『半分、青い。』美術デザイナーが語る制作の裏側 「必ずしも“再現”を重視するわけではない」

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2018年05月26日 06:02  リアルサウンド

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 永野芽郁が主演を務める連続テレビ小説『半分、青い。』(NHK総合)。舞台が岐阜から東京へと移り、時代はバブル真っ只中の1990年。鈴愛(永野芽郁)がアシスタントとして身を寄せる漫画家・秋風羽織(豊川悦司)の事務所「オフィス・ティンカーベル」の華やかな装飾がSNS上で注目を集めるなど、時代を反映した美術セットが話題となっている。


 リアルサウンド映画部では、1999年の楡野家を中心とした本作の美術セットを取材し、美術デザイナーの掛幸善氏にインタビューも行った。作品の舞台となる美術セットはどのように出来上がっているのか。その制作の裏側から、美術デザイナーとしての仕事まで、じっくりと話を聞いた。


【部屋の間取り・美術の配置が演出にもつながる】


ーー『半分、青い。』の世界観を作る美術セットはどうやってできているのでしょうか?


掛幸善(以下、掛):約半年にわたる朝ドラは最初から最後まで脚本が用意されているわけではありません。脚本が完成する前の全体プロットと、序盤の台本を読んでセットのイメージを作っていきます。年代と舞台となる場所を把握したら次はリサーチです。書籍や雑誌、映画・ドラマなどの調査から、実際に現地に足を運んで建物を見たり、昔から住んでいる方にお話を聞き、膨大な情報を頭の中に入れていきます。で、ここからセットのイメージや、建物の間取りを描いてみて、初めて演出部の方と相談という流れです。


ーー演出部とは具体的にどんな相談を?


掛:部屋の間取り、配置自体が演出にもつながっていきます。特に本作では主人公の鈴愛が片耳が聴こえないため、自ずと家の中で座る位置なども決まってくるんです。すると、カメラをどこに置くことができるかも考えないといけない。そういった要素を加味しながら、台本を基に入念に相談をしていきます。ある程度形ができたところで、大道具・小道具・造園と各パートに発注を行い、ようやくセットが建つのですが、撮影前・撮影中にも随時細かいところを調整していきます。例えば、暖簾の高さ。実際に役者さんがセットの中で動いてみて、初めてちょうどいい高さが見えてきます。なのである程度収録が進んで、初めて現場を離れることができるといった具合です。


ーー台本の情報からイメージして、セットを建てていくのは大きな責任がともないますね。


掛:「こう作ってほしい」と頼まれるだけなら簡単なのですが、こちらから提案をし続けないといけません。その点がやりがいでもあり難しさでもあります。もちろん、脚本の北川さん、演出部からの要望もあるので、常にコミュニケーションしながら作り上げています。


ーー難しかった要望はありますか?


掛:鈴愛が幼なじみの律(佐藤健)を笛で呼ぶシーンが劇中に何度もありますが、律の部屋が2階にあり、1階から鈴愛が見上げている構図にするのは難しかったです。部屋の中にいても、律が左で鈴愛が右になるような位置関係が作れるような間取りを意識していました。


ーー見学した楡野家も時代の変遷とともに少しずつ変わっているのが分かります。


掛:楡野家は古き良きものがずっとあるイメージなんです。だから、時代の変化とともに電化製品は徐々に変化しているのですが、それ以外の小物にはあまり変化を作っていません。多くの人がイメージする“実家”の雰囲気を大切にしています。楡野家の性格も考えて、物が変化するというよりは増えていくようにしています。80年代と90年代を見比べていただけると分かるのですが、つくし食堂の壁も黒ずんできていたり、カウンター席に黄ばみが出ていたり、微妙な変化を施しています。


ーーほかの朝ドラ作品にも登場していた「大瀬良たばこ店」の看板がSNS上で話題となっていました。意外な小道具が登場するときがありますが、狙っている部分も?


掛:確かに狙ってやっているときもなくはないのですが、ほとんどがたまたまです(笑)。「大瀬良たばこ」店は、『ひよっこ』『とと姉ちゃん』でも使われているのを目にしていたので、気付かれると思いながら入れてもいいかなと。


ーー視聴者の多くが当時を知っている近代は美術を作る上で難しさはありますか?


掛:戦前や戦時中よりも近代の方が難しい面があります。90年代は1、2年でものが大きく変化していくので、何を登場人物が使っているかでその性格も表れてしまいます。鈴愛が愛用しているラジカセは、1989年の時点ではもう古いものなんです。すでにCDコンポが出ています。でも、律の部屋にCDコンポがあっても、鈴愛の部屋にはラジカセのままがいいなと。


ーーあくまでドラマであるので、当時なかったものも入れていたりするのですか?


掛:視聴者が求めるものは、当時の“再現”なのかもしれないのですが、“フィクション”としての小物も少し入れています。具体的なところで言うと、バブル全盛の時代は洋服などはカラフルな色彩になるのですが、家電製品や家具などはどんどんモノトーン化しています。でも、その点を忠実に再現してしまうと画面全体が暗いものになってしまう。朝ドラを観て、視聴者の方には元気になってもらいたいと思っているので、あえて色味があるものを入れるようにしています。鈴愛の真っ赤なラジカセはその象徴ですね。


【ほかのどの作品よりも難しい朝ドラの美術】


ーーバブル期の雰囲気が詰め込まれているのが、現在(5月26日時点)の主要舞台となっている「オフィス・ティンカーベル」です。


掛:「オフィス・ティンカーベル」はトレンディドラマのセットを目指しました。この時代の建築物は、室内に螺旋階段があったり、妙な段差があったり、天窓があったり、壁がパステルカラーだったり、無駄なものが多いんです。当時活躍していた建築家が設計したデザイナーズマンションを参考にしました。


ーー台本には「鈴愛がオフィスを見て驚く」というト書きがあったので、どんな形になるか楽しみにしていました。


掛:台本のト書きには「無機質で、モノトーンか何か、センスのいい空間。リッチでクール」と書かれていたのですが、モノトーンにしたら面白くないと感じました。漠然とパステルカラーの壁というのは頭の中にあったので、一旦こちらでデザインして、北川さんに納得していただきました。後日・漫画家くらもちふさこさんも見学に来ていただいて気に入っていただけたので、非常に嬉しかったです。


ーー秋風ハウスの中庭も斬新なデザインですね。


掛:北川さんから何か面白いものありませんか?とプロデューサー経由で相談を受けました。僕がトピアリー(常緑樹や低木を刈り込んで作ったオブジェ)を提案すると、上がってきた台本には「プテラノドンのトピアリー」と書いてあって(笑)。


ーーあのプテラノドンはインパクトがありました(笑)。


掛:地面に足がついている動物などでは面白くない。高いところにいるというのがいいと。でも、インパクトが強すぎて、お芝居でみんなそっちを見てしまっていました(笑)。


ーーどんなときに一番手応えを一感じますか?


掛:脚本家の北川さん、出演者の皆さんから、台本のイメージ通りと言っていただけたときは喜びがありますし、構築した美術とお芝居がうまくマッチングしたときは手応えを感じます。あとは放送後に視聴者の方々から反応をいただいたときですね。


ーー朝ドラ特有の美術の難しさはどんなところにあるでしょうか?


掛:1週間にいかに無駄なく撮影ができるセットをデザインできるかという点です。15年間、NHKで美術の仕事をしていますが、朝ドラが一番難しいと思います。カメラの動きをセットが制限してしまうと、撮影が破綻してしまう可能性があるわけです。すると予定通りに撮影ができない。その責任は何よりも大きいと思います。


(取材・文=石井達也)


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