レッドブルリンクでフォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパに帯同した中嶋一貴TGR-E副会長 2021年をもってトップカテゴリーでのキャリアを終え、その後はドイツのケルンに生活の拠点を移し、TOYOTA GAZOO Racingヨーロッパ(TGR-E。2026年1月よりブランドおよび社名が変更され、『Toyota Racing GmbH』に変更)の副会長として、トヨタ/GRの多岐に渡るモータースポーツ活動のマネジメントや育成ドライバー、モータースポーツの発展に尽力を注ぐ中嶋一貴。トヨタのトップカテゴリーでのモータースポーツ活動と並行して、才能ある育成ドライバーを精力的にサポートしている一貴にその重要性や意義について、フォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパの開幕戦が開催されたレッドブルリンクで聞いた。
●「モータースポーツが持続的に続いていくために、子どもたちが夢を見られる環境づくりを」
──トヨタのモータースポーツ活動が拡大、発展していく中でプロフェッショナルなドライバーの活躍と並行し、育成ドライバーの養成にも力を入れられていますが、中嶋一貴さんがお考えになるその重要性や意義を教えてください。一貴:何よりモータースポーツが持続的に続いていくために、子どもたちが夢を見られる環境というのはすごく大事だと思います。それは以前から豊田章男会長もその重要性をおっしゃってくださっていることですし、そういうところがハースF1との活動をはじめとした世界の様々なモータースポーツ活動に現れているのだと思います。そのハースF1チームがあって、WEC(世界耐久シリーズ)やWRC(世界ラリー選手権)などさまざまなカテゴリーがあるのですが、ドライバーが世界のトップを目指す時にトップを目指せる環境があって、そこへ繋がる道筋を作ることはすごく大きな意味があると思っています。
だからそれを見て子どもたちが世界へチャレンジしてみたいと思ってもらえる環境であったり、それをたくさんの人が見て応援したいと思ってもらえるような環境というのはすごく大事ですし、そういう未来へ向けた活動という意味するものは、すごく大きいんじゃないかなと思います。モータースポーツに限らず、さまざまな競技のスポーツ選手が世界のトップクラスで活躍することによって、未来を担う子供たちに夢と憧れ、そしてその夢の舞台へ彼ら、彼女らが将来立ってみたい、活躍してみたいと目標となる存在になればと良いなと考えています。
小林可夢偉や僕たちの世代の時もそのような道筋があり、チャレンジできる環境が整っていて、幸いにもそれにチャレンジさせていただくことができました。その経験を通じて自分の中で得た経験というのはすごく大きいですし、それがあるからこそ現役を退いた今も違った形でさまざまな方法でモータースポーツの世界に恩返しできることもあると思っています。
もし僕が海外に出ずに、そのまま日本でレースを続けていたとしたら、全然違う自分だっただろうな、と想像が簡単につくので、海外へ一歩踏み出して違う環境でレースをするという経験ができることというのは、その選手だけではなくモータースポーツや自動車業界の世界にとっても大きな意味があると考えています。
そのようなところで、ドライバーを育成していくことにはすごく大きな意味があるのではないかと思います。しかし、それぞれの育成ドライバーたちには変な重荷を感じさせるべきではありません。僕たちの仕事は、育成ドライバーがレースに集中し、その中で結果を出せるようにすることですからね。『結果を出すこと=ドライバーが自身の力で成長しなきゃいけない部分』が人それぞれ絶対見えてくるので、それに注力できること、そういう環境を作るのが大事だとは思っていますし、それは未来に向けての大きな意味を持つ活動ではないかと思っています。
日本が誇るスーパーGTやスーパーフォーミュラで活躍する素晴らしさをもちろん僕は良く知っていますが、さらにそこから世界へ羽ばたく選手がいても良いと思いますし、できれば彼らの実力を世界で発揮して欲しいと願っています。
──トヨタ・レーシング副会長としての一貴さんの仕事は非常に多岐に渡ると思うのですが、その中には、例えばチームとの交渉も入っているのでしょうか?一貴:そうですね。分かりやすく言えば、このフォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパの活動も僕たちの仕事にはなってきますので、チームを決めたり、それについてのさまざまな交渉をしたり、実際にレースの現場に足を運んでドライバーのサポートをすることも含まれます。
僕にはいろいろな役割があるので、育成の部分で言うとこのフォーミュラ・リージョナルのウエイトは大きいのですが、やはり全戦をサポートに来るというのはできませんので、どちらかというと育成ドライバーが走る環境を作るということがメインになり、チーム探すところから始まり、チームと関係性を作るところもそうですし、可能な限りドライバーが気持ちよく乗れる環境を作ることが基本的な僕の役目かなと思います。
現場を訪れる際にはGRの幹部というよりは、できるだけドライバー目線で選手と接し、アドバイスをできるように心掛けています。物事の考え方も受け止め方も人それぞれなので、なかなか杓子定規でもいけないなと思いますし、バランスも含めて難しいですけどね。
●「人それぞれに合ったタイミングはある」
──ところで、少し前のマックス・フェルスタッペンから始まり、昨年のキミ・アントネッリのように、最近はドライバーの若年化がよく話題に上がりますが、そのために日本の若いドライバーが海外へ進出するには早ければ早い方が良いと思われますか?一貴:それに関しては正解はないと思っています。結局、人間の成長していく過程は人それぞれ違うと思うんですよ。日本人は比較的、外国人の同年代の選手たちと比べると少し成熟していくタイミングに違いがあるかな、と思うので、早ければ早いほど良いかというのは正直それはやってみないと分からないところがあると思います。
