■きっと誰もが身に覚えのある、一筋縄ではいかない兄弟・姉妹の確執
兄弟・姉妹にまつわる確執と言えば、年明け前「富岡八幡宮」で起きた凄惨な事件も記憶に新しいですが、かつては仲が良かった兄弟・姉妹も、遺産相続などを巡って関係が一気に泥沼化することが多いといった話はしばしば耳にします。
家族構成や年齢差にもよりますが、一般的には兄弟・姉妹という間柄にあると、物心がついた時から15年程度は毎日一緒に過ごすことが多いこともあって、お互いの良いところも悪いところも知り尽くしているために、相手が一番言われたくない言葉を正面からぶつけて傷つけてしまったり、でも他人にけなされると急にかばいたくなったり……。決して一筋縄ではいかない複雑な感情と向き合いながら育ってきた、という人もきっと少なくないはず。
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実は先日、そんな兄弟・姉妹の奇妙な関係を、おかしくも壮絶な愛憎劇に昇華させた人間ドラマを試写室で拝見したのですが、次から次へと繰り出される兄弟・姉妹の「あるある」ネタがあまりにリアルすぎて、映画の登場人物と一緒に憤慨したり、嫉妬したり、泣いたり、笑ったり……と、すっかりその世界に引き込まれてしまったんです。
■見た目も性格も正反対の兄弟・姉妹の壮絶な愛憎バトルを描いた映画「犬猿」とは?
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窪田正孝×新井浩文×江上敬子×筧美和子がにらみをきかせるインパクト大のビジュアルの真ん中に鎮座するのは、『犬猿』という2文字。一見異色の組み合わせとも思える4人が、見た目も性格も正反対の兄弟・姉妹に成り切り、タイトルさながら愛憎溢れる壮絶バトルを繰り広げるというだけで興味をそそられますよね。しかも昨年『ヒメアノ〜ル』で日本映画界を震撼させた吉田恵輔監督のオリジナル脚本というから、期待値も上がってしまいます。
二人姉妹の長女である私にとって、冒頭からエンディングまでずーっと目を離すことが出来なかったのが、お笑いコンビ・ニッチェの江上敬子さんが演じる「幾野由利亜」でした。
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ⓒ2018『犬猿』製作委員会
そもそも、ニッチェの江上さんが主演の一人!? というだけでも興味津々だったのですが、本格的な映画出演は初めてとは思えないほど、堂々たる演技を披露しています。それもそのはず、実は江上さん、相方の近藤さんともども日本映画学校(現・日本映画大学)出身で、もともとは女優志望だったというではありませんか! しかも、本作の「由利亜」役は、吉田監督が当初から江上さんを想定して「あて書き」したというから驚きました。
こうなったら、ぜひとも念願の本格女優デビューを果たした江上さんに、ネタと演技の違いや、コンプレックスとの向き合い方、ご自身の兄弟・姉妹に関するプライベートなことまで、「あれこれ聞いてみたい!」ということで、お話を伺ってきました。
■「よくぞ私を見つけてくださいました!」と監督に感謝したい
──江上さんは映画学校の先生のアドバイスを受けて、芸人に転向されたそうですね。芸人としてここまでキャリアを築き上げられたいま、満を持して「女優デビュー」された感想は?
実は、芸人になってから13年間、お芝居は全くやらずにいたので、「女優として嬉しい」みたいな感覚はちょっと薄れちゃったんですよね。
──「夢が叶った!」という感覚とはちょっと違うんですか?
すっごく嬉しいなとは思いました。でも、夢が叶ったというよりは、吉田監督が私を見つけてくれて、私にオファーをしてくれたっていう気持ちが、ものすごく嬉しいし、ありがたいし、仕事としてしっかりとやり遂げなければ、という気持ちの方が大きかったですね。
──最初の5年間くらいは女優に対して未練があったそうですが、一旦スパッと切り替えられて、芸に専念されて。そういった意味で、今回はプレッシャーも相当あったんじゃないんですか?
脚本を読んだ時に、私、めちゃくちゃ泣いちゃったんですよ。由利亜の気持ちがわかりすぎて。だから、台本を読んで、逆にプレッシャーがなくなったというか。「やりやすいだろうな」って思ったんですよね。だって、この人はコンプレックスの塊じゃないですか。私自身ものすごくコンプレックスに悩まされて生きてきたので、もう浮かんだんですよ。由利亜が、普段どんなふうに他の人たちに接せられてるか。特に男の人に、妹とどんな風に差をつけられて生きてきたのかって。
台本に描かれてない部分まで想像しちゃって。つらいな、つらいなって思って読んでたんで。それをそのまま自分が味わってきたような屈辱とか、嫉妬とか、恨みっていうのをそのまま表現したというか。演じたっていう感覚は、あまりないんですよね。
あ、でも藤山直美さんに似ててよかったなって、プレスシートを読んで思いました(笑)。藤山直美さん、私も大好きで、一度共演させていただいたときにも、「似てるって言われるんや、あんたに」って言っていただいて。『顔』っていう映画も大好きですし。
──江上さん扮する由利亜と、筧美和子さん演じる真子の姉妹バトルは壮絶でしたが、演じてみていかがでした?
