2025年10月28日に公開された、コンセプトAMG GTトラック・スポーツのオフィシャルフォト 師走も押し迫り、ヨーロッパにおけるほとんどモータースポーツ活動が終了した11月下旬、ドイツ・シュトゥットガルト近郊のアッハルターバッハにあるメルセデスAMGの本社において、モータースポーツ首脳陣との会談の機会が設けられた。そこで、同ブランドのモータースポーツ責任者を務めるクリストフ・サゲミュラー代表に、AMGにとって激動の1年となった2025年シーズンについて聞いた。
⎯⎯1999年を最後にル・マンから撤退し、クラスは違うとはいえ26年ぶりにスポーツカーレースの最高峰に復帰しましたが、今季を振り返っていかがでしたか?
クリストフ・サゲミュラー:どこから話せばいいのかわからないほどに苦く厳しいシーズンであり、本当に難しいスタートを切ったあともかなり波乱万丈なシーズンだった。一体どんな言葉で表現すればいいだろうか……それさえも困るほどいま思い起こしても苦しかった。だから、WEC/ル・マンへの再デビューイヤーは本当に失望したというのが正直な気持ちだ。
WEC/ル・マンにGT3クラスが新規に設けられると分かってすぐに、メルセデスはACOフランス西部自動車クラブとの交渉に乗り出したが、結果は散々で2024年の出場は叶わなかった。てっきり今年の参戦もできないものだと思っていたところ、昨年末に事態が急転しアイアン・リンクスと組んで参戦できることになった。アイアン・リンクスは経験豊かなプロフェッショナルチームで、彼らとは非常に緊密に連携し、彼らの経験値に助けられた部分も多くあり、パートナーチームとしてとても満足している。
今季のWEC/ル・マンでは、私たちはほとんどインビジビリティ(目に見えない)かのごとく、その存在を忘れられていたようだった。シーズン序盤は本当に不運に見舞われ続け、シーズン前半ははっきり言って散々な状態だった。しかし、そこから着実に進歩しているのが分かったのは良かった。マシンはレースを重ねるたびにより安定し、チームはマシンをよりうまく操れるようになり、同時に戦略も改善されていったと思う。
⎯⎯WEC最終戦のバーレーンではLMGT3クラスの2位を獲得し、ようやくポテンシャルを発揮できましたね。
サゲミュラー:個人的にとてもうれしく思ったと同時に、もちろんメーカーとしても非常に喜ばしいレースとなった。アイアン・リンクスにとっても、メルセデスAMGにスイッチして、やっと表彰台に立つことができたのも非常に重要なことだったと思う。
今シーズン中には何度かポディウムに立てそうなレースもあったが、最終戦にはやっとそれを成し遂げられた。素晴らしい瞬間だった。とても厳しく険しいシーズンではあったが、実戦を通して学びの機会を数多く得られたことも事実で、決して残念なことばかりではなかった。私たちにとってのWEC初シーズンが終わったばかりだが、もうすでに来シーズンが待ち遠しく思っていると同時に、2026年年に向けて良い感触を得ている。
⎯⎯恐らく1980年代や90年代のル・マンを経験した社員は殆ど在籍されておらず、あなたを含めて社内スタッフにとっても、一からすべてのことを学び、ACOやFIA国際自動車連盟との度重なる会議や調整など、その準備は想像を絶する大変だったことでしょう。
サゲミュラー:そのとおりだ。メルセデスがル・マンから撤退した26年前から数多くの事柄が変わっており、社内の昔の資料はなにも役に立たない。サーキットはもちろんのこと、レース全般、そのほかの多くのことで本当にてんてこまいだった。
とくにル・マンではレギュレーションに精通したスペシャリストも複数人必要となり、それらの人員確保など、バタバタ状態で開幕を迎えていた。昨年の今頃の時期はWEC/ル・マン参戦が突如決定したばかりで、カタールでの開幕戦は間に合わない可能があり、欠場も想定していたほどだった。しかし、私たちはこの挑戦を喜んで受け入れた。26年ぶりにル・マンへ戻れたことは何よりも特別なことだった。26年の時を経てシュテルン(星)が、紛れもなくふたたびル・マンの地で輝いた。結果だけを見るととても残念ではあったが、メルセデスAMGがあの地に立ったことは、何よりも特別な瞬間だった。
ル・マンでは『ザウバー・メルセデスC9』を展示するブースを設けたが、それらの手配関係もすべて準備に関する内容に含まれていた。シーズンが開幕する前、開始してからもWECを戦いながら、ル・マンの準備を早くから始めなければならず、毎日が焦りの日々だった。とくにル・マンの準備はF1に相当するまでとはいかないが、それに近いものがある。ニュルブルク24時間やスパ24時間レースとF1の中間にあたるくらいの労力が必要だったことは言うまでもない。
⎯⎯社内、社外ともに“シルバーアロー”のフィードバックはいかがでしたか?
