【藤原浩に聞く】18年前、恩師遠藤実氏の死去にショック「自分も死のう」と思ったほど/連載下

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2026年01月23日 05:30  日刊スポーツ

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藤原浩(顔)(撮影・中島郁夫)

演歌歌手藤原浩(65)が14日に新曲「十勝で待ってる女です」を発売した。戦後歌謡界をけん引し、国民栄誉賞を受賞した作曲家遠藤実氏の最後の内弟子としてデビューしてはや32年。日課だった遠藤夫妻の墓参りは、墓が遠藤氏の故郷・新潟に移転した後でも1日も欠かしていない。3回連載の最終回。【松本久】


   ◇   ◇   ◇


−23歳の時に、遠藤氏から「歌手にならないか」と誘われたが家庭の事情で断念。でも30歳で念願の弟子入りをしました


はい。当時は岡山県にいて、トラックの中で寝起きをして長距離を走っていました。仕事は嫌じゃなかったのですが、人生は1度だからと思ったのでしょうね。20代前半で歌手にスカウトをされたのに、機会を逃していますから。遠藤先生に「歌手になれなくてもいいから弟子にしてほしい」とばっかり言うもんですから、先生も最終的には許してくれました。先生からは「3度の飯よりも歌が好きでないとダメなんだ」とよく言われたのですが、自分はそうではないんです。


−歌手になることに強い思いはないと言いますが、断られ続けても1年間、門をたたき続けたり、弟子入り後も1年間は栃木県の那須の山中で1人で修行したりと、並の意思ではできませんよ


それについては、晩年に遠藤先生から言われたことがあるんです。「お前はすぐに泣くし弱そうに見える。でもしつこく来る。引っ込み思案だが、どこか強いところを持っている」と。私は自分のことがよく分からないから「ああ、そうなのかな」と思いました。


−32年の歌手人生でもっともうれしかったのが、遠藤氏からほめられたことだとか


デビュー15周年で08年10月に杉並公会堂でリサイタルをしたんです。その時が遠藤先生と最後に会った瞬間になるんです。ステージに来てくださって1曲、タクトを振ってくださった。そして、それまで私のことを褒めてくれたことのない先生が、お客さんに「みんな、浩を支えてくれてありがとう」と言ってくれたんです。そして「つらいことがあったら、俺をおやじだと思え。俺のところに来て涙を流せばいいんだよ」って言ってくださった。今でもそのことは鮮明に覚えています。その年の12月に先生は旅立たれてしまうんです。


−忘れられない思い出ですね


はい。リサイタルの後に1回、お電話をしたら「いつでもいいから来い。焼き鳥を食いに行きたいって言うんだったら付き合ってやる」って言われました。「ここのところ、何でこんなに優しいのかな…」と思っていたら、それから具合が悪くなって亡くなりました。あの時は「自分も死んでしまおう」と思ったぐらいつらかったです。


◆藤原浩(ふじわら・ひろし)1960年(昭35)6月23日、岡山・赤磐市生まれ。23歳の時に遠藤実氏にスカウトされたが家庭の事情で断念。30歳で弟子入りし、3年の内弟子をへて94年に「真情」でデビュー。翌年の松尾芸能賞「歌謡芸能新人賞」など多くの新人賞を受賞した。178センチ。血液型B。

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