ⓒ2018『犬猿』製作委員会
真子はずるいんですよ。だって、顔の可愛さとかって生まれ持ったものだから、ずるいじゃないですか。でも由利亜はすごい努力してるんですよ。他の部分でカバーしようって思って、相当頑張ってると思いますよ。料理だった頑張ってるし、頭だっていいでしょうしね。でも、やっぱりひねくれちゃってるから、あんなふうにしか表現できないんですよね。きっと恋愛もまだちゃんとできてないでしょうから。だから、和成みたいな心無いイケメンに惹かれちゃうんですよ!
──ずいぶん実感がこもってますね(笑)
私ももう、本っ当に昔そうでしたもん!「あのねぇ、あんたゼッタイに、あの人はムリだよ」って周りに言われても、好きになっちゃったらもう、その人のことしか見えなくて。「それでもいい!それでもいい!私が好きなだけでいいんだよ!」みたいな(笑)。だから由利亜の気持ちがわかりすぎて。
でも、由利亜は偉いんですよね。遊園地に自分から誘ってるじゃないですか。頑張ってる。すげー頑張ってると思って。そういうのにも泣けてきますよ。あんな勇気はなかなか出せないですよ。
──江上さんご自身はご家族の仲がとても良い感じがブログからも伝わってきますが、実際には映画と同じようなことってありました?
私、全然似てない姉と、そっくりな弟がいるんですが、いまでこそいろんな話ができますけど、昔はそんなに関わらなかったですね。兄弟だけど、他人というか、ちょっとドライな部分は昔から持っていたような気がします。だから、映画みたいに声を荒げて兄弟喧嘩するようなことって、実はほとんどなかったんです。弟とも、この前初めて一緒にお酒を飲みに行ったんですよね。(ブログ参照)
どちらかというと姉の方がすごくまじめで優等生だったので、自分を抑えて抑えて、それがある日ささいなことで爆発して、私に物をバーっと投げて、それが当たって血が出たっていう記憶はあるんですけど(笑)。
ⓒ2018『犬猿』製作委員会
──じゃあ逆に妹の立場もわかるというか。
そうなんですよ! どっちもあるんですよ。由利亜の容姿の部分のコンプレックスとか、恋愛に対するコンプレックスとかはすごく共感できるんですけど、実際には私の方が自由奔放な妹だったので、姉はすごくいやだったんだろうな。自分がしっかりしなきゃって、姉も思い続けてきたんだろうなって思いましたね。私、自分に真子みたいな妹がいたら、気が狂ってるんじゃないかな。ぜったい嫌ですよ。私だったらもっと早めにキレてるし、もっと早めに手が出てると思うんですよ。真子に「あぁ、(和成と)付き合ってるよ」なんて言われたら。きっと由利亜は長女だから我慢できたんじゃないかな。
──江上さんお得意の料理のシーンも素晴らしくて。新井浩文さん演じる卓司のために、由利亜がチャーハンを作ってあげるときの、フラインパンのあおりもそうですし、後に続くシーンでの掛け合いというか、あの独特な間合いは、この二人じゃなきゃ成立しないという感じがひしひしと伝わってきました。
なんか化学反応起きてますよね。新井さんと私が同じ画面の中にいるっていうのがもう変ですし(笑)。なんかほっこりしますよね。私もあのシーン、メッチャ好きなんですよ。
──いやぁ、あのシーンは映画史に残る名シーンですよ。
あはは。でも、空気感が絶妙ですよね。緊張とユーモアの狭間というか。あれはでも、新井さんのキャラクターですよ。コワモテなのに、女には優しいんだ、みたいな(笑)。
ⓒ2018『犬猿』製作委員会
──今回、監督の演出を受けて役柄を演じるにあたり、コントと違って苦労した点などありますか?
結局コントと映画の最大の違いって、「笑かすのか」、「笑かさないのか」の違いというか、観てる人をどういう感情にさせるのかの違いだと思うんですよね。自分たちがいつも自虐ネタでやってるのは、「笑かすためのブス」なわけなんですが、今回のは「笑かしちゃいけないブス」じゃないですか。だから、そこで苦しみましたよね。どうしても、顔がね、動いちゃうんですよ、私。コントでも怒ってる芝居が多いんですけど、どうしても、目をね、「あ?」ってむいちゃうんですよ。これがね、よくないと。監督は。「江上さん、引き算してくれ、引き算!」「引いて、引いて、引いて」「スミマセン!スミマセン!スミマセン!」って。そこはちょっと苦労しましたね。
──江上さんご自身は、感情をあらわにできるタイプですか?