サゲミュラー:ファンのみなさん、メディア、もちろん社内でも非常に好意的な反応だったと感じている。過去にはル・マンでいくつかの厳しい時代もあったが、それらも含めて今年のシルバーアローでのル・マンの再デビューをきっかけに、歴史や物語を紡ぎ続けるときが来たと感じていた。
だからこそ、ル・マンのスタートグリッドにLMGT3クラスではあるがシルバーアローが並ぶその瞬間を心待ちにし、良い結果を出せることを願っていた。確かに、それは叶わなかったし、数多くの課題に立ち向かう必要があったものの、シルバーアローでのル・マン再デビューは本当に非常に素晴らしく誇らしかった。ル・マンでは本当に老若男女、国籍や年齢を問わず、数多くのファンの方々にお声掛けを頂いてうれしい限りだった。
⎯⎯2025年は、ル・マン24時間とニュル24時間、さらにはスパ24時間が連続開催されるという、史上初のクレージーなカレンダーでした。
サゲミュラー:あれは本当に誰にとってもひどい出来事だった。二度とあんなことが起こらないように願っている。数多くのレース関係者やドライバーはこの過酷な3連戦を強いられた。本当に体力的にも精神的にも厳しいなか、なんとか耐え忍んだ状態だった。
チーム、ドライバー、ワークス、そしてファンの皆さんの誰にとっても良いことはない。24時間レースへ1戦出場するだけでも、とんでもない労力と体力的な負担となる。過去の事例から24時間レースの2戦連続は、なんとか分担しながらまだ対処できるが、3連戦はもう二度と起きてはいけないと誰もが実感したはずだ。
このようなシーズンのハイライトとしての存在が大きいレースは、年間を通して分散されるべきだと思う。スポーツという意味でもマーケティングやPRといった意味でも、これらの24時間レースが集中することは良くないと思う。少なくとも来年のカレンダーを見る限りは、良いコンディションでレースができそうなので、ひとまずほっとしている。
⎯⎯そのヨーロッパ三大24時間レースは、メルセデスAMGにとって厳しい結果になってしまいましたね。
サゲミュラー:残念ながら不運続きで今年の24時間レースは散々な結果となった。もちろん、初ル・マンでは完走を、ニュルとスパでは総合優勝を目指していたものの、その目標を達成することは叶わず、メルセデスAMGというブランドという観点からいうと、6月は非常に厳しい月となった。
レース後の社内で惨敗の原因調査や詳細な分析をし、問題点の話し合いなどを処理するのにかなりの時間と労力を要した。アイアン・リンクスとともにル・マンでの重要ポイントや優先すべき点、またコース上でマシンをより深く理解するための努力、来年に向けての改良改善点について数多くの事項について幾度となく話し合った。WEC/ル・マンに不慣れな私たちの責任も一部あったと思うので、それを真摯に受け止めて来年への改善点に活かすつもりだ。
■新型GT3は正式発表前に、ニュルブルクリンクでのテスト参戦を予定
⎯⎯スパ24時間には、日本からグッドスマイルレーシングが6年ぶりに復帰し、大勢のファンに囲まれて大人気でしたね。
サゲミュラー:待ちに待ったグッドスマイルレーシング(GSR)のカムバックだった。メルセデスAMGを挙げて、また大勢のファンが彼らを出迎えた。私個人としても本当にうれしい出来事だった。
レースではてっきり感動のゴールシーンをみんなで祝えるものだと思っていたのだが、フィニッシュの約4時間前にエンジンブロー……。本当にただただ悲しく、メルセデスAMGの幹部は茫然とモニターを見つめて固まっていた。何とかゴールをともにできないかとさまざまな可能性を迫りくる時間の中で模索してみたが、安全上の理由で諦めざるを得なかった。
誰もが気持ちの整理が付かないなか、彼らGSRが一番悲しかったはずなのに、私たちをとても気遣ってくれた。来年もふたたび彼らとスパで戦い、次こそは完走し上位へという目標を達成したいと強く願うとともに、彼らならそれを叶えられる日が来るはずだと信じている。
ちなみに、実は私はスパのレースウイークで見かけたGSRオリジナルのパーカーがとてもクールだったため、私費で購入してプライベートで着用しているんだ。
⎯⎯ところで、少し前にカモフラージュされた新しいGT3カーのような車両を公開されていましたが、その進捗状況を教えて頂けますでしょうか?
サゲミュラー:あれは“コンセプトAMG GTトラック・スポーツ”と称するコンセプトカーで、その一部の機能はGT3カーに搭載される予定だ。現在はテストを重ねている途中だが、今のところは順調に進んでおりコンセプトカーとはいえ、近い将来に新GT3になる車両が実際に走っている姿を見るのは本当にうれしい。
⎯⎯新型GT3がレースに登場するのはいつ頃になるのでしょうか?
