画像提供:マイナビニュースキリンビールの会員制 生ビールサービス「Home Tap (ホームタップ)」に期間限定品として登場した木内酒造の「常陸野ネストビール ブルワーズクラフト へレス」。マスターブリュワーの田山智広氏に、ヘレス誕生のストーリーと、特別な一杯に込めた思いを伺った。
○キリンビールのホームタップに特別な一本が登場
専用設計のビールサーバーとペットボトルによって、工場つくりたての生ビールを自宅で味わえるキリンビールの会員制 生ビールサービス「Home Tap (ホームタップ)」。
月に2回、お好みのビールを4リットルもしくは8リットル届けてもらうことができ、定番の「一番搾り」から、クラフトビール「スプリングバレー」、さらにブルワリーを超えたコラボにより「よなよなエール」「常陸野ネストビール」「ブルックリンラガー」なども味わえる、ビール好きにはたまらないサービスだ。
そんな「Home Tap」に、6〜8月限定の特別な一本が登場した。「常陸野ネストビール ブルワーズクラフト へレス」(以下、ヘレス)だ。これはキリンビールのビール醸造における最高責任者“マスターブリュワー”として活躍する田山智広氏が、「常陸野ネストビール」で知られる木内酒造とともに、長年の自身の経験とこだわりを凝縮させたビールとなる。
ヘレスを醸造した背景には、ビールづくりが繋いだ縁と偶然が重なった出会いがあったという。ビールを片手に、田山氏にお話を伺った。
○娘の結婚式を祝う特別なビールをつくりたい
「常陸野ネストビール ブルワーズクラフト へレス」は、もともとホームタップ用に作られたビールではない。つくり始めたきっかけは、田山氏の愛娘の結婚が決まったこと。2024年3月に入籍、9月14日に結婚式が迫る中、田山氏はあるアイデアを思い立った。
「せっかく親父がビールのプロフェッショナルなのだから、結婚記念ビールを一緒につくれば思い出になるだろうと思ったんですよ」(田山氏)
だがキリンビールの工場で少量生産のクラフトビールをつくるのは難しい。そこで思い浮かんだのが、木内酒造の「手造りビール工房」だ。手造りビール工房はその名の通り、オリジナルビールの醸造を体験できるサービス。工場で麦汁を作るまでを体験し、発酵以降の工程は木内酒造が管理してくれる。
偶然にも、娘さんの夫となる人の出身地は木内酒造のある茨城県。茨城の名産品を使って茨城ならではのビールをつくりたい……そう考えた田山氏は、旧知の仲である木内酒造の社長、木内敏之氏に「娘の結婚記念ビールに茨城県産の
麦芽を使用したい」と申し出ることにした。
不思議な縁は続くもので、結婚式が行われる9月14日は木内氏の誕生日と同日であることが判明。「小さな工房じゃ田山さんの満足するビールは作れないよ、うちの設備を使いなよ」と話はとんとん拍子に盛り上がっていった。
「そう言われたらもうその気になってしまって、ここ数年、毎年ドイツに飲みに行ってるアウグスティーナ(Augustiner)のようなヘレスビールがつくりたいと話したんです」(田山氏)
思いつきからスタートした結婚記念ビールづくりは、偶然に偶然が重なり、本格的なビールづくりへと繋がっていくことになる。
○木内酒造とともにチャレンジしたヘレスの再現
「ヘレスってね、特別なクラフトビールなんかではないんです。ミュンヘンの普通のラガービール。スーパーなんかに山積みされていて、たぶん現地では一番飲まれているビールですね」(田山氏)
「ヘレス(Helles)」はドイツ語で“薄い”という意味。淡い色合いで苦みもそれほどなく、アルコールも強くない。だがホップがそれなりに効いていて、非常にドリンカブルな特徴があるそうだ。
「木内さんもこのビールが好きなんですが、加えて『うちの娘が初めておいしいと言ったビールだ!!』と仰っていて、もう盛り上がっちゃって。ならつくろう、つくろうとなったわけです」(田山氏)
ただし、木内酒造で使っている茨城県産の麦芽は、肝心のヘレスをつくるのには向いていないという。
「麦感が強すぎて、理想のヘレスはつくれないんですよ。ヘレスは麦々させてはダメなんです。だから木内さんに『難しいですよね』と話をしていたら、『なら麦芽からつくったらいいよ』と提案されたんですよ」(田山氏)
日本酒から始まり梅酒、ビール、ジンなどさまざまな酒類を製造している木内酒造だが、近年はモルトウイスキーづくりにも力を入れており、巨大な製麦設備を保有している。このような製麦装置は、クラフトビールの醸造所はおろか、著名なウイスキー蒸留所でもなかなか持つことはできない。田山氏はこの製麦設備で麦芽づくりを行えることになった。
「本当に渡りに船だなと思いました。ただ、僕自身あらゆるビールがつくれるという自負はありますが、実務で製麦を経験したことはないんですよ。しかも、いままでつくったことのない、キリンビールの麦芽ともぜんぜん違うスペックの、ヘレスの麦芽をつくらなけれならない。だからもう一生懸命調べました」(田山氏)
