

[オートスポーツweb 2025年11月06日]

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