【栗山求(血統評論家)=コラム『今日から使える簡単血統塾』】
◆知っておきたい! 血統表でよく見る名馬
【フォールアスペン】
1976年にアメリカで誕生し、2歳時にメイトロンS(米G1・ダ7ハロン)とアスタリタS(米G3・ダ6.5ハロン)を勝つなど通算20戦8勝の成績を残しました。
繁殖牝馬として大成功。ティンバーカントリー(プリークネスS、BCジュヴェナイル、米シャンペインS)、ノーザンアスペン(ゲイムリーH)、フォートウッド(パリ大賞/南アフリカのリーディングサイアー)、ハマス(ジュライC)と、芝・ダートを問わず4頭のG1馬を出し、それらを含めて8頭の重賞勝ち馬の母となりました。
孫以降の代も活気に富んでおり、レジネッタ(桜花賞)、アンテロ(仏ダービー)、リブチェスター(ジャックルマロワ賞などG1を4勝)、メスサーフ(愛1000ギニー)などの他に、通算10戦9勝の名馬ドバイミレニアム(ドバイWC、ジャックルマロワ賞などG1を4勝)の2代母となったことが大きな功績です。同馬は5歳で早世したため種牡馬として1年間しか供用されなかったのですが、わずかな産駒から英愛リーディングサイアーのドバウィ(ジャックルマロワ賞、愛2000ギニー)を出しました。ドバウィの息子ナイトオブサンダーも英愛リーディングサイアーとなっており、今後の発展が大いに期待される系統です。
フォールアスペンの息子ティンバーカントリーの血を抱えた馬のなかには、コパノリッキー、ルヴァンスレーヴ、チュウワウィザードと、最優秀ダートホースに選出された名馬が並びます。フォールアスペンに由来する優れた影響力と無関係ではないでしょう。大レース向きの底力が最大のセールスポイントです。
◆血統に関する疑問にズバリ回答!
「ボールドラッドという著名馬が2頭いますが偶然ですか?」
いずれも大種牡馬ボールドルーラー(北米リーディングサイアー8回)の仔です。1頭は1962年にアメリカで、もう1頭は1964年にアイルランドで生まれました。前者はメトロポリタンHや米シャンペインSなどアメリカで19戦14勝、後者はミドルパークS、英シャンペインSなど英愛で9戦5勝の成績を残しました。アメリカ生まれのほうは「ボールドラッドUSA」、2歳下のアイルランド生まれのほうは「ボールドラッドIRE」と表記し、区別されます。
ボールドラッドUSAを生産・所有したホイートリーステーブルは、グラディス・ミルズ・フィップスとオグデン・リビングストン・ミルズの姉弟によって設立・運営された競走馬のパートナーシップです。ボールドルーラーのオーナーブリーダーでもあります。一方、ボールドラッドIREを生産・所有した第8代グラナード伯爵夫人は、アメリカで誕生したときの名をジェーン・ビアトリス・ミルズといい、イギリス人と結婚して同国で生涯を送りました。前出のグラディス・ミルズ・フィップスとは“双子の姉妹”という関係です。
つまり、ボールドラッドUSAとボールドラッドIREは、いずれもボールドルーラーを父に持つだけでなく、それぞれのオーナーブリーダーが双子の姉妹なので、深い関係性があります。
ボールドラッドUSAは米最優秀2歳牡馬に選出された名馬で、その活躍を見たイギリス在住の第8代グラナード伯爵夫人は、同馬に敬意を表する意味で、2歳下の自家生産馬にあえて同じ名を授けました。したがって、2頭のボールドラッドは偶然同じ名が付けられたわけではなく、意図的だったというのが真相です。
ボールドラッドUSAは日本でも供用され、シンブラウン(阪神大賞典2回)、タイガーボーイ(セントライト記念)など多くの活躍馬を出しました。ボールドラッドIREは宝塚記念優勝馬パーシャンボーイの2代父、本邦輸入種牡馬シェイディハイツの母の父でもあります。
ちなみに、2023年に誕生した馬のなかには、イングリッシュマンと名付けられた2頭の著名馬がいます。1頭は米G1ウッディスティーヴンスSを勝ったイングリッシュマン(父マックスフィールド)、もう1頭は独G2ウニオンレネンを勝ったイングリッシュマン(父ナサニエル)。この2頭は素性を見るとまったく接点はありません。単なる偶然でしょう。