80代、ひとり暮らし「終活はしない」長男に先立たれたどり着いた“本当の幸せ”、「美智子さま本」秘話も

1

2026年01月04日 16:10  週刊女性PRIME

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

週刊女性PRIME

正面に見えるのが岩手山。季節ごとに美しい山並みを見せてくれる。テラスではお茶を楽しむ

 悠然とそびえる岩手山、その麓に広がる田んぼや畑など、まるで絵画のような美しい風景を眺めながら、両親の建てた家に一人で暮らす末盛千枝子さん。「84歳になって、こんな日々が訪れるとは不思議なこと」と語るが、“こんな日々”とは、どんなものなのだろうか。

免許を返納したら用事はまとめてこなすように

「新聞を読んだり、テレビを見たり、けっこうのんびりしています。外に新聞を取りに行っても景色がきれい。

 友達もよく来てくれます。つい先日も、この家を建築設計してくださったご夫妻が訪ねてくださってね。いい家をつくってくださったのに、こんなに散らかして申し訳ないと思ったけれど、今さら慌てて片づけられないのでそのまま見ていただきましたが、『楽しそうに住んでくださってうれしい』と言っていただけて、ほっとしました

 天井まで届く大きな窓に堂々とした梁、美しい芸術作品に囲まれたリビングには、今も昔も多くの人が集まる。東日本大震災で発足した絵本プロジェクトのメンバーや、NHK文化センターの関係者、何十人という人が集ったこともあるそうだ。日々、楽しく暮らす末盛さんだが昨年は、ちょっとした変化があったとか。

車の免許を返納したんです。そうすると周りの景色がいいのはいいけれど、ちょっとその辺に行くのも大変。なるべく用事はまとめて済ませるようにしています。今回、本の出版の話をいただいて、またいろいろなことを考えたり、思い出したりして。やはり私は、本の仕事が好きなんだなと思いました」

 今回の著書の中で、末盛さんが特に気に入っているというのは、2つの結婚指輪の話。

私は2回の結婚で(最初の夫はNHKプロデューサーの末盛憲彦氏、2人目の夫は元神父・神田外語大学名誉教授の古田暁氏)、2つの指輪を持っていて、落ち着かない気持ちがずっとあったんです。

 あるとき、ふと思い立って指輪を出してきてはめたら、2つあるのが当たり前のような気がしてね。どちらが好きと決められなかったのですが、心のバランスがとれた気がしました

NHKが秘密のクルーを結成し美智子さまのスピーチを録画

 末盛さんは元編集者。1989年に「すえもりブックス」という一人出版社を設立し、『THE ANIMALS』をはじめとした数々の名著を世に送り出した。

 なかでも末盛さん自身が“記念碑的な一冊”と挙げた、上皇后美智子さまの『橋をかける─子供時代の読書の思い出』は、今も読み継がれるロングセラーとなっている。その中にも、美智子さまとの交流が書かれているが、改めて『橋をかける』の出版までのいきさつを懐かしそうに振り返ってくれた。

「当時、私はIBBY(国際児童図書評議会)という組織に関わっていました。2年ごとに世界大会が開催されていて、1988年には美智子さまがインドの世界大会にいらっしゃるとのことで、そのお手伝いをしていました。

 美智子さまは大会初日の基調講演をなさる予定でしたが、大会の前にインドで核実験があり、その影響でインドに行けなくなってしまった。美智子さまは大変お嘆きになってね。初日の講演がなくなることが、その会を運営する人にとってどれだけのダメージか、その申し訳なさで、本当に落胆されていました

 末盛さんいわく「自分は困ったら何かを探し出して、気休めを言う癖がある」。このときも美智子さまに、こんなふうに言ったという。

「今の時代、ビデオで映像を流す方法があるじゃないですかと申し上げたんです。

 そうしたら、翌朝早くに侍従長から電話がかかってきて、あなたの亡くなったご主人の伝手でNHKにビデオ撮影の協力を頼んでくれって。そんなこと、猫の首に鈴をつけるようなものですよね。でも受けないわけにはいかないので、『はい』と申し上げて、亡くなった夫の元上司でNHKの会長もされていた川口幹夫さんに相談に伺いました。

 するとすぐに、放送総局長につないでくださった。放送総局長は開口一番、『私が新聞の編集局長だったら、これは1面に全文ノーカットで載せます』っておっしゃってくださって。本当にわが意を得たり、と思いましたね」

 そこから末盛さんのミッションインポッシブルが始まる。

NHKが秘密のクルーを結成し、独占的に美智子さまのスピーチを録画しました。そして、そのビデオを私がインドの大会に持っていったんです。無事に会場で上映が終わり、すぐにNHKと宮内庁に電話をしてそのことを知らせたら、その夜遅くにNHKで放送されました。

