
ほとんどの人が必要になる「介護」。老いることは避けられないが、元気に長く生きられるなら老後は決して怖いものではない、と心理セラピストの上野利惠子さんは笑う。「介護生活なんてまだ先」と笑い飛ばせる、日々の過ごし方とは─。
日常生活の見直しで“介護される未来”は遠ざけることができる
「年老いて、介護で家族に迷惑をかけたくない」
「長生きするのが怖い」
世界一の長寿国である日本。自身の未来をこんなふうに悲観する高齢者は少なくない。厚生労働省によると、要介護・要支援認定者数は年々増加傾向にあり、2023年に初めて700万人を突破。そのうちの約6割が85歳以上だ。
「日常生活の見直しで、“介護される未来”は遠ざけることができます。今からでも決して遅くはありません」
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と話すのは、福岡県久留米市内で複数の介護施設を運営する社会福祉法人「ほほえみ」の理事・施設長を務める上野利惠子さん。
心理セラピストとして地域の人々の悩みに寄り添ってきた経験を生かし、50歳で初めて認知症患者のためのグループホームを立ち上げた上野さん。以来、20年以上にわたり介護の現場で多くの高齢者と接してきた。介護を“する”側でありながら、介護“される”ことをできるだけ先延ばしにしよう、と訴え続けるのには理由がある。
「ほとんどの人が、老いて死が近づくころには何もできなくなり、当然介護が必要になるでしょう。でもそのときが来る直前まで、自分の足で歩き、自分のことが自分でできていれば老後は決して怖くありません。利用者さんと日々接するなか、年齢を重ねても自立している人ほど幸せで充実した日々を送っていると改めて気づかされるのです」(上野さん、以下同)
70歳で介護が必要になる人もいれば、80歳でも元気に過ごす人もいる。その違いは遺伝的な体質や、“運”によるものではないと上野さんは言う。
「もっとも大切なのは、心の持ちようと身体の動かし方。老いを楽しむ人と、恐れる人の違いはここにあります。介護なんてまだまだ先の話、と毎日を笑って過ごすためにも、ぜひ実践してほしいのです」
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介護を遠ざけるために、具体的に何をすべきか。今すぐに始められる5か条を上野さんに聞いた。
たったそれだけ? と拍子抜けしてしまいそうだが、高齢者は知らず知らずのうちに家に閉じこもりがちだ。
「散歩、映画鑑賞、ショッピング、なんでもいいんです。外出するだけでも、脳にいい刺激を与えることができます」
足腰が弱ったので、外出できなくなった……という高齢者は多い。実は逆で、家に閉じこもってしまったために足腰が弱った可能性のほうが大きいのだという。脳も身体も、刺激によりその力が保たれていることをまずは肝に銘じたい。
外出するだけでなく、人と会うことができればさらにプラスの作用が働く。
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「化粧をして、おしゃれして、人に見られていることを意識しながら会話することは最高の脳の活性化につながります」
上野さんの知人で80代の女性は、夫を亡くしてひとり暮らしだが毎日の散歩と週1回のカラオケ教室を欠かさない。
趣味を楽しみながら自立した生活を続け、一度も介護保険の世話になったことがないのだとか。外出や人との関わりが、介護の予防につながることがよくわかる例だ。
歩く、しゃがむ、立つ、の3つを意識して生活する
家事、庭仕事はもちろん、エレベーターを使わずに階段を使ったり、ペットと散歩したり、音楽に合わせて踊ったりと、こまめに身体を動かそう。
「運動は生活習慣病や認知症を予防することがわかっています。おすすめはウォーキング。70歳を過ぎた私も、実践しています」
歩く、しゃがむ、立つ、の3つを意識して生活するだけでも自然に運動量が増える。寝たきりの予防には足腰を鍛えることがいちばんの近道。筋肉は何歳からでも増やせることがわかっている。身体を動かす習慣を。
