沖縄高校野球の2強を追う創部10年目のKBCはプロも輩出1学年の部員数約20人にこだわる理由は?

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2025年02月08日 07:40  webスポルティーバ

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群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(4)
KBCの10年(後編)

前編:「奇跡の12人」から始まったKBCの10年はこちら>>

 興南と並び"沖縄二強"のひとつに称されている沖縄尚学と、創立1年目で謎に包まれた部分が多いKBC。どちらに進学するかとなれば、おそらく前者に進む中学生が多いだろう。ただし、それが"正解"につながるとは限らない。

「オリックスに行った宜保(翔)くんは、ウチに来てほしかったけど、KBCに行ってよかったと思います」

 そう語るのは、沖縄尚学の比嘉公也監督だ。

【出場機会が多いという強み】

「できたばかりの野球部で、自分を見失わずにやるべきことをやる。おそらく高校での3年間でそれを身につけたから、プロに行っていると思います」

 将来、飛躍することを見据えた場合、自分はどんな環境に身を置くべきか。簡単に出る答えではないからこそ、熟慮が必要になる。

 中学時代から野球選手として有望視され、生徒会長も務める宜保は学業も優秀だったという。ではなぜ、進学先としてKBCを選んだのだろうか。声をかけた現KBC監督の神山剛史氏が明かす。

「宜保は(沖縄尚学に進んだ)中学校の先輩から、『頑張ったらベンチに入れるよ』と言われ、『だったらKBCに行って、自分の力で倒せばいい』とウチに来たんです。そういうことに価値を見出してくれて、最終的にプロ(オリックス)にまで行くことができました」

 甲子園を狙える強豪校に進むのがエリートコースのひとつではあるが、出場機会を多く得られる新設校で経験を積むというのも魅力的だ。そう考えて宜保と同じタイミングでKBCに入学したのが、現在、沖縄電力で捕手としてプレーする石原結光だった。

「一期生が1年生ながらけっこういい結果を残していましたし、チームが新しいので多少不安はありましたが、試合に出やすいし、チャンスもある。午前に授業を受けて、午後から野球というのも、KBCに行きたいと思った理由のひとつでした」

 石原は宜保と一緒に入学した2016年秋に1年生大会で優勝すると、3年時には春季大会で興南を破って初優勝。九州大会でもベスト4まで勝ち上がった。

「メンバーもけっこう集まって、いい思いができました。伝統があまりないので、縛られることもなく、自分がしたいことというか......のびのびできました(笑)」

【野球をやりながら資格も取得】

 現在、創部から10年目。約200人の全校生徒のうち60人が野球部員だ。寮はなく、沖縄県内の中学生にしか声はかけていないが、昨夏ベスト4に進出したこともあって県外から「来たい」と興味を示す中学生も増えているという。

 石原が言うようにKBCの大きな魅力は、野球に多くの時間を費やせることだろう。那覇市にある学校で午前中に授業を受け、糸満市の南浜公園多目的広場にある球場にバスで30分弱かけて移動し、14時から19時まで全体練習を行なうのが基本的な流れだ。

 糸満市近郊の部員はそのまま帰宅できるので、居残り練習をする者もいる。那覇市近郊の部員は全体練習後にバスで戻り、学校の施設でトレーニングをして帰ることも可能だ。

 新型コロナウイルスの猛威が世界を包んだ2020年、神山監督は父の昂(現・総監督)からチームを引き継いだ。その際に部の方針として再確認したことがある。

「卒業後は結局、野球をしていない人生のほうが長くなります。だったら好きな野球もしっかりできるけど、勉強や資格もしっかり取ろう。授業態度が悪かったら試合も出られないし、練習もできない。当たり前のことをしっかりやろう、というところからスタートしました」

 KBCにやって来る多くの部員は、決して勉強が得意ではない。それでも高校に野球部を設ける以上、学業に励むのは不可欠だ。では、何を学ぶべきか。

「普通の勉強だけなら、どこの学校に行っても一緒です。国語、数学、理科、社会も学ぶけど、KBCに来たらこれができるよっていうので資格を取れるコースを設けています」

 パソコン検定や表計算(Excel)、文書作成(Word)を授業で学び、希望者は英検や漢検、日商簿記を取得する。先述した沖縄電力の石山はKBCでパソコン検定3級を取得し、現在の職場で生きているという。

