DVDやレコードなど「所有する喜び」にハマる若者の増加は日米ともに起きている現象だ(画像/Adobe Stock)「サブスクの国」アメリカで、いま逆行現象が起きています。
NetflixやSpotifyが当たり前になって久しいのに、独立系のビデオショップや中古DVD店に若者が通い始め、レコードを買いに行き、書店に人が戻ってきています。「デジタルネイティブ」のはずのGenZが、なぜかDVDのボックスセットを手に取っている。
これは懐古趣味ではない。むしろ、かなり現代的な反応だ——ぼくはそう思っています。
ぼくはシアトルのテック企業でPMとして働いていますが、最初はまったく意味がわかりませんでした。でも少し立ち止まって考えてみると、これはぼくたちが長年見て見ぬふりをしてきた「サブスクという仕組みの本質」を、彼らがついに言語化し始めた瞬間なのかもしれません。
◆「年間14万円」の衝撃。アメリカ人がサブスクの”総額”に気づいた
フォーチュン誌が今年3月に報じた調査結果は、なかなかに衝撃的な数字でした。アメリカの消費者は平均して4.5本のサブスクに同時加入しており、年間で924ドル(約14万円)を支払っているというのです。
でも問題は、その多くを「ほとんど使っていない」という点です。同記事では、24歳の会社員ジェームズ・ダットンが自分のサブスク支出を見直したら、毎月120ドル(約1万8000円)が消えていたことに気づいたエピソードが紹介されています。「ほとんど開いてすらいないサービスに払っていた」と彼はYouTubeで告白しました。この動画が拡散し、同じ体験を持つ若者のコメントで溢れたというのです。
調査会社シビック・サイエンスのデータによれば、GenZのサブスク加入者のうち37%が「サブスク疲れ」を理由に直近1ヶ月で1本以上のサービスを解約し、さらに29%が近いうちに解約予定と答えています。ストリーミング全体の加入者成長率も2025年には7%台に落ち込み、これは過去最低水準の伸びです。
「日本も似たようなものでは?」と思った方、おそらくその通りです。
◆「所有したつもり」が幻想だったと気づいたとき
ぼくたちがサブスクの何に疲れているかというと、単純に「高い」だけではないと思います。フォーチュンの記事で印象的だったのは、アトランタ近郊に住む38歳の医療ITワーカー、ルーディ・ロドリゲスさんの話でした。
彼はNetflixでドラマ「Seinfeld(日本でいう『古畑任三郎』のような、アメリカ人なら誰もが知る国民的コメディ)」を観るために加入していましたが、計算してみると年間300ドル近いNetflixの料金を払い続けるより、DVDのボックスセットを100ドルで買ったほうがずっと安い、という結論に至ったそうです。
ここには、もっと深い問題が隠れています。
デジタルで映画や音楽を「購入」しても、実際に手に入るのはライセンスであって、コンテンツそのものではありません。プラットフォームが配信権を失えば、その作品はある日突然、画面から消えます。「いつか観よう」と思ってマイリストに入れていた作品が、気づいたら静かに消えていた——通知もなく、ただ「視聴できません」の画面だけが出てくる、あれです。日本でも覚えがある方は多いのではないでしょうか。
GenZはそれをデジタルの常識として育ちました。でも、だからこそ逆説的に気づいてしまったのかもしれません。「ぼくたちは一度もコンテンツを所有したことがなかった」という事実に。
◆シアトルに「日本から運んできた」レコードたちの話
ぼく自身、レコードもCDも大好きです。日本から好きなセレクションをまとめて持ってきていて、引っ越すたびに「なんでこんなに大変な思いをしなきゃいけないんだろう」と毎回後悔します。重いし、かさばるし、荷造りは面倒だし。Spotifyに全部入っているはずなのに、と頭ではわかっている。
それでも手放せないのは、ジャケットを眺めながらオーディオを鳴らしているときの、あの何とも言えない心地よさがあるからです。レコードを棚から選んで、針を落として、ソファに腰を下ろす。そのひとつひとつの動作が、「音楽を聴く」という行為をちゃんとした時間にしてくれる。
Spotifyで「おすすめ」された曲を流しながら作業するのとは、明らかに違う体験です。あれはBGMで、これは音楽鑑賞だ、とでも言えばいいのでしょうか。ぼくはその違いをずっと感じながら、でも言語化できないでいました。今回のアメリカで起きていることを見ていて、ようやく少し整理できた気がしています。
フィルムカメラが若者の間で再評価されているのも、根っこは同じだと思います。デジタルなら何百枚でも撮れる。でも1本のフィルムに撮れる枚数はせいぜい36枚ほどで、その制約がかえって「考えさせる」体験をもたらす。ぼくのカメラ好きのアメリカ人の知り合いも「AIとデジタルへの疲れから、フィルムに移行した」と話していました。
フィジカルメディアの復活は、数字にもはっきり出ています。全米レコード協会のデータによればビニールレコードの売上は2024年に14億ドルに達し、18年連続の成長です。販売枚数ではすでに数年前からCDを上回っています。書店大手バーンズ・アンド・ノーブルも、2025年に約60店舗を新規出店し、2026年もさらに約60店舗を開く計画。かつて「時代遅れ」と言われた老舗書店が、今や拡大路線に転じています。
◆お金の問題と、もっと厄介な”気持ちの問題”
この現象の面白いところは、動機が2つ重なっている点です。ひとつは「気づいたら年14万円払っていた」というシンプルなお金の問題。もうひとつは「アルゴリズムに選ばれている感覚」「自分のコンテンツが自分のものではない感覚」という、もっと厄介な気持ちの問題です。この2つが同時に噴き出しているのが、今のアメリカで起きていることです。
サブスクというビジネスモデルは「所有の面倒くささを解消する」ことで成長しました。CDを棚に並べる必要がなく、DVDを返却しに行く手間もなく、すべてがスマートフォン一台で完結する。それは確かに革命でした。
でも今、人々が求め始めているのは「完全な便利さ」ではなく、「自分がコントロールしている感覚」なのかもしれません。
DVDを買い直す若者の話を初めて聞いたとき、ぼくは少し笑いました。でも今は、彼らのほうが何か本質的なことに気づいているのかもしれないと思っています。日本でも、Netflixは2024年10月に全プランで値上げを実施し、2015年からの約9年間で料金はおよそ1.5倍になっています。
サブスクは「自由」をくれたはずだった。でも気づけば、ぼくたちは「いつでも見れるものを、結局見ない」生活を手に入れていたとしたら、それは皮肉としか言いようがありません。
「所有しない生活」は本当に豊かなのか。アメリカで静かに広がるこの問いかけは、いずれ日本にも届くはずです。というより、もうとっくに届いているのかもしれません。ぼくたちがまだ気づいていないだけで。
【福原たまねぎ】
シアトル在住。外資系IT米国本社のシニアPM。ワシントン大学MBAメンター(キャリア・アドバイザー)。大学卒業後にベンチャー企業を経て2016年に外資系IT企業の日本支社に入社。2022年にアメリカ本社に転籍し現職。noteでは仕事術やキャリア論など記事を多数発表。X:@fukutamanegi