 52分の映像でしたが、500万人もの人が見たそうです。その後、ほかの局でも放送されました。そのときの私は、本当に歴史に立ち会っているという感じ。恐ろしいような気持ちと高揚感の両方がありました

紆余曲折を経て再婚を決意

 その講演を本にしたのが『橋をかける』なのだ。

インドから帰ってきたあと、美智子さまに本にさせてください、とお願いしました。『あんなものが本になるのかしら』とおっしゃるので、『すごく貴重な本になると思います』と申し上げたら、うれしそうにしていらっしゃいました。でも誤解があってはいけないと、慎重に、たくさんの注釈をつけました」

 今回の著書の中では、2人の夫だけでなく、2人の子ども、両親やきょうだいなど家族との思い出も、あたたかな筆致で綴られている。

「本当に芸術家の家族なんて難しいし、大変ですからね(父の舟越保武氏、弟の桂氏共に彫刻家)。だから私は、小さいころから絶対に芸術家とは結婚したくないと思っていました。

 だけど今になってみれば、だからこそわかり合えるところがたくさんあったのかなというふうに思います。互いに思いやりがあるというか、そういうところが心地いい家族だったんだなと

 思い出に残っているのは、ここぞというときの母の力。

「弟の桂が結婚したとき、生活のためにアルバイトをすると言い出したんです。母は、自分が助けてあげるから、ちゃんと自分の仕事をしなさいと言って、勝手に画廊に展覧会の予約までしてきたんです。

 また、子育て中の私に言ってくれた母のひと言も忘れられません。長男の武彦が、高校生のときに競馬に凝ってね。馬券を買ったら、よく当たったんです。でも高校生で馬券を買うことは許されないことだから、監察局からおとがめを受けたんです。息子さんに厳しく言いなさいと。でも息子は小さいころから、ほかの子より優れていると褒められたことがあまりなかった。その彼が初めて褒められたのが競馬だったんです。

 それで私は、どうしても彼に競馬をやめなさいとは言えなくて、そのことを母に言ったら、『あの子を連れてラスベガスに行きなさい』って(笑)。結局、行きませんでしたが、それは忘れられないひと言ですね。その後、担任の先生が息子に毎日話してくださり、本人も納得して競馬をやめました」

 末盛さんの家には、家族の芸術作品や写真などが、あちこちに配されている。大事なものがたくさんあるからだろうか、処分はしないと言い切る。

まあ、処分をしないと言えば聞こえはいいですが、できないんですよね、きっと。あとのことは次男の春彦に任せてありますが、終活ということは特に考えていません。
人生を振り返ってみたときに、これでよかったと思えたら、本当に幸せだなと思ってきました。

 長男がずっと身体が悪かったので、私が彼より先に逝ってしまうと彼は大変だから、そんなことがないようにと願ってきました。ただ、彼が亡くなったことは、本当につらかった。でも最後は、それほど苦しまなかったのでよかったなと思います

 長く生きていると、いいことも悪いこともある。

「そのときは、あまりいいと思っていなかったことも、よく考えてみると、こういうふうに物事がつながっていくのか、ということが随分あったように思います。いちばん大きいのは、再婚した古田との出会いです。

 古田は若いころは私のメンター的な存在で、それから紆余曲折を経て再婚したわけですが、今考えたら信じられないような出会いでした。彼にも息子と娘がいて、それぞれいろいろな相談を受けてね。特に今アメリカにいる娘は、千枝子さんがいなければ、今の私はなかったとよく言っています。本当に不思議なことです

 だから、「人生捨てたもんじゃない」と末盛さん。年を重ねたからこそわかることがある。わが人生の不思議についても、振り返ってみたくなる一冊だ。

末盛千枝子(すえもり・ちえこ)
1941年、東京都生まれ。父は彫刻家の舟越保武。慶應義塾大学卒業後に至光社で勤務したのち、ジー・シー・プレスで絵本出版を手がける。1989年、すえもりブックスを設立。まど・みちおの詩を美智子さまが選・英訳された『THE ANIMALS どうぶつたち』、美智子さまのご講演をまとめた『橋をかける―子供時代の読書の思い出』など、話題作を出版。2010年、岩手県八幡平市に移住。東日本大震災から10年間、「3.11絵本プロジェクトいわて」の代表を務めた。

取材・文/池田純子

このニュースに関するつぶやき

  • 読んで損した。とっちらかった下手糞な記事で、何を伝えたいのかが伝わらん。記者が悪いのか、話者が悪いのか?
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(1件)

ランキングライフスタイル

前日のランキングへ

ニュース設定