【コラム】 生き続けるわたしたちへ こうの史代「この世界の片隅に」

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2009年08月09日 09:45  よりミク

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よりミク

 「この世界の片隅に」という漫画をご存知ですか。  舞台は第二次世界大戦中、昭和18年から21年(1943〜1946)の広島県・呉市。絵を描くのが好きな少女・すずを主人公に、「戦争と暮らす人々」を描いた物語です。広島市生まれのすずは、海軍に勤める四つ年上の青年・周作に見初められ、呉へ嫁ぎます。おおらかで、うっかり者のすずと、シャイで口下手な周作、優しい舅姑、ちょっぴり意地悪な義姉たちがおくる、ユーモラスな日々。各話には「18年12月」「19年4月」「19年6月」と年月がふられており、戦況の悪化とともに変化する市民の暮らしが、丹念に綴られていきます。
土間にたたずむすず「この世界の片隅に 上」表紙
土間にたたずむすず「この世界の片隅に 上」表紙
   煮炊き、洗濯に風呂焚き。電子レンジも洗濯機もなかった時代、生活を支えたのは二本の腕であり、手そのものでした。井戸から水を汲み、焚きつけを拾う。わずかな米や野草で献立をやりくりし、梅干しの種でダシをとる。絶え間ない家事に追われ、新妻として奮闘するすず。しかし暮らしを形作るのはもちろん、それだけではありません。淡い初恋、異性と初めて肌を重ねる夜、深まる愛……戦中にあっても変わることのない男女の恋情が、そっと描かれます。そこにあるのは、わたしたちと同じように、ささやかな毎日を送る人々の姿です。
山腹より呉の街を見下ろす「この世界の片隅に 中」表紙
山腹より呉の街を見下ろす「この世界の片隅に 中」表紙
 一見「平和」とも思える毎日。しかし、戦争の影は次第に濃さを増し、20年3月には350機の米艦載機が街を襲います。すずの小さな世界も、その火の粉を避けることは出来ません。忍び寄る「20年8月6日」。広島を変えた原爆は、すずの世界にどんな影響を及ぼすのか……  筆者は「夕凪の街 桜の国」(2004年 双葉社)で、原爆の惨禍、喪失から再生する広島の人々の強さを見事に描いたこうの史代。再び戦争というテーマに取り組んだこうのが、新たな舞台に選んだのは、「東洋一の軍港」呉でした。かつては戦艦大和が建造され、多くの海軍施設が集中していた街は、幾度も激しい攻撃に曝されます。火の海と化す世界、灰になる命。「原爆の落ちなかった世界の片隅」の戦火を、筆者は力強い筆致でえぐり出していきます。
屋根に寝ころぶすず「この世界の片隅に 下」表紙
屋根に寝ころぶすず「この世界の片隅に 下」表紙
 筆者は「戦争を描くという事」(平凡社)というコラムでこう記しています。  見聞きした戦争ものは大抵こんな結論に導かれる。「戦争で死んだ人達はこんなにかわいそうでした。戦争は愛している人やものを奪います。世界の人はみんな等しく素晴らしいのだから、だれ一人、戦争なんかで死なせてはいけないね」。それに対しわたし達は「不謹慎」という言葉に縛られて質問もせず、空気を読んで「わたしたちは恵まれています。こんなことは二度とあってはならないと思いました」と決まった答えを不自由になぞらされる事になる。しかし、残念ながら、この結論の魅力をそっくりそのまま下の世代に伝え続けるほどには、わたしはこれを理解出来ていない気がする。(「平凡倶楽部」より)  「原爆では描けない戦時、つまりだらだら続く戦災を描こう」その思いを糸口に、すずの世界は紡がれます。夕飯の支度や布団干しの合間にあった、サイレンの音や空襲。ふかした芋の匂い、つないだ手の温かさ。泣いて笑って「幸せ」と呼べる日々が、あの頃にもあったということ。  「この世界の片隅」に生きたすずの姿は、想像力に揺さぶりをかけ、わたしたちと過去を繋ぎます。そして、生きながらえて、記憶を引き継いだ人々のたくましさを祝福するのです。”生きることとは絶えず失い、変わり続けることだ。それでも、生は愛しい”と。  平和や幸せという言葉の意味を、それぞれの心に問いかける夏。  64回目の「8月15日」まで、あと6日です。(キキ/mixiニューススタッフ) ■この世界の片隅に(双葉社) 2007年2号〜2009年3号の「漫画アクション」にて連載。 ■こうの史代  1968年広島市生まれ。1995年「街角花だより」でデビュー。「夕凪の街 桜の国」で第9回手塚治虫文化賞新生賞・第8回文化庁メディア芸術祭大賞を受賞。好きな言葉はジッドの「私はいつも真の栄誉を隠し持つ人間を書きたいと思っている」。 ■平凡倶楽部(平凡社)  上記のURLで「戦争を描くという事」が全文読めます。こうのさんの言葉に、どうぞ、最後まで目を通してみてください。 ■画像提供:双葉社
「夕凪の街 桜の国」表紙 田中麗奈主演で映画化もされた
「夕凪の街 桜の国」表紙 田中麗奈主演で映画化もされた
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