それがぁ、私、素はどちらかというと由利亜なんですよ。普段はまったく顔を動かさないし、家で旦那といる時も、旦那がずっとしゃべってて、「うんうん。あ、良かったね。うんうん」っていう感じなんです。だから結局、カメラが回ってるっていう意識が顔を作らせるんだなって。私、普段怒った時に目をむいたりしないもんなって。
──映画の中には、兄弟姉妹の「あるある」が沢山出てきますが、容姿のコンプレックスを抜きにしても、普遍的に誰もが共感できるやりとりは、どのあたりにあると思われますか?
ⓒ2018『犬猿』製作委員会
やっぱり、長女・次女とか、長男・次男っていう立場の違いっていうのはありますよね。
──親との関係とか、家をどうするかとか。
そうそう。そこはすごい「あるある」なんじゃないですかね。「お姉ちゃんが全部やっちゃうし」とか。「自分だってやりたい気持ちはあるのに」とかね。
──卓司と和成が親孝行をする場面でも、兄弟同士の何とも言えない微妙な感情が描かれていますよね。
繊細ですよね。細かくいろんな場所に散りばめられていて。新井さん演じる卓司が、一攫千金で大金持ちになって、親にマッサージチェアを買ってあげる場面があるんですが、あれも「メッチャあるある!」だなぁと思って。親、全然喜んでないし(笑)。「こっちの座椅子の方がいいのよ〜」みたいな。「いや、こっちはこんな金出してやってんだろ!」って。
──マッサージチェアをプレゼントした経験がなくても、「わかる!」ってなりますよね。
親って、メッチャ、あんな感じですよね。私もやっとお金をもらえるようになって、家族を高級焼肉店に連れていったのに、「椅子がどうの」とか「脂は苦手だから、1枚でいいわ」とか、「え!?ちょっと、いくらすると思ってんの!?」って、思わず泣けてきちゃって(笑)。
ⓒ2018『犬猿』製作委員会
──映画の中で、由利亜が傷つき落ち込むシーンがありますが、江上さんご自身は、いままでコンプレックスとどう向き合い、そういった負の感情とどのように対処されてきましたか?
う〜ん。やっぱ、私は次女なんで、甘え方がたぶん上手だと思うんですよね。私、メッチャ友達に話します。「聞いて、聞いて!こんな嫌なことあった、飲み行こ!」って、言えるんですよ。でも、由利亜はそれが出来ないんですよね。私が一番心配だったのは「由利亜には友だちはいるんだろうか」っていうこと。私との違いがあるとすればそこかもしれない。
──江上さんご自身は、周りの人が居たからこそ、やってこられたという部分があるんですね。
本当にそうです!ダメな部分を指摘されたりして、腹が立つこともあるんですけど、やっぱり時間が経つと見つめ直せるというか。「確かにな〜。私もこうだったな」って。「じゃあ、もうちょっとこうしてみようかな」っていうことが多々あったので。昔の自分と今の自分だったら、確実に昔の自分の方は嫌いですもん。今の自分から見たら、嫌な奴だと思います。
──相方の近藤さんともそういう関係性が築けているということですか?
もう、まさに! 相方は、相方であり、仕事のパートナーでもありますけど、やっぱり友人でもあるので、いい関係だと思いますね。
──時には、張り合ったりしたことも?
昔はありましたけどね。仕事がうまくいってない時は、どうしてもぶつかりがちでしたけど、やっぱり苦しい時期を一緒に乗り越えてきた同志なので、最近はもう穏やかなもんですよ。
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■映画情報
『犬猿』
ストーリー
弟の金山和成(窪田)はまじめでイケメンの印刷会社の営業マン。ある日、彼のアパートに、強盗罪で服役していた兄の卓司(新井)が刑期を終えて転がり込んでくる。卓司は和成とは対照的に凶暴な性格でトラブルメーカー。キャバクラで暴れたり、弟の留守中に部屋にデリヘルを呼んだりとやりたい放題。和成はそんな卓司に頭を抱えるが、気性の激しい兄には文句のひとつも言えない。一方、親から引き継いで小さな印刷所を切り盛りする姉の幾野由利亜(江上)は、勤勉で頭がよくて仕事はできるものの、太っていて見た目がよくない。得意先の和成に仄かに思いを寄せる彼女の天敵は、頭は悪いけれどルックスとスタイルの良さから芸能活動もしている妹の真子(筧)だった。複雑な感情を抱くこの二組の兄弟・姉妹の出会いを境に、それぞれの関係はさらに大きく歪みはじめる……。
2017年/日本/カラー/ビスタ/103分
製作:「犬猿」製作委員会
製作プロダクション:スタジオブルー
配給:東京テアトル ©2018「犬猿」製作委員会
ⓒ2018『犬猿』製作委員会
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