「第76回ベルリン国際映画祭」フォーラム部門で上映された映画『チルド』を監督した岩崎裕介 ドイツで開催中の「第76回ベルリン国際映画祭」で現地時間13日、フォーラム部門に出品された日本の映画『チルド(英題:AnyMart)』が上映された。ワールドプレミアとなった上映後の舞台あいさつには岩崎裕介監督が登壇。ドイツ語で観客に感謝の言葉を述べた後、英語でも「この作品について皆さんの前で話せる機会を得られてとてもうれしい」とあいさつした。
【動画】映画『チルド』ティザー特報 本作は、2022年に設立された映画レーベル「NOTHING NEW」の実写長編第1作。誰もが日常的に訪れるコンビニという空間を舞台に、人間の内面に潜む矛盾や孤独、生と死の境界を描いたホラー作品で、主演を染谷将太が務め、唐田えりか、西村まさ彦らが共演。今年、劇場公開が決定している。
監督の岩崎は、CMディレクターとしても活躍し、「63rd ACC CREATIVITY AWARDS」フィルム部門でグランプリを受賞するなど注目を集める。脚本・監督を務めた短編『VOID』がロッテルダム国際映画祭やサンフランシスコ国際映画祭などに入選し、国内外から高い評価を受けてきた新鋭だ。
岩崎監督はドイツ語と英語で感謝を述べ、「この作品について皆さんの前で話せる機会を得られてとてもうれしい」とあいさつ。上映中は、日常的な会話に潜むユーモアと、不意に差し込まれる恐怖演出に観客が驚きと笑いを見せる場面も多く見られ、上映後のQ&Aでも質問が途切れないなど、高い関心を集めた。
物語の中心となるコンビニオーナー像について岩崎監督は、「実際に父がコンビニのオーナーで、そのファッションや口癖などからインスピレーションを得た」と明かしつつ、「物語はあくまでフィクション」とユーモアを交えて語り、会場の笑いを誘った。
また、本作に漂う“幽霊”のモチーフについては、「もともとは純粋なホラー映画として構想していた」と説明。「生きているのか死んでいるのか分からない人間がひしめいている場所、それがコンビニだと思った」と語り、24時間営業のコンビニを“生と死が交錯するクロスロード”として描いたという。主人公・堺という名前についても、「境(さかい)=生と死の境界を意味する存在」という意味を込め、現代社会で意思を奪われた若者の象徴として設定したことも明かされた。
脚本段階では、登場人物たちの日常会話のディテールを徹底的に詰めていく中で、「いらっしゃいませ、ありがとうございました」といったコンビニ特有の定型文の反復そのものが、どこか滑稽に感じ、そのズレが恐怖と笑いを同時に生む独特のトーンを形成した。編集段階では、恐怖として設計した場面が思いがけずユーモラスに見えたり、その逆が起きたりもしたが、「ホラーとコメディが混ざり合っている状態そのものが、この映画のオリジナリティだと気づいた」と振り返った。
演出面では、基本的にフィックスの引き画を多用するスタイルを採用したと話した。無機質で感情の起伏が見えにくいコンビニ空間を強調するため、冒頭ではあえて冗長ともいえる長回しを配置し、観客に堺の単調な日常を伝える構造にしたという。一方で物語が進み、人物同士の関係性に変化が生まれるにつれてカメラは徐々に寄りへと移行する。「人と人の心が通い始めるタイミングで、カメラと対象の距離も近づいていく」と語り、視覚的な距離の変化によって心理の揺らぎを表現したことを明かした。
ホラー演出についても「映画館を出た後にも残る恐怖」を目指したという。静かな空気の中に、あえて不釣り合いな暴力的イメージをノイズとして差し込むことで、観客の感覚を揺さぶる。そんな演出意図についても丁寧に説明された。
現在はCMディレクターとしても活躍する監督だが、「映画ではCMで描けないものを描きたかった」と語り、怪談収集が趣味であることも明かした。「やるならやはりホラー。でもなぜかコメディに蛇行してしまう。それはカルマかもしれない」と笑顔で締めくくり、会場には再び大きな拍手が響いた。
コンビニという身近な空間に潜む不穏さと人間の矛盾を描いた本作は、言語や文化を越えて観客に強い印象を残したようで、関係者からも「上映からQ&Aまで異様な熱量だった」という声が漏れ聞こえた。