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一条ゆかり「『変わらない』は褒め言葉」人気の裏に努力とプライド

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2018年10月22日 11:32  AERA dot.

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写真「一条ゆかり展」内にある『有閑倶楽部』の原画コーナー。仕事中に愛用していた作務衣を着てほほ笑む一条ゆかりさん(撮影/写真部・加藤夏子)
「一条ゆかり展」内にある『有閑倶楽部』の原画コーナー。仕事中に愛用していた作務衣を着てほほ笑む一条ゆかりさん(撮影/写真部・加藤夏子)
『デザイナー』『有閑倶楽部』『プライド』──数々の話題作で、少女漫画に旋風を起こし、つねにトップを走ってきた漫画家・一条ゆかりさん。半世紀の軌跡と現在の心境を聞いた。

【写真特集】一条ゆかりさんデビュー半世紀 初の原画展

*  *  *
「少女漫画のクイーン」と呼ばれる一条ゆかりさんの原画展「一条ゆかり展 ドラマチック!ゴージャス!ハードボイルド!」が東京・弥生美術館で開催中だ。意外なことに、一条さんの画業をたどる原画展は今回が初めて。デビュー50周年を記念して、華麗にして緻密な原画が会期中の展示替え作品を含め約280点公開されることになった。

 自分を捨てた母親に復讐を誓う女性が主人公の『デザイナー』。年上の女性と少年との年齢差を超えた愛を描いた『砂の城』。これらの作品が少女を読者とした「りぼん」(集英社)に連載されていたとは驚きだ。

 かと思えば、『有閑倶楽部』はセレブ高校生6人が、さまざまな事件に巻き込まれる痛快アクションコメディー。一条さんならではの洒落たセンス、スケールの大きなエンターテインメントは、まさにゴージャスというほかない。

 ジャンルを超えた作品を手がけ、つねに少女漫画の最前線に立ち続けてきたプロフェッショナルは、今、何を考えているのか。

「老後を考えて建てた」という、都内の住宅地の瀟洒(しょうしゃ)な一軒家で、これまでの作家生活と人生哲学について尋ねた。

「家を建てるのは、これで4軒目。ようやく家を建てるコツがわかってきた気がします。老後に大事なのは友達と病院と駅の近くに住むこと。これまで暮らしていた家は処分して、新しい生活を始めました」

 中学3年生のときからペンで漫画を描き始めた一条さん。高校2年生で貸本漫画に作品が採用されたあと、「少女フレンド」「りぼん」の新人漫画賞に応募し、高校卒業後に上京。「りぼん」の専属作家としてのデビューだった。

 以来、綺羅星(きらぼし)のごとく作品群を生み出し続けてきた。

「私は6人きょうだいの末っ子で、貧乏な家庭で育ちました。子どもの頃、友達が人形で遊んでいても、私は買ってもらえない。だから自分で作るし、現実が好きじゃないので、妄想力が鍛えられました」

 学校の先生をしていた母は、漫画を「ポンチ絵」と呼んでいて、全く理解がなかったという。

「末っ子として可愛がられましたが、家の中での立場は弱い。迫害されたこともあります(笑)。とにかく早く独立して、漫画をゆっくり描ける環境を作りたかった。人に干渉されずに、一人で生きたいと思っていました」

 その一方で、「家が貧乏なことは屈辱だけれど、他にはマイナスの要素を持ちたくない」と、中学校では成績優秀だった。

「プライドが高かったんですね。性別や身長など、自分でどうしようもない条件は受け入れるしかないけれど、自分に実力さえあれば、状況は変えられると信じていました」

 尋常ならざる努力とプライド──この二つは、一条さんの作家活動におけるキーワードだ。

「私はずっと、女性も手に職をつけて自立すべきだと思って、作品を描いてきました。だって自立していないと、自分の人生をコントロールできないでしょう。デビューしたときから、自分はずっと漫画を描いていくんだと考えていました。それも一時的に人気が出て消えてしまうのではなく、自分の描きたい漫画を描き続ける、漫画の『匠(たくみ)』になりたかった。そのためにデビューしてからの3年間を使って、いろいろなテイストの作品を描いて、自分には何が似合って、何を描きたいのか探しました」

 トライ・アンド・エラーの3年間を過ごすつもりが、あっという間に人気漫画家に。一方で、「これが流行っているから描いたら?」といった編集からの提案には、言うことをきかなかった。

