写真 ある日、中学生たちが一斉に金髪になり、校則に対する抗議を始める……。『決戦は日曜日』(2022年)などの坂下雄一郎監督がユニークなプロットで、オリジナル脚本を書いた本作『金髪』が、11月21日(金)から全国で公開中だ。
主演は三代目 J SOUL BROTHERSの岩田剛典。『新解釈・三國志』(2020年)や『ウェディング・ハイ』(2022年)などのコメディ映画にも多く出演してきた。本作では金髪の中学生に翻弄される主人公の教師・市川役をコミカルなテンポ感で演じる。坂下監督の緻密な動線設計、月永雄太の端正なカメラワークが、岩田剛典の演技を際立たせる。
また本作は、11月5日に閉幕した第38回東京国際映画祭で観客賞を受賞したことでも話題を集めている。
今回は主演の岩田剛典さんにインタビューを行い、長台詞のテンポ感や細かな動作の作り方など、本作の随所できらめく瞬間を読み解く。LDHアーティストをこよなく愛する“イケメン研究家”加賀谷健が、作品間を自由に紐付けながら聞いた。
◆初の教師役で「撮影現場はお芝居に集中できる環境」
――『金髪』で岩田さんが演じる主人公・市川役が、初の教師役ということになると思いますが、実は名探偵の助手役で出演したテレビドラマ『シャーロック』(フジテレビ系、2019年)第7話ですでに……。
岩田剛典(以下、岩田):そうでしたね、コミカルな場面で少しだけ演じていました。
――そうなんです、寸劇的に一人芝居で演じていました。とはいえ、今回、本格的に教師役を演じてどうでしたか?
岩田:それでいうと、この映画は必ずしも学園物というわけでもないんですよね。尚且つ教師として指導しているシーンがあるかというとインサートで入っているぐらいです。だから教師が主人公ではあるけれど、本筋はそこではない作品だと思っています。
――中学生が一斉に金髪になって校則に抗議するという本作のオリジナル脚本は、香港アジア・フィルム・ファイナンシング・フォーラムIDP部門で企画大賞を受賞しました。企画開発自体は2021年に始まったそうですが、岩田さんが脚本を読んだのはいつ頃でしょうか?
岩田:一昨年の秋か冬だったかと思います。オファーをいただいた時、脚本が非常に緻密で練り上げられていると感じました。坂下雄一郎監督がオリジナルで書かれていることを知り、これはすぐにやりたいという気持ちでワクワクしました。
撮影は1年半前、昨年の春くらいです。何せ脚本が秀逸なので僕が役作りをしたというより、脚本に身を任せて市川役にすんなり入ることができました。坂下監督ともいい出会いになり、撮影現場はお芝居に集中できる環境でした。
――役の背景を掘り下げる履歴書などを作る必要もあまりなかったわけですね?
岩田:履歴書は、演じる役の時系列を整理してバックグラウンドから深掘りするためにやるものだと思いますが、この役に関しては何らかの過去の出来事が影響して現在の性格を形成しているだとか、そういう描写がないのでやりようがなかったですね。現場ではとにかくリズミカルであること。あの長台詞をいかに噛まずに演じられるかということに注力していました。
◆コメディのテンポ感で長台詞を「一息で何文字進めるか」
――7月期放送の主演ドラマ『DOCTOR PRICE』(日本テレビ系)での長台詞が話題でしたが、『金髪』の市川も相当な長台詞を操る役です。どちらの方が長台詞なのでしょうか(笑)?
岩田:それがですね、『DOCTOR PRICE』の方が段違いでした(笑)。準備期間があまりない中での連ドラ撮影ということもあり、台本が手元にきたらすぐに長台詞を覚えなければならず。
『金髪』は『DOCTOR PRICE』よりだいぶ前に撮影しているわけですが、その当時はこんなに台詞量が多い作品はこれ以上あるかと思っていたんですが、またすぐ出会いましたね(笑)。『金髪』も長台詞を頭に叩き込むだけでも大変な作業量で、台詞間のブレイクがないので口の筋肉が……。
――長台詞に関して坂下監督からは何か注文がありましたか?
岩田:監督からはなるべく台詞を「流暢に、澱みなく、句読点を読まないようにやってほしい」と演技指導がありました。台本を見ると、台詞がブロックのようにびっしり書いてあり、これは一息で何文字進めるかという勝負だなと思いました(笑)。
コメディ作品であり、会話劇でもあるので、台詞のテンポ感で観客を引きつけなければなりません。自堕落な社会人である教師・市川と正論を言ってくる中学生・板緑との世代間ギャップを浮き彫りにする構図を際立たせるため、口論になる場面では板緑役の白鳥玉季さんとの掛け合いをどんどんテンポアップしていきました。
――『新解釈・三國志』や『ウェディング・ハイ』など抱腹絶倒のコメディ出演が何作もありますが、コミカルな役柄を演じる上でのポイントを教えてください。
岩田:コメディの現場は楽しいですね。ポジティブな感情になっている時間が多い気がします。とはいえ、コミカルな役を演じるからといって、演じる側から笑わせそうと思うわけでもなく、とにかくテンポ感や緩急を心がけています。
各場面の落とし所には、坂下監督のコメディセンスが光り、僕は脚本に忠実に演じているだけです(笑)。それでも笑っていただけるということは、それは脚本自体が面白いということだと思います。
◆市川らしい“微動”の演技や「くしゃみ」のシーン
――市川役は長台詞に対するため息が印象的でもあります。余韻の作り方はどのように工夫するんでしょうか?
