
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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取り置きしていた商品を受け取るため、昼前から「IKEA 立川店」に出かけていった。
IKEAは北欧の家具屋インテリア雑貨を扱う巨大店で、たまに買いものに行く際は、気合を入れて車で行くことが多い。が、この日は受け取る商品も大きなものではないし、秋晴れのなかを散歩気分で、バスと電車を乗り継いで向かうことにした。
帰路。IKEAからJR立川駅までは徒歩10分ほどで、駅からまっすぐ、きれいに整備された「サンサンロード」という通りが続き、上をモノレールが通っている。商業施設や飲食店も多く、歩いているだけでなかなか楽しいエリアだ。
「サンサンロード」
ただし、この日はそんなに時間に余裕がなかった。せっかくだから昼食くらいは立川で食べて帰りたいが、通りに並ぶ飲食店はどこも小洒落ていて、コンセプトやメニューにもそれぞれこだわりがありそう。ささっと食欲を満たす感じではない。駅の近くに立ち食いそば屋でもあればちょうどいいんだけどな、などと考えはじめつつ、さらに歩みを進める。すると突然、他の店とはタイプの違う、あまりにも素っ気ない「食堂入口はこちら」という看板が目に入った。どうやら、「立川地方合同庁舎内食堂」という食堂らしく、関係者でなくても入れる店のようだ。ここだ!
「立川地方合同庁舎内食堂」
さっそく扉を開け、入り口近くのメニューを眺める。大学時代の学食を思い出す、飾りっけのない雰囲気がたまらなく良い。実物見本のある、それぞれ税込640円の日替わりメニューは、A「ハンバーグ ? ホワイトソース?」と、B「すき焼き風うどん」の2種類。どちらもうまそうだ。その横にさりげなく添えられている「リクエストがありましたらスタッフまで!」という言葉にも目尻が下がる。
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本日の日替わり
さらにレギュラーメニュー。大まかに「定食」「カレー」「めん類」「ご飯類/単品」のコーナーに分かれている。「とんかつ定食」が660円、「スタミナ丼」が630円、「しょう油ラーメン」が450円、「もりそば」が380円。「ミニチャーハン」が280円。どれもこちらが申し訳なくなるくらいに安いし、「お子様ランチ」(470円)なんてメニューが用意されている心遣いも素晴らしい。さすがは公共食堂。庶民の希望だ。
ただ僕は、こういうタイプの食堂へ来ると、かなりの確率で「カツカレー」を頼んでしまう傾向にある。もちろん、毎日ここへ通うというシチュエーションならば違うのだろうけど、初めてやってきて、次にいつ来るかもわからない食堂。ならば好物のカレーを味わってみたいし、そのバリエーションにカツカレーがあるならば、よくばってどうしてもそれを選んでしまう。もう40代も後半で、肉体的にはそこまでのカロリーを求めていないのに、もはやこれは一生逃れられない呪縛なのかもしれない。
自分の運命にあらがってもしかたない。「カレーライス」(480円)のふたつ下、「カツカレー」(630円)のボタンを押す。
食事の種類によって提供カウンターが分かれる、おなじみのセルフサービススタイル。本当にカツカレーを作ったの!? というくらいスピーディーに僕の1皿も提供され、そこへ福神漬けを自分でとってのせる。嬉しいのは、真っ赤な福神漬けの他に、千切りたくあんと高菜ものせほうだいなこと。大衆的カレーに福神漬けは個人的にマストであってほしいが、実はたくあんもかなり合うんだよな。高菜との相性は確認したことがないので、これも少しもらっておこう。
本日の日替わり
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カツカレーを受け取ると、想像していた倍くらいは、ずしりと重い。かなりのボリュームだ。お盆の上にはそのカレーと、丸いお麩がひとつ浮かんだ、もやしとわかめのみそ汁、水、銀色のスプーン。なんと無駄がなく、美しい光景だろうか。
「カツカレー」
カツも巨大で、その大部分がカレーに浸っていない。となればそこへソースをかける。かじる。もぐもぐもぐ。うんうん、いい。専門店のように脂身が甘くジューシーだったり、驚くほどに柔らかかったり、超肉厚だったりしすぎない、これぞ食堂のカレー。衣がざくっと厚めなのも実用性重視って感じで好ましい。すかさず白メシをほおばれば、プチとんかつ定食気分を味わえてお得だ。
なんという安心感
続いてカレー。これがまた、あまりにも由緒正しい日本のカレーすぎて涙が出そうになる。特徴的なのはかなり大ぶりのじゃがいもを初めとした具材がごろごろ入っていることで、このご時世にありがたいことだ。
具沢山!
肉と衣、カレーと米、そこに福神漬けやたくあんに高菜。それらを思うがままにがつがつとほおばっては飲み込んでゆく、動物的な喜び。これぞカツカレーの真骨頂だ。
そしてまた、この日新たに、これだけ長くカツカレー好きをやってきてやっと気がついたことがある。それは、カツカレーってもしかして、安ければ安いほどうまいんじゃないの? ということ。もちろん、先日この連載にも書いた、発祥の店と言われる「銀座スイス」で食べたカツカレーは、それは絶品だった。けれども、大衆食堂のちょっとチープなカツカレーだって、こだわりのカツとスパイスをふんだんに使った高級カツカレーにまったく引けをとらない。それが僕の愛するカツカレーという存在だ。
とはいえ、「安ければ安いほどうまい」はちょっと言いすぎだったかな。あくまで、安いものも高いものも同様に尊い。それがカツカレー。そう考えるとあらためて、なんて幸せな食べものなんだろうか。
たったの630円でここまで幸せになれる店。立川でのランチの選択肢に、立川地方合同庁舎内食堂、次回もありだな。限界まで満腹になったお腹をさすりつつ、大満足で店を出た。
取材・文・撮影/パリッコ
