
世界中の野球ファンの胸が高鳴る季節がやってきた。国と国が威信をかけてぶつかり合う祭典、第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が幕を開けた。球場を包む熱狂と、世界の頂点を巡るドラマ。その中心にいるのは、やはりこの男、大谷翔平だ。
【打率10割の時にはじめて100%と思える】
小皿に掬った豆腐料理が、体の芯まで温めてくれる。師走を迎えていたあの日、「和」を基調とした季節ものに箸をつけながら、言葉を交わす空間にはゆったりとした時間が流れていた。
表情は穏やかだ。ただ一方で、彼の言葉の端々にはたっぷりと熱量が含まれている。日本時代と変わらず、アメリカの地でも投打両方で挑もうとしていた大谷翔平は、こう語っていた。
「メジャーでのその道(二刀流)は、今はまだ見えているようで見えていないと思いますね。教わる先輩もいないですし、自分で一つひとつやるべきことを見つけていかなければいけないものだと思います。そういう意味では今後、同じような選手が出てきた時に『僕はこうやってきた』というものを示すことができると思う。そう考えても、向こうで(二刀流を)やる意味はあると思っています」
大谷は、そこにある風景や野球文化の違い、それらすべてを受け入れながらメジャーリーグに挑もうとしていた。
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「何かをやってプラスになること、逆にマイナスになること。成功してプラスになること、マイナスになること。あるいは、失敗してプラスになること、マイナスになること。自分の『やりたい』という要素以外に出てくるいろんなものがそこ(メジャーリーグ)にはあって、それらを全部背負って挑戦しなければいけないと思っています」
覚悟にも似た思いをそう口にしたのは、彼がロサンゼルス・エンゼルスの入団会見を終えた直後である2017年12月のことだった。
日本プロ野球での5年間で、大谷は二刀流に対する懐疑的な目と声を払拭する確かなパフォーマンスと結果を残した。それでも渡米直前に「自分がバッティングでもピッチングでも日本でトップだと思っていません」と語ったように、二刀流を継続する大谷は、投打のさらなる進化を追い求めていた。たとえば「バッティングも"完成"がまだ見えていない」と言いながら、こう言葉を加えた。
「現時点で自分のバッティングがどれくらいのパーセンテージまで来ているのかがわからないし、なにをもって100%と思えるのかもわからない。ただ、バッターは3割を打ってすごいと言われますけど、やっぱり一度のミスもなく、打率10割の時にはじめて100%と思えるんじゃないですかね」
理想とする姿を求め、その目的地に向かってただひたすら突き進む。100%と思えるバッティングを探し続ける。当時は「単純に余分な動きを省いた」という打撃フォーム。「それもまだまだベストな形ではないので、徐々に変えていかないといけないと思っている」とも語っていた。
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【全部の要素を持っているバッターを目指したい】
必ずしもフルスイングじゃなくてもいい。たとえば、100%の力で豪快なホームランを打てるのは魅力的だが、大谷は打者としてのあらゆる可能性を考え、その時々の理想像を追求しようとしていた。
「広角に打てるなら広角に打つ。うまいバッティングができるなら、うまいバッティングをすることに越したことはないと思っているので、僕は全部の要素を持っているバッターを目指したい。そういう選手は、見ていてワクワクするんじゃないかなあと思うんです。あくまでも理想は、何も考えずに来た球をホームランにする。それが究極というか、一番いいバッターだと思います」
バッティングの状態の良し悪しに関係なく、日々の積み重ねで体に染み込ませ、磨き上げてきたスイング軌道で「来た球」を確実にとらえる。打席での構え、ピッチャーと向き合った時のフィーリングは大切だ。
ただ、スイングとなれば、いい意味で「無」の境地で相手と対峙したい。無論、そこまでのプロセスは重要で、圧倒的な練習量と準備力があるからこそ、恐れることなくバットを振れる。
準備はできた。あとは、打つだけだ。自然体で打席に立ち、あらゆる要素を備えた高度なバッティングこそが、「打者・大谷」が理想とするものだったのかもしれない。
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【「やってみたいな」と思うタイプの人間】
まだ見ぬ「自分探し」の旅は、アメリカでの戦いでも何ら変わることなく続けているのだろう。「挑みたい」という想いを最優先に、大谷は自らの道を切り開いてきた。海をわたってメジャー2年目のシーズンを終えた晩秋には、自身の「挑戦」する性格と姿勢をこう語っていた。
「良くても悪くても、どんどん変えていくというのは、自分のいいところじゃないかなと思いますね。現状を守りにいかないという性格ではあるので......。まあ、すごくいい状態の時でも、それを維持していこうというよりも、それを超える技術をもうひとつ試してみようかなと思う。挑戦してみようかなというマインドがあるのは、得なところだと思います」
大谷は、現状に満足しない──周囲からの高い評価は、保守的な思考を生み出す。「これで十分だ」「このまま続けていこう」と。人は変化に対して不安を抱き、失敗を恐れて一歩前へ踏み出せない時がある。本来は進化を求めたいと思っていても、変化に対して臆病になってしまうものだ。大谷自身も、新たな挑戦に一切の不安がないわけではない。
「まったく違う環境に行くということは、どの分野でも不安なことが多いと思う」
実際にそう語ったことがあるのだが、ただもうひとりの大谷はやはりこう言うのだ。
「さらに自分自身が少しでもよくなる可能性がそこにあったら、僕はチャレンジしてみたい。『やってみたいな』と思うタイプの人間なので」
【野球は"てっぺん"が難しい競技】
9年前のあの日、大谷は「てっぺん」という言葉を何度も発しながら、想いを語ったものだ。大谷にとっての「てっぺん」とは何か。
「野球はそこが難しい競技だと思っています。たとえば柔道だったら、オリンピックでそれぞれの階級で金メダルを獲れば、その競技のトップに立ったと言えるかもしれませんが、野球に関しては、それが年俸なのか何なのか、難しいところはあると思います。野球はチームスポーツでもあるので、測るものがないというか。ただ、周りから『彼が一番、今まででいい選手だった』という声が聞こえてくる日がいつか来るんだったら、その時が『あっ、ここ(てっぺん)まで来たんだな』と思える瞬間だと思います」
ドジャースのユニフォームでプレーする大谷は今、すでにその境地に達したと言えるかもしれない。それでも、「てっぺん」を追い求める31歳の進化は、まだまだ続いていきそうだ。
そして、その進化を世界が目撃する舞台が、まもなく始まる。WBCという最高峰の舞台で、大谷翔平は再びどんな景色を見せてくれるのだろうか。
