写真 誰かに想いを伝えたり説得したりするときは、相手に気持ちが伝わるよう言葉を選んで話す人も多いのではないでしょうか。ただ、気持ちがこもっていなければ、文学的な言葉やロマンチックなセリフも相手の心には響かないかもしれません。
◆バイトで出会った男性と距離が近づく
夫婦2人が営むアットホームなカフェで、土日だけWワークをしていた佐藤晴香さん(仮名・20代後半)は、常連さんと挨拶しているうちに仲良くなるタイプ。常連さんたちも老若男女を問わずやさしく親切に接してくれたため、のびのびと働いていました。
「とくに親しくなったのが健吾(仮名・30代)で、私がアルバイトをはじめてから店にやってくるようになったお客さんです。健吾はカフェに来ていつも読書をしていたので、挨拶を交わすうち、本の話で盛り上がるようになりました」
晴香さんはライトノベルやマンガ好き。健吾さんは純文学やミステリー、エッセイまでと幅は広いがライトノベルやマンガは読まない派でした。好みのジャンルはまったく異なっていましたが、それが逆にお互いを刺激。
「お互いが好きなジャンルを尊重したり興味を持ったりしたこともあって情報を交換するのが楽しみになっていきました。本の話題から日常会話でも盛り上がるようになって、カフェ店の勤務中だけでなくプライベートでも会うようになっていったんです」
◆「月が綺麗ですね」文学的な恋の始まり
そして帰りが遅くなったある日、空を見上げ「月がきれいですね」と晴香さんにささやく健吾さん。そのときは意味がわからず「はい」と答えてしまった晴香さんでしたが、気になって帰宅後すぐにネットで検索。
「それまで知らなかったんですが、健吾が言った『月がきれいですね』は、作家の夏目漱石が英語の“I love you”を訳した言葉だったんですね。自宅に帰ってから告白だったのだと気づいて慌てて、『月の光を目印に会いに来てください』とメッセージで返事をしました」
晴香さんからのメッセージを受けとった健吾さんは「ステキな返しをありがとう」と大喜び。2人は付き合うことになります。本に描かれるようなロマンチックなデートを好む健吾に照れ臭さを感じながらも晴香さんは幸せな日々を送っていました。
◆ふと気づいた変化、まさかの事実に唖然
「私たちはすぐ、いっしょに住むことになりました。アルバイトをしながら作家を目指す健吾を支えることにしたんです。すると健吾は『せめてものお礼』と言って、夜寝る前に自分が読んだ小説の中からとくに面白い話を厳選。要約して聞かせてくれるようになりました」
ところがあるときからガラリとテイストが変わり、浮気や不倫をベースとした話が増加。生々しい表現や男性が贖罪(しょくざい)をするようなシーンが増えていき、不信感が募っていきます。そんなとき健吾さんが、スマホを握りしめたままソファで眠りこけているのを発見。
「落としたら大変なので、握っている手からスマホを取ってテーブルへ移そうとしたら……メッセージが見えてしまったんです。そこには『またすぐに会いたくなるのはキミの魅力のせい』『愛しています』など鳥肌が立つような愛のメッセージがありました」
◆こんな時まで……自分に酔った“文学的な発言”に幻滅
浮気の証拠を発見してショックを受けた晴香さん。その後、健吾さんを尾行して、浮気の証拠現場もしっかりと押さえてから問い詰めます。すると毎晩聞かせてくれていた小説の要約はやはり、自分が現在進行形でやっていた浮気の赤裸々な報告や懺悔、そして贖罪だったと自白。
「しかも別れる別れないという話し合いのときにまで、『あやまちは夏のせい』なんて苦しい言い訳をしてきたんです。
でも話していうちに、今年の夏だけじゃなく、私と付き合って2年めに入ったぐらいから1年間ずっと浮気三昧だったことが判明し、呆れるとともに幻滅しました」
文学的な言葉を多用して罪から逃れようとする態度が許せなくなった晴香さんは、健吾さんとの別れを決断。いまはなんの罪のない文学的な本やロマンチックな言葉にさえ、嫌悪感を抱くようになってしまったそう。「健吾のことはしばらく許せそうにない」と話してくれました。
―シリーズ「男と女の『ゆるせない話』」―
<文/山内良子>
【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意。