田山氏は入社した当時に読んだ製麦の教科書を引っ張り出し、キリンビール社内にあるさまざまな文献をあたり、調達部の歴代麦芽担当者にヒアリングも行った。そして、アウグスティーナを視察し、レポートを書いた方を見つけだすことに成功する。
「ただ、製麦に適した季節って冬なんですよ。温度管理が非常に重要で、外気温や水温が高いとよろしくない。とはいえ、結婚式の日程は決まっていて“待ったなし”だったので、木内酒造さんにいろいろな工夫をしてもらいながら製麦に挑みました」(田山氏)
実際に田山氏が提示した製麦の条件は木内酒造のつくりかたとは真逆。コンディションもチャレンジングだったという。木内酒造に「本当にこれでできるんですか?」と言われたが、田山氏には「これが正しい」という確信があったそうだ。内心ヒヤヒヤしつつも「絶対に大丈夫です!」と製麦を決行し、ビールづくりを進めていった。
「仕込みも立ち会いましたけれど、ろ過がうまくできるだろうか、ちゃんと糖が取れるだろうかと、本当にやってみないとわからない“一発勝負”でした。ちょっと保険をかけたのは、今回特別につくった麦芽100%ではなく、味に影響の少ない濃色麦芽を一部配合したことです。お祝いの席では濃い色のビールが映えますし、プレミアムビール感がありますからね」(田山氏)
こうして完成したヘレスは、必要な分だけ瓶詰めされ、オリジナルラベルも貼られ、無事に結婚式で披露宴の出席者に配られた。これが最初のストーリーだ。
○ホームタップでさらに磨き上げられたへレス
結婚式で数百本を配ったとはいえ、木内酒造の本工場で作ったヘレスはまだまだ大量にある。最終的に木内氏が「いや、もうウチで売るから」と、木内酒造から販売されることが決定。このとき初めて「常陸野ネストビール ブルワーズクラフト へレス」という名称が付けられた。
「ちょうどオクトーバーフェストの期間ですね。木内酒造さんはソーセージなんかもつくられているので、ヴァイスヴルスト(※ドイツ・バイエルン地方の伝統的な白ソーセージ)とあわせてドイツのイメージで販売されました」(田山氏)
この話を聞きつけたのが、キリンビールのホームタップチームだ。「愛娘が結婚する喜びとヘレスへのこだわりを詰め込んだビールを、ぜひユーザーにも味わってもらいたい!」というチームの思いから、田山氏監修のもと、キリンビールのホームタップでの販売用にへレスをつくることが決まる。
「つくったのは6バッチ(※バッチ=1回の仕込みでできあがるビール量の単位)です。1バッチ目の一番最初の仕込みから行きましたが、なかなか一筋縄ではいかないというか……やればやるほどいろいろな課題が出てきて、もう定期的に担当者とメールのやり取りをしていました。監修というより技術指導でしたね、一緒につくっていました(笑)」(田山氏)
とくにこだわったのは、無ろ過にする代わりに行った、遠心分離機による固液分離。回転速度を上げるとよりクリアに、回転速度を下げると残渣が多くなり、この度合いによって見た目も味わいも大きく変化する。田山氏は遠心分離を7段階ほど試行し、おいしいヘレスのバランスを作り上げていった。
「ろ過はキレは出ますが、旨みも取られてしまいます。遠心分離はろ過と違っていろいろな造り方を試せるのが面白いですね。最近ではキリンビールでもクラフトビールをやり始めて、『一番搾り ホワイトビール』なんかも無ろ過で出しましたけど、ナショナルブランドでは無ろ過で出す商品ってそんなに多くないんですよ」(田山氏)
こうしてできあがったのが、ホームタップ「常陸野ネストビール ブルワーズクラフト へレス」だ。田山氏が追い求めたビールがそこにはあった。
「今回、ヘルスブルッカー(Hersbrucker)という貴重なホップを100%使用しているんですよ。しかも、結婚記念のためにつくったものと少し条件を変えていて、ホップの使用量も増やしました。おめでたい席に苦いビールはダメだろうと思って減らしていたのですが、苦みが弱すぎたなと思っていたんですよね」(田山氏)
メインターゲットは、「一番搾りプレミアム」を好むユーザーだという。「一般的なラガービールを飲んでいる方にこそ飲んでみてもらいたい」と田山氏は語る。
「ラガービールのおいしさをたっぷり味わえると思います。余計なモルト感、フルーティ感をなくした、本当に僕の好きなビール。ストレスなくゴクゴク飲めるのに、ちゃんと味わえて、その余韻も楽しみながら、それがまた次の一杯に……みたいに繋がっていく構造を作るのが私の理想なので、それができているビールだと思います」(田山氏)
ホームタップで味わえる、キリンビールのマスターブリュワーが理想を詰め込んだビール「常陸野ネストビール ブルワーズクラフト へレス」。興味のあるビールファンは、ぜひ一度試してみてもらいたい。(加賀章喜)