「編集者から見たら、わがままな新人だったと思います。デビュー当時、少女漫画は青年漫画に比べて、自動車や背景がいいかげんだと下に見られていたんですよね。青年漫画の編集者に面と向かって言われたこともあります。そういう時に私、キレたりしないんです。画力をつけるためにデッサン教室に通い、自動車やバイクは弓月光さんや新谷かおるさん、聖悠紀さんなど、男性漫画家にアシスタントをお願いしました。屈辱的な目に遭うと、燃えるんですよ」

 デビュー時の有名なエピソードをもう一つ。講談社では作家に読者の人気投票のアンケート結果を送っていると聞き、一条さんは自分にも「りぼん」のアンケート結果を見せてくれるように交渉した。

「編集からは『結果が良い時に教えてあげるよ』と言われたんですが、逆に悪い時にこそ教えてほしい、と頼みました。結果が良い時はそのまま続けても問題がないけれど、悪い時には、理由を考えて、軌道修正をしなくてはいけませんから。編集は驚いていましたが、プロとして自分の望むものを描いていくためには、自分がどんな位置にいるのか把握する必要があります。読者アンケートはうってつけの検討材料だと思いました」

 編集者や読者におもねるわけではなく、自分の位置を客観的に分析しながら、好きなものを描き、人気を得る。言うのは簡単だが、過酷な道だ。

「時代から取り残されたくない、と強く思ってきました。だから絵がうまくなるように努力してきたのに、『いつまでも変わりませんね』と言われる。なぜだろう?と思っていたのですが、時代の上昇気流に合わせて、自分を上げていくと『変わらないですね』と言われるんだな、とわかってきた。それまでの水準を保っているだけでは『落ちた』ように見える。『変わらない』は褒め言葉です」

 幅広いジャンルの作品を描いてきた一条さんだが、「メルヘンは嫌い」だそうだ。

「クマが話したり、森の木が踊りだすって、リアリティーを感じられません。でもファンタジーは好きです。女の子が『男になりたい』と思うのはメルヘンだけど、どんなに貧乏でも『大金持ちになりたい』と願うのはファンタジー。50歳の女性が『素敵な男性が現れないだろうか』と願うのは、可能性があるからファンタジーだと思う。そのかわり、王子様と出会い、ゲットするためには凄い努力が必要になる。まず、周りの人が協力したくなる感じの良い人になって、片っ端から集まりに出て、人を紹介してもらう。すごく魅力的な人になれば、何歳だって素敵な男性に出会えるでしょう。これこそファンタジーよ」

 現時点で、一条さんの最後の長編となっているのが、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した『プライド』だ。

「さて何を描こうかと迷った時に、初心に帰ろうと思いました。私にとっては、『デザイナー』が100%自分から生まれた作品で、タイトルを『デザイナー』にするか『プライド』にするか、迷ったんです。デビューから一貫して、女性の自立と『仕事におけるプライド』は私の大事なテーマでした。そこで、あらためて女性の生き方について描いてみようと思いました」

『プライド』は、資産家の令嬢・史緒と酒浸りの母親に育てられた萌という対照的な2人の女性が、オペラ歌手をめざす物語だ。

「『プライド』は、初めて読者のために描こう、と思った作品です。もちろん、それまでも読者を意識していたけれど、自分の好きなものをみんなも喜んでくれたらいいな、という感じでした。でも『プライド』では、今、人生の岐路に立って、悩んだり苦しんだりしている人に、この物語がなにか役に立ったらいいな、と考えながら描きました」

 本作の連載途中で、一条さんは緑内障を発症した。ペンで描くことがままならず、漫画制作をパソコンに切り替えている。この作品を描き終えた2010年から現在に至るまで、一条さんは漫画家を休業中だ。

「一条ゆかりは私が作った偶像です。私は一条ゆかりのプロデューサーであり、主演女優だった。一条ゆかりの看板を守るために、本名の藤本典子は奴隷のように生きて、すべてを捧げてきました。だからこそ、ここで一度、酷使してきた身体を健康にして、良い形で70歳を迎えたいと思うようになったんです。緑内障はもう治りませんが、腱鞘炎はよくなってきました。仕事があったから、私はちゃんとしなくちゃと思ったし、大変だったけれど、漫画は私に地位も名声も財産もくれました。漫画には感謝しかありません」

(ライター・矢内裕子)

※AERA 2018年10月22日号

このニュースに関するつぶやき

  • 東京の展覧会は普通行かないが今回別の催しで東京へ行ったんで観に行った、時流を超え変わらない凄さ流石。
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  • 有閑倶楽部、好きだったな〜。あれで酒の名前を覚えました(笑)。
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