横浜流星 300人出席の『べらぼう』打ち上げに「1時間出席」のワケ

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2025年11月11日 11:10  web女性自身

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黒のスーツに黒のタートルネックというシックな装いで颯爽と歩く男性が。関係者に挨拶をしながら、打ち上げ会場を後にしたのは横浜流星(29)だ。



’25年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』が10月30日にクランクアップ。これに際して、横浜がスタッフをねぎらうコメントを寄せていた。



《みなさま、本当に約一年半「おつかれ山」でした。約一年半、べらぼうに捧(ささ)げ、蔦屋重三郎として生ききれたことが自分にとっては財産になりましたし、一生に一度しかないこの機会をいただけたこと、そしてみなさまと出会い、作品を共につくれたことを心から感謝しています》



そして11月上旬、東京都内のホテルで『べらぼう』の打ち上げが開催された。



「会場には主演の流星さんをはじめとする300人近い人が集まっていました。横浜さんのほかに風間俊介さん(42)や、高橋克実さん(64)など主要キャストが参加。



渡辺謙さん(66)はいらっしゃっていませんでしたが、その理由は“阪神タイガースが日本シリーズで負けたからでは”と冗談半分で指摘されていました。実際に、負けた直後に渡辺さんと仕事をした人によると、かなり機嫌が悪かったらしく、あながち間違いではないのでは(笑)。熱心な虎党ですからね」(芸能関係者)



会は18時ちょうどにスタート。



乾杯の音頭を、制作統括のチーフプロデューサーが取り、その直後に主演の横浜が挨拶。この瞬間、会場がざわついたという。



「一般的に主演の挨拶は会の終盤に行われるため、驚きの声が上がっていました。



マイクを握った横浜さんは『実はこの後、出ないといけないので……』と申し訳なさそうに事情を説明。そして、『このべらぼうを1年半通して、役者として非常に勉強させてもらいました。大河ドラマで主演したことで、もっと精進しないといけないと思いました』と力強く語っていました」(前出・芸能関係者)



19時ごろに「横浜流星さんが帰られます」というアナウンスがあり、横浜は出席者全員の拍手で見送られたという。



「その後、吉原チームや日本橋チームなどに分かれて出演者らが15人くらいずつ登壇し、挨拶していました。ある若手俳優が“おばあちゃんが施設にいて、そこでこの『べらぼう』を見てくれているので、おばあちゃん孝行になりました”と明かすと、会場は大きな拍手に包まれていましたね。



それから、技術チームや時代考証チームなどスタッフの挨拶、最後にチーフ演出の挨拶があって会は予定どおり20時でお開きに。2次会の会場も押さえてありましたが、主演の横浜さんが帰ったこともあって、流れる人は少なかったように感じました。



大河ドラマの主演俳優が打ち上げの途中で退席するのはめずらしいですね。撮影のときの横浜さんは本当に気さくな方で、共演者やスタッフからも慕われていたため驚きました」(前出・芸能関係者)



横浜が打ち上げを1時間で退席したのには理由があるようだ。



「多くの俳優は、約1年半にわたる長期間の撮影を終えた後は、休暇を取ることが多いです。しかし横浜さんは大河がクランクアップした直後にもかかわらず、多忙を極めているそうです。



というのも、横浜さんが歌舞伎界の御曹司役で出演した6月公開の映画『国宝』が興行収入168億円を超える大ヒット。横浜さんは『国宝』の撮影に入る前に1年以上にわたって、歌舞伎舞踊や所作を身に付けるために、稽古を行い、その努力が実を結びました。



そのため彼のもとにはオファーが殺到しているそうです。会場を後にする際、横浜さんは全く酔っていませんでした。打ち上げの後にどうしても外せない仕事があったと聞いています。あまりに多忙ゆえ仕方なかったのでしょう」(前出・芸能関係者)



べらぼうに忙しくなった横浜だが、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。



’12年に俳優デビューした横浜は、’14年から’15年に放送された特撮テレビドラマ『烈車戦隊トッキュウジャー』(テレビ朝日系)でヒーロー役を好演したものの、壁にぶつかったという。



「『トッキュウジャー』終了後の約半年間は全く仕事がなく、思い悩んだそうです。オーディションを受けても、“戦隊モノの芝居が抜けていない”と言われてことごとく落ちていたとか。



そういった時期があったからこそ、大作が終わった後も、仕事を入れ続けているのでしょう。



もともとモデルとして’09年にデビューし、’11年には中学3年生のときには極真空手の世界大会で優勝したこともあります。



そんな横浜さんですが今では“芝居以外は何もいらない”と言い、役者としての高みを目指しています」(テレビ局関係者)



横浜はファッション誌『Oggi』(’25年8月号)のインタビューで、芝居の道を究めることについて、



《芝居を通して自分も人も、心が動く瞬間を生み出せたら、何にも代えられない“幸せ”です。集中すると周りが見えなくなってしまう自分は、この生き方しかできないのだと思います。ただ、入り込みすぎて、周囲とのコミュニケーションさえもできなくなることがあるのは、なんとかしていかないと》



と語っていた横浜。べらぼうな心意気で役者業の頂上を目指す。

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