サゲミュラー:現時点ではいつ出られるかはまだ分からないが、なるべく早くNLSニュルブルクリンク耐久シリーズに参戦できるように持っていくのが目標であり、準備が整い次第必ずSP-Xクラスで走らせるつもりだ。世界中のサーキットの難しい要素がほぼすべて詰まっているといえるノルドシュライフェ(ニュルブルクリンク北コース)で、正式デビュー前にできるだけ実戦経験を積むことは、メルセデスAMGにとって非常に重要な事項でもあることは間違いない。ベース車両となる量販車の開発の進捗具合と合わせているために、現時点でいつNLSへテスト参戦するかは明言できないが、その時が来れば必ず告知をするので楽しみに待っていてほしい。
恐らく同じような時期にトヨタ/レクサスの新型GT3カーもデビューをするというウワサを耳にしている。その前評判は高いだけに、お互い良いマシンを作り、世界中のサーキットで良きライバルとして戦える日を待ち望んでいる。
⎯⎯F1では今年、新星アンドレア・キミ・アントネッリがセンセーショナルなデビューを果たし、F1界に新しい風を吹き込みましたね。前半戦ではルーキーとは思えない順調な滑り出しをしましたが、中盤戦はミスやリタイアが続きました。ブラジルやラスベガスでは、非常に難関コースでありながら最大限のポテンシャルを発揮するなど、大きな飛躍を見せました。彼が中盤に低迷していた理由は何だったのでしょうか?
サゲミュラー:デビューイヤーを全体的に見て、キミ(・アントネッリ)は非常によく頑張っていると評価している。あの年齢でメルセデスをドライブするプレッシャーは、並大抵のことではないと思う。通常のF1ルートであれば、彼らのような若手は、まずはカスタマーチームのマシンを数シーズンドライブさせ、様子を見ながらワークスカーへ昇進させる。それに対し彼は、F1界でもっとも成功したドライバーのひとりであるルイス・ハミルトン(現フェラーリ)の後継者として私たちメルセデスへ招聘され、F1界の常識的段階をスキップしてデビューしている。そのようなドライバーは多くはいないのは誰もが知るところだ。
キミの心の内は推測でしかないが、若く経験が少ないながら外部からはもちろんのこと、自分自身の中でもとんでもないプレッシャーの中で戦っており、彼のすべてのリミットまで毎戦出し切っていることだろう。シーズン序盤では18歳の彼には失うものは何もなく、彼にとっては何もかもが新鮮で新しい世界に飛び込んで全力を出し切るのみで、その結果として良いシーズンスタートを送れていた。
しかし、レースを重ねて学んで行く内に、急にプレッシャーを感じはじめたのかもしれない。『もっと集中しなければならない。そのためにはどうすれば良いのだろうか』というように迷いが生じた可能性もある。だが、彼は苦戦が続いたなかで自分自身をうまくコントロールし、対処する方法を見付けたのかもしれない。彼の良いところは、私たちが驚くほどの高い集中力を持ち合わせていることで、それによりレースを重ねる度に非常に順調に成長していると感じている。ありとあらゆるうわさや外野からの心ないプレッシャーなど、周りのことを気にしなくなっている、気に留めないようにできるようになっているのではないかと思う。今後さらにどのようにキミが発展していくのか、私たちはとても楽しみにしている」
⎯⎯アントネッリがフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン選手権でAMGのバナーをバイザーに着けて参戦していたのを覚えていますが、いつ頃から彼に注目していたのですか?
サゲミュラー:私たちの組織にはジュニアプログラムのセクションがあり、カートレースに参戦する8〜9歳の年齢の子供たちを熱心に観察し、かなり早い段階から将来に輝く可能性のある“原石”の発掘をすべく、数多くいるカートキッズたちに常に目を光らせている。キミももちろんかなりの幼少時代から注目していた選手だった。正式にメルセデスのジュニアに加入してからは6〜7年が経っているが、ジョージ・ラッセル(メルセデス)やルイス・ハミルトンも同様に育成ドライバーとして幼少期からF1デビューまでをプログラムの一環で見守っていた。
現在メルセデスでは、非常に速く素晴らしい才能の持ち主であるルナ・フルクサという15歳のスペイン人女性カートドライバーにとても注目をしている。
⎯⎯つい先日、サイバーセキュリティ企業『クラウドストライク』のジョージ・カーツCEOが、メルセデスF1チーム代表であるトト・ウォルフ氏が所有するチームの株式の一部を購入したことが発表され、それと同時にカーツ氏がテクノロジーアドバイザーに就任が決定しましたが、それによる社内組織の変化はあるのでしょうか?
サゲミュラー:カーツ氏はメルセデスAMG社からではなく、トト(・ウォルフ)の所有分の一部を購入したに過ぎず、チーム組織的を組み直すということはない。カーツ氏はとくにサイバーセキュリティやAI(人工知能)、未来のテクノロジーへのスペシャリストであることから、彼の専門分野を活かしたアドバイザーとしての活躍に期待している。
我々としては、カーツ氏自身が非常にサクセスフルなジェントルマンドライバーで、IMSAウェザーテック・スポーツカー選手権をはじめ、ル・マンやスパ24時間レースなど、世界中のさまざまなスポーツカーレースで活躍しているだけに、モータースポーツに強い情熱を注ぎ、理解をしている彼のような方がパートナーとなってくれたことを心から喜んでいる。クラウドストライクは氏の大好きなレースのひとつでもあるスパ24時間レースの冠スポンサーにもなっており、いまのモータースポーツ界には欠かせない素晴らしい人物であることは間違いない。
[オートスポーツweb 2025年11月28日]