一概には言えないんですが『人それぞれに合ったタイミングがある』というのが最適なのではないかと思います。日本人は欧州在住の選手と比べて少しハンデがあるな、と思うのは、生活環境や学校を含めたいろんな意味で、海外に出るとなると数多くの制限というかハードルがあるのも事実なので、それも含めて総合的にタイミングを判断せざるを得ないのかなとは思いますね。
──ゲルハルト・ベルガーとトト・ウォルフのご子息が同い年で、すでに幼稚園児の頃からF1ドライバーを目指して英才教育の環境を整えられているのは有名で、ベルガーによると小学校低学年で所属するチームからすでにF1の道筋には非常に重要になっているとのことですが……一貴:たしかにヨーロッパの方は本当に幼少期からの教育がしっかりしていると思います。カートからすでにデータも使うし、立ち振る舞いも含めてちゃんと詰め込める子はちゃんと詰め込まれてくるので、その分日本人よりも大人になるタイミング早い感じはします。
本当は日本もそれに追いつかなきゃいけないところもあるかもしれないですし、逆に言うと18歳でF1デビューすることがすべての人にとって正解かと問われると、僕は違うと思いますし、人それぞれ正しいタイミングがあると考えていますし、適切なタイミングを見極めてあげるというのも僕たちの仕事のひとつでもあるともっています。
──ひと昔前ならば、ドライバーが得意とするカテゴリに集中するようなスタイルが多かった風潮がありますが、それがずいぶん変わっているのを感じますし、例えばトヨタに所属するプロドライバーや育成ドライバーの活動も大きく広がっていると感じています。一貴:僕の若手の頃も、さまざまなカテゴリーに挑戦する機会をいただいていました。全日本F3選手権、参戦2年目のときはGT300、他にもスーパー耐久でドライブする機会もいただいていました。そういう意味では、日本国内で活動している間にできるだけいろんな経験をさせてあげようという先輩方の計らいがあったように思います。
日本ではカートからジュニアフォーミュラを経て……という大筋のステップアップのルートがあります。ヨーロッパも大半は日本と同じルートを辿ってプロドライバーへとステップアップするのですが、その中でも異色というか、偉才を放つドライバーが何人もいて、本当にカートやフォーミュラ経験なしでポルシェ・カレラカップやワンメイクシリーズからGTのトップドライバーになる、フォーミュラの経験がほとんどなくGT3からハイパーカーのシートを獲得するドライバーもいたりするのを見ると、やはり懐がすごく深いなと思います。
●それぞれのやり方で成長を
──ここ数年は、ニュルブルクリンクでもかなり多くの若手ドライバーに門出を広げて挑戦する機会を与えておられ、ドライバーももちろんですし、ファンのみなさんの世界のレースへの関心度もかなり上がっていると実感しています。一貴:そのとおりだと思いますし、今は新しいGR GT3のデビューを控えている部分ではすごく大きいと思いますし、トヨタの新しいGT3マシンが世界に出てくることで、日本の自動車メーカーであるトヨタGRやそのドライバーにとっても、ヨーロッパのメーカーが行っているような活動やヨーロッパのドライバーたちが辿るキャリアの道筋のようなチャンスがどんどん広がってくるだろうとみていますし、そのような環境下にいることは素晴らしいと思っており、いまから新GT3の正式デビューを楽しみにしています。
──F1のハースとのコラボレーション、WEC、WRC、GT4やGT3、ニュルブルクリンク、スーパーGTやスーパーフォーミュラ、スーパー耐久をはじめ、トヨタのレースプログラムは非常に多岐に渡り、育成ドライバーも数多く抱えておられますし、FIA F2では宮田莉朋選手、F3では中村仁選手に続き、フォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパには佐野雄城選手と日本にも数多くの育成ドライバーが日々研鑽を積んでいますが、その次のステップ、つまり世界で活躍するドライバーへとステップアップをするためには何が必要とされると思いますか?一貴:なかなか難しいですよね。これが分かれば苦労しないですけどね(笑)。最終的には自分で課題を認識して、自分で解決できる力を養っていくところが非常に大きいのではないかなとは思いますし、育成カテゴリでできるだけいろんな経験と失敗をする中で、きちんと全部自分で消化して、同じ失敗を二度としないような積み重ねができる人が、最終的にトップカテゴリのドライバーへとステップアップしていく人には多いと思います。
そして、自分の成長と進化にはあまり年齢は関係ないと思っていて、例えば平川亮選手を見ていると、実際の彼は30歳を過ぎたベテランドライバーですけど、今も進化中ですよね。彼を見ていると本当にそう実感しますし、やはり自身で考えたことをきちんと行動や運転に反映できる人間というのが非常に大事な点ではあるのだろうとは思います。
ただ、そのためにはいろんな経験を積める環境は大事だと思いますし、その中で揉まれ、鍛えられていくべきだと考えています。日本だとコンマ1秒くらい失敗したとしても順位は変わらない場面もありますが、フォーミュラ・リージョナルは全体のレベルが非常に高い上、30台もの参戦があります。ですから、コンマ1秒失敗したら3つも4つもポジションが落ちてしまうこともある上、レースはレースでさまざまな予期しない出来事も起こりますし、そういう環境の中では小さな失敗がより大きな影響になり得る環境だと思うので、その中で失敗のインパクトの大きさを感じながら、心が折れずにちゃんと積み重ねていけるというところなんだとは思います。
トヨタの育成ドライバーにはみんなその素養はあると思いますし、あると見込んでこちらへ連れてきています。育成ドライバーのキャラクターがそれぞれ違うのが面白く、興味深く観察していますし、それぞれのやり方で成長していくことを期待したいと思います。
[オートスポーツweb 2026年04月30日]