見過ごせないのが、年々増え続ける老年期のうつ病。厚生労働省の20年の調査によると、65歳以上で170万人以上の患者がいるとされ、特に女性に多い。放っておくと認知症に移行したり、身体機能が低下したりと深刻な影響を及ぼす可能性もある。
「心と身体はつながっています。小さなことを気にしすぎず、周りに感謝の気持ちを持って過ごしている人は心に張りがあって前向き。人生の終盤はおおらかに、まぁいいか!ぐらいの心持ちでいきましょう」
独居、あるいは配偶者とのふたり暮らしなど、さまざまなパターンが予想される老後の生活。どんな場合であっても人との適度な距離感が大切だ。
「ひとり暮らしなら、ご近所さん、顔なじみの店員さん、お茶飲み友達など、ちょっとしたつながりをいくつか持っておきましょう。いざというときに声をかけられる安心感が、充実したひとり暮らしを支えてくれます」
一方、自分の子どもには頼りすぎない、甘えすぎないことが基本。
「自分の老後を子どもに預けないで。なんでも家族にお世話になっていてはできないことが増えるばかりです。むしろ自分の人生は自分で楽しむと覚悟を決めている方のほうが、お子さんたちとも良好な関係を築いているように見えます」
心と身体を日々刺激して上手に使えば、介護は可能な限り先延ばしにできる。誤解されがちだが、介護を遠ざけることは、“最期まで自宅で過ごす”こととイコールではない。
元気なうちに有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入居することで人との交流が生まれ、むしろ入居前よりも充実した生活を送れるようになった人も大勢いるからだ。
「人生の後半戦、“どこ”で生きるかより、“誰とどう”生きるか、のほうが重要。愛情や、感謝の気持ちが循環する場所はなにも自宅に限りません。施設のスタッフや地域の人々と心のつながりをつくれる場所なら、きっと自分らしく生きられるはずです」
高齢者介護施設を姥捨て山のように感じ、親の入居に罪悪感を抱く子どもは多い。しかし、世界各国と比べても日本の介護施設は群を抜いて充実しており、サービスも手厚い。
人生の最終章を施設で送ることは、悲劇でもなんでもない
特別養護老人ホームも最近は個室が主流。プライバシーを適度に保ちながら豊かに生きることは可能だ。
「基本的に認知症患者のみを受け入れるグループホームでも、終末期の方でない限り寝たきりはあり得ません。私たちの施設でも、個室と共用スペースを自由に行き来し、食事をするのはリビングです。たとえ認知症でも、もちろん施設で暮らしても、介護されない生き方は可能なのです」
今では『サザエさん』のような3世代同居はごくわずかで、核家族すら減少しつつある。もはや現在の日本では単独世帯がもっとも多く、24年の「国民生活基礎調査」では過去最多のおよそ1900万世帯、全体の3割を超えた。
その多くは、高齢夫婦のどちらかが亡くなり、残された者が独居となるケースだ。自宅でたくさんの家族に看取られながら旅立つことが当たり前ではない時代、“自宅での老後”にこだわり続ける必要はないのかもしれない。
「私たちの施設は保育園と隣接しており、入居者さんたちは子どもたちとの触れ合いに目を輝かせて喜んでくださいます。温かい交流があり、笑い声があり、季節ごとの自然を感じられる場所が私の考える理想の施設。人生の最終章を施設で送ることは、悲劇でもなんでもありません」
人生100年時代。65歳で高齢者の仲間入りをしたあとには、35年もの年月がある。介護される未来はなるべく遠ざけ、いよいよとなったら自分なりの理想の施設で最期を迎える。そんなふうに考えれば、老いを必要以上に恐れる必要はないのかもしれない。
「日本には、社会全体で高齢者を支える介護保険のしくみが整っています。不安になったときは、日本にいる限りはなんとかなるでしょ、と考えて(笑)。一緒に、まぁいいか!の心持ちでいきましょう」
取材・文/植木淳子