岩田:市川は大抵、世間とズレたことばかり言ってる人です。彼が喋り終わった後、何とも言えない空気が自然と流れます。自分の言葉の矛盾だったり違和感に自分だけが気づいてない。そういう社会人のおじさんの空気感を大切にしました。
――門脇麦さん演じる恋人の赤坂に愚痴る場面がありますが、ソファに座って彼女の反応を聞く市川の少し不貞腐れた表情が、まさに市川っぽいなと思いました。赤坂の話を聞きながら足を微動させるのもよかったです。
岩田:なんとも言えない空気感ですよね(笑)。相手の話をじっと聞いている芝居でもよかったわけですが、市川特有の感じを出したくて何だか動きたくなったんです。
――アドリブというわけでもなく自然と動くわけですね。
岩田:そうです。監督から「ここで足を動かして」という演出はありません。自分で自由に動かした足の演技です。あの場面は切り返しでカットを割っていますが、他の場面はあまりカットを割らない作品なので、歩き方から指先の動きまで、いつも以上に繊細な芝居ではありました。
――もう一つ、興味深いのが、赤坂とのディナー場面での大きなくしゃみです。素晴らしいくしゃみです。独特のくしゃみはどういうふうに練習したのか気になったのですが。
岩田:練習はしてないです(笑)。あのシーンぐらいですね、台詞で笑わせないのは。あれはもう僕のくしゃみだけで笑わせなきゃいけないシーンです。脚本のト書きには「くしゃみをする」くらいに書かれていたと思います。テストで一発くしゃみをすると、案外スタッフの方が笑っていたので、なるべく酷くやることだけを考えて「よし、これでいこう」と思い切ってやりました。
――くしゃみも含めて市川らしい奇妙な動きが多々あります。ランニング中に息切れする小走りも面白い動きですね。
岩田:市川は体力がないんです(笑)。ちなみにランニング後に公園で雨宿りをする場面がありますが、実は脚本上は晴れの設定で、場面も雨宿りではありませんでした。撮影当日に雨が降ってきて、それでも撮るぞと急遽ロケ地を公園内に変更した、偶然の場面です。編集で見ると、それが逆によかったと思いました。
◆豊かな読み解きができる岩田剛典出演作
――雨宿りのロングショットは特に素晴らしいなと思いました。奥行きのある画面手前に休憩所、後景に野球か何かのグラウンドがあり、画面奥との立体的なバランスによって画面手前にいる岩田さんの演技が物凄く際立つなと思いました。特に野球グラウンドはいつも岩田さんの演技を際立たせる場所というか……。
岩田:よく見てらっしゃいますね。僕がまったく覚えてない(笑)。
――例えば『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系、2023年)第1話で奈緒さん演じる主人公と花見会を抜け出す名場面では、途端にグラウンドが背景に広がり、画面奥までピントが合うわけです。『DOCTOR PRICE』第2話でも草野球仲間の医師と歩く印象的な引きのツーショットがグラウンドの側でした。『金髪』では雨の日の偶然が重なり、あの素晴らしいロングショットが生まれたわけですね(笑)。
岩田:ワハハハ。自分も気づかないマニアックなところを深掘りしていただいて……。『あなたがしてくれなくても』は夜の場面ですよね。ピンポイントで指摘されると、あぁ、そうだったかもしれません。流石にたまたまですよ(笑)。
――岩田さんの演技は作品間を超えて豊かな読解が可能だと思います。実際、坂下監督の演出も他作品との間で共鳴し合っていて、雨宿りの場面では即興的にフランス映画の巨匠エリック・ロメール作品を念頭に置いていたようなのですが。
岩田:市川と板緑が会話する映画館のシーンでは、顔にシアターの明かりが当たる描写など、クラシカルな映画から影響を受けてらっしゃる坂下監督の演出意図を感じ取りました。本当に映画がお好きな方なのだろうなと思います。その意味でも『金髪』は、監督の色が濃い作品だと思います。
――第38回東京国際映画祭のコンペティション部門出品作ということも、作品の色濃さを象徴しています。
岩田:主演映画が国際映画祭に参加するのは、僕にとって初めてのことです。正直、撮影中には思ってもみなかったので嬉しかったです。せっかくエンタメを生業にしているのなら、海外の方にも認知されたい。そう口々に言っていますが、国際映画祭という場も含めて、『金髪』がなるべく多くの方に知っていただける作品になってほしいと思います。
<取材・文/加賀谷健 撮影/鈴木大喜>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu