2014年F1第9戦イギリスGP ジュール・ビアンキ(マルシャF1チーム) ジュール・ビアンキの悲劇的な死から10年以上が経過したが、彼の名前は今もF1と彼の将来を決めたカート界において深い意味を持ち続けている。しかし今週、その共有された記憶と敬意が試される事態となった。ジュールの父であるフィリップ・ビアンキは、息子の遺産そのものの核心を揺るがす痛ましい盗難事件を明かした。
ソーシャルメディアでシェアされた感情的な訴えのなかで、彼は複数のカートが盗まれたことを明かした。盗まれたカートのなかには、ジュールがシングルシーターレースにステップアップする前の最後のカートのレースで使用されたものも含まれている。
モータースポーツ界でのジュール・ビアンキの躍進は、カートレースの才能に支えられたものだった。それが彼をフェラーリのドライバー育成システムである『フェラーリドライバーアカデミー(FDA)』への加入に導き、モータースポーツ界で最も有望な若手ドライバーのひとりとして名を馳せ、最終的に2013年のマルシャでのF1デビューに繋がった。2014年のモナコGPで9位入賞を果たしたビアンキの驚異的な走りは、マルシャに史上初の選手権ポイントをもたらし、将来のスターとしての評価を確固たるものにした。
しかしその明るい見通しは、同年後半に残酷にも断ち切られた。ビアンキは日本GPの決勝レースにおいて、雨で混乱した状況下で致命的な怪我を負い、9カ月後に25歳で亡くなった。事故から11年が経った現在も、とりわけ彼の軌跡を称える『JB17フォーエバー・カート』を通じて、彼の記憶はモータースポーツに刻まれている。
盗難にあったのは、まさにそれらのカートである。フィリップ・ビアンキは、フェイスブックにおいて次のように語った。
「親愛なる友人のみなさんへ。今夜は私のカートファミリーに向けて話します」
「昨夜、我が家は泥棒に入られ、恥知らずな泥棒たちがJB17フォーエバーのシャシーを9台を持ち去りました」
「さらに悪いことに、ジュールの最後のカートであるKZ 125 ART GPモデルや、孫たちのミニカートも盗まれたのです。それらのマシンの価値は別として、感情の面での価値で我々は心を痛めています」
フィリップ・ビアンキのメッセージはただ盗難を知らせるものではなく、息子の名を称え続けるモータースポーツ界から警戒を訴えるものだ。『JB17フォーエバー』のブランドはジュールの功績と深く結びついており、盗まれたカートの状況は無視できない。そしてフィリップは、それらが密かに売却されることはできないことを願っている。
「もしJB17のカートが流通しているのを見かけたら、お知らせください」
情熱、記憶、そして共有の歴史の上に築かれたこのスポーツにおいて、彼の訴えはすでに広く共感を呼んでいる。10年以上にわたりジュール・ビアンキの功績を維持してきたコミュニティが今こそそれを守り、モータースポーツ界で最も愛された人物のひとりであるビアンキが最後に駆ったマシンが確実に家に戻ることを、多くの人々が願っている。
[オートスポーツweb 2026年01月09日]