 商業科の教員でもある神山監督は、"文武両道"の定義から見つめ直した。そうして4、5年前に立ち上げたのが、公務員特進クラスだ。

「上場企業が少ないからか、沖縄では公務員になりたい子が多くいます。そこでKBCの文武両道として、公務員になる勉強をして1次試験を受かるレベルまで行こうというクラスを立ち上げました」

 野球部は全員スポーツコースに所属し、そのなかに公務員特進クラスがある。朝9時にショートホームルームが始まる前、希望者は8時すぎから早朝講座で勉強する。1年生の野球部員20人のうち、9人が受講している。

「野球の時間を減らすことも考えましたが、最近は高校の部活動でやめる子も多くなっているので、集大成の高校野球をお腹いっぱいさせたいと考えました。部活はみんな、2時からできるカリキュラムをそのままにしています。そこは県立高校と異なるように、マーケティングで経営面の差別化を図りたい」

【1学年約20人の部員数にこだわる理由】

 学校は生徒数を増やしたいと望むが、神山監督は1学年約20人という部員数にとどめている。全体練習を全員で行ない、練習試合で等しくチャンスを与えるためだ。

「よく『挑戦して、失敗しなさい』って言うんです。失敗することで、自分のなかに基準が生まれるので」

 たとえば土曜の練習試合でうまくいかなかった場合、「次にチャンスをもらえたら、どういう行動をすればいいのか考えて報告しなさい」と伝える。改善が見られた場合に限り、翌日もチャンスを与える。現在は2学年で45人という部員数なので、そうした起用も可能になる。神山監督が続ける。

「あとから聞いたら、『部員数が限られてチャンスをもらえるので、KBCを選んだ』という子もいました。最初はうまくいかなくても、もう一度チャンスをあげた時にうまくできたら、その子は次からちゃんとやるようになる。失敗をどう生かすかは、大人になっても必要なことだと思います」

 少子化が進むなか、高校生の獲得競争は激しさを増すばかりだ。どうすれば入学先に選ばれ、卒業までに必要な学びの機会を提供できるか。神山監督は大卒後に経営関係で働いた経験も踏まえ、マーケティングの観点から工夫を凝らしている。

「座って授業を受けているだけで、『本当に頭に入っているのかな?』と思うこともあります。はたして、ウチの生徒たちのためにこれまでの常識でいいのか。大人も一回疑問を持たないといけないと思い、『実学もやろう』と職員会で話しているところです。もちろん『高校生だから勉強しないといけない』という意見が大半だと思うし、否定はしません。同時に、もっといろんな体験をできるようにしても面白いと思います」

 母体が専門学校ならではのカラーを生かし、かつ部活動に多くの時間を割けるような環境を整え、KBCには毎年約20人の野球部員が入学している。2022年のドラフト会議では外野手の大城元が巨人に育成7位で指名され、2人目のプロ野球選手が誕生した。

 2020年夏、コロナ禍の独自大会で決勝に駒を進めた。甲子園のかかる舞台ではなかったが、確実に一歩ずつ進んでいる確信が、神山監督にはある。

 そうして昨夏、KBCは3度目の沖縄ベスト4に進出。だが、沖縄に"新風"を吹かせている感覚はないという。

「ベスト4の顔ぶれを見たら新しい学校が入っているけど、それでも夏の甲子園に行っているのは興南、沖縄尚学です。今の立場で言うと、まだ変化は起こせていない。跳ね返されている感じがします」

 興南や沖縄尚学には、長い時間をかけて積み重ねてきた伝統がある。対して、KBCはまだ10年にすぎない。ベスト4には届くようになったが、その一歩を越えるために必要なものを神山監督は模索中だ。

「その一歩が次の夏になるために今、練習しています」

 全国で台頭する多くの新鋭校にとって、難しいのが"あと一歩"だ。KBCが目指す場所に届いた時、ようやく世間の偏見は薄まり、新しい常識を広げられるかもしれない。

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