
演歌歌手藤原浩(65)が14日に新曲「十勝で待ってる女です/おんなの忘れ酒」を発売した。戦後歌謡界をけん引し、国民栄誉賞を受賞した作曲家遠藤実氏の最後の内弟子としてデビューしてはや32年。歌手人生を振り返ると、最大のピンチはコロナ禍だったという。3回連載の2回目。【松本久】
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−デビューして32年で5月から33年目に入ります。これまでの歌人生を振り返って最大のピンチは何ですか
ピンチは何回もありますが、最大というとコロナ禍です。とにかく“ステイホーム”ですから仕事がない。歌番組も無観客でスタジオ収録をするだけ。金銭的にも困り、スタッフに「もう歌手をやめる」と3回言いました。
−確かにコロナ禍の時は、いつ終わるのかという先が見えない状態で、その不安が何年も続きました
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そうです。それまでは8カ月ごとに新曲をリリースしていたんです。でも、新曲を出しても歌う場所がない。私は性格上、自分が窮地に立たされると歌を口ずさんだり歌っていたいと全く思わないんですよね。あのころは真剣に他の仕事を探して職案にも行きました。でも「フルタイムでないとダメ」と言われたんです。歌の仕事がちょこちょこ入ってくるとダメだと言われて…。何カ所かに履歴書を送ったし、車も税金や車検があるから処分しました。
−車もですか
はい。遠藤先生からいただいた日産のプレジデントという車です。20何年か前にいただいたのですが、そんな大きな車なんか乗り回せないし、かといって断れない。で、譲り受けてからずっと茨城県の友達のガレージに置いてもらっていたんです。車検を切らさないようにして「コンクールコンディション」にして、いつもピッカピカにしていたんですよ。でももう維持できなくなっちゃって。コロナの時に泣く泣く、旧車の専門業者さんに引き取ってもらったんです。二束三文でした。
−いくらだったのですか 20万円です。それを2カ月後にたまたまインターネットで見ていたら280万円で売っていた。ひどいでしょう。「この車は某有名な作曲家の先生が所有されていた車です」と書いてあった。ふざけやがって。その車はすぐ売れちゃった。
−もう買い戻すことはできないですね
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そう。もうできないですね。
◆藤原浩(ふじわら・ひろし)1960年(昭35)6月23日、岡山・赤磐市生まれ。23歳の時に遠藤実氏にスカウトされたが家庭の事情で断念。30歳で弟子入りし、3年の内弟子をへて94年に「真情」でデビュー。翌年の松尾芸能賞「歌謡芸能新人賞」など多くの新人賞を受賞した。178センチ。血液型B。
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