総合優勝を果たした7号車ポルシェ963のドライバーたち。左からジュリアン・アンドラウアー、ラウリン・ハインリッヒ、フェリペ・ナッセ 2026年IMSA開幕戦デイトナ24時間 ラウリン・ハインリッヒは、ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ(PPM)への加入と、本格的なファクトリードライバー就任の承認を得たことが「『正しい判断』だったと証明できたことを誇りに思う」と語った。
24歳のハインリッヒは、プロトタイプマシンでの2度目のレースで、ジュリアン・アンドラウラーとフェリペ・ナッセとチームを組んで7号車ポルシェ963をシェアし、先週末のIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権第1戦『第64回デイトナ24時間レース』を制覇した。
ハインリッヒはGTPクラスデビュー戦で、2010年にマイク・ロッケンフェラーがアクション・エクスプレス・レーシングのライリー・ポルシェDPで優勝して以来、16年ぶりにフロリダの耐久クラシックで総合優勝を果たしたドイツ人ドライバーとなった。
2025年11月にバーレーンで開催されたWEC世界耐久選手権のシーズン最終戦で、同じくPPMからトップクラスデビューを果たしたハインリッヒだが、ウェザーテック選手権のシーズン開幕戦に臨むにあたっては、このクルマでのテスト経験が非常に限られていた。
しかし、彼は事前のテスト時間が少なかったなかでも実力を発揮し、レース中の50周平均タイムでマット・キャンベル、フレデリック・ベスティ、アレックス・パロウに次ぐ4番目となった。これは歴史的なデイトナ3連覇を達成したコドライバー、ナッセのタイムを上回ったことを意味する。
「エキサイティングなスタートを切ることができた」とレース後の記者会見で述べたハインリッヒ。「カメラに映っていたかどうかは分からないが、マシンに乗り込もうとした瞬間に滑り落ちてしまった」
「幸いにもサポート役のメンバーが僕をマシンに押し込んでくれました。そうでなければ地面に倒れていただろう」
ハインリッヒはトップを走っていたアンドラウアーから7号車ポルシェを引き継ぎ、最初は太田格之進がドライブする93号車アキュラARX-06(アキュラ・メイヤー・シャンク・レーシング)に先行を許したものの、その後トップに躍り出た。
「最初のドライブを終えれば、そこから何かを積み上げていくことができる」とハインリッヒは続ける。
「しかし、その時点で首位だったマシンに飛び乗ったときは、心拍数は200bpmを超えていたと思う。まだ何もしていないのに、非常に興奮していた」
「周回を重ねてすべてが順調に進んだ後、霧の中、長いイエローコーション下のスティントを今でも思い出せるよ」
「この話をすると鳥肌が立つね。なぜなら、ポルシェ963で霧の中をバックストレートを走るなんて……バス・ストップ(=ル・マン・シケイン)はまったく見えなくて、半ば想像で左にターンしなければいけなかったのだから」
「それも含めて、これは子供の頃からの夢だった。本当にクールだ。人生で一度はこんなふうにワクワクする体験をしてもらいたいね」
ハインリッヒは、ポルシェ・ペンスキーのチームが、すぐにペースを上げるために必要なツールをすべて提供してくれたことを称賛した。
「たしかに、学ぶべきことはたくさんあった。それでもチームにはとても感謝している」と彼は言った。「彼らは本当に僕を支えてくれている」
「結局のところ、これらのマシンにはツールがいくつか備わっている。バランスを調整したり、いろいろと操作ができるんだ。僕はまだ経験は浅いが、僕をサポートしてくれる素晴らしいチームが周りにいる」
「例えば、無線で問題点を伝えると、彼らは解決策を考えてくれる。そして最終的に、レースで彼らが提示してくれた解決策はすべてうまくいった。だから、僕たちがトラック上で素晴らしいパフォーマンスを発揮できたのは、彼らのおかげなんだ」
■GT3デビューからわずか数年で掴んだ栄光
わずか3年前にGT3デビューを果たしたハインリッヒは、ポルシェ・ピラミッドにおける自身の急速な成長に自身も驚いているという。
「道のりはあっという間だった」と彼は語った。「2022年にポルシェ・ジュニアとしてファミリーに加わり、そして2026年、ファクトリーチームのドライバーとしてここに立ち、ロレックス24で優勝できたことは信じられないことだ」
「父はきっと(自宅でレース中継の)画面に釘付けになっていたと思う。僕が今日ここにいられるのは、父の尽力のおかげだ」
「プロチームに参加する予算がなかったため、最初の年は家族でチームを組んでレースをしていた。当時のレースの仕方や今の自分のレースの仕方を振り返ると、信じられないような旅であり、それを本当に誇りに思う」
「しかし、ポルシェが若い才能たちにジュニアランク、カップレース、そして今ではファクトリードライバーになる機会を与えてくれたことに感謝している」
ハインリッヒは、ポルシェ・ペンスキーがWECのハイパーカーから撤退したことで、プロトタイプドライバーのロースターが8人から6人に縮小された今年、チームに加わった唯一のドライバーだった。
「もちろん、どこなの時点でLMDhのファクトリープログラムに参加することが目標だった。しかし、そのプログラムに近づいていくと同時に、プログラムの一部が少しずつ縮小し始めた」と彼は語った。
「チャンスが少ないことは分かっていた」
「最終的に、エンデュランス・カップ・ドライバーとしてフェリペ(・ナッセ)とジュリアン(・アンドラウアー)をサポートするという役目をもらったとき、ポルシェが僕に寄せてくれた信頼と、この責任を託すほど僕のポテンシャルを見出してくれたことを、心から誇りに思う」
「本当にハッピーだ。自分のキャリアがどうなるのかは常に考えていたからね」
「ある意味、それは少し予想外のことだった。でも、今日それが正しかったと証明できたことをとても嬉しく思っている」
[オートスポーツweb 2026年01月28日]