劇団四季ミュージカル化 藤田和日郎『黒博物館ゴーストアンドレディ』はどんな作品? 歴史や伝記好きを魅了する理由

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2025年02月15日 11:10  リアルサウンド

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ミュージカル化で話題の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(講談社)

  藤田和日郎の「黒博物館」シリーズが面白い。『うしおととら』や『からくりサーカス』の作者が描く漫画だから面白くて当然だが、ナイチンゲールやメアリー・シェリーといった実在の人物を登場させ、不思議な出会いを絡めてその生き方を描いたところが、歴史好きにも伝奇好きにも響いた模様。『黒博物館 ゴーストアンドレディ』は劇団四季がミュージカル化して上演し、5月に名古屋、12月に大阪での上演も決まって作品への注目を誘っている。


◾️主人公はナイチンゲールと幽霊? 女性ファンにも好評の傑作


 『長いこと漫画を描いてきて、口を「え?」の発声のカタチのまま固まることがあるとは思いませんでした』。


 劇団四季によって『黒博物館 ゴーストアンドレディ』がミュージカル化されるに当たって藤田和日郎が寄せたコメントだ。『うしおととら』も『からくりサーカス』も舞台になっているが、劇団四季という超メジャーな劇団が、どちらかと言えば女性の観客が多いミュージカルにすると聞けば、原作者でも驚いて不思議はない。


 『ゴーストアンドレディ』には、英国のドルーリー・レーン王立劇場で、公演を行おうとしている劇団のリハーサルに現れ消えるという伝承を持つ「灰色の服の男」が登場する。グレイと名乗ることになるこの幽霊が、「クリミアの天使」として歴史に名を残すフロレンス・ナイチンゲールと出会い交流する様子が描かれていく。


 美女と怪人といった取り合わせなら、有名な『オペラ座の怪人』があり『美女と野獣』もあってミュージカルになっても不思議はない。ただし、『ゴースト&レディ』は立場を越えて結ばれるような甘い恋の物語とは違った展開が待ち受けている。ナイチンゲールがグレイを連れて乗り込んだのは、瀕死の傷病兵であふれて死臭が漂ってきそうな戦場の病院。煌びやかさとは遠い世界をどのようにミュージカル化するのか? 作者でなくても興味津々だ。


  結果は、盛況のうちに東京公演を終え、名古屋と大阪への巡回も決まったほど。ナイチンゲールの情熱と使命感にあふれた強烈な生き様がとことんドラマティックで、そんなナイチンゲールが「絶望」したら命をもらうと言いながら、寄り添うようにして助け励ますグレイとの関係が、深い情愛を感じさせるラブストーリーとして心を刺激したからだろう。『からくりサーカス』でも才賀勝としろがねとの関係に情動を刺激されない訳ではない。


  それでも印象としてはお坊ちゃまとお姉さんといった雰囲気。「週刊少年サンデー」に連載された作品である以上、読者が自分を仮託する少年の感情に沿った関係性になったとも言える。『うしおととら』の場合は、少年が強大な存在を味方にして悪と戦うという、より少年漫画らしさが炸裂したバトルストーリーになっている。


  こうした少年向けの漫画から離れ、青年漫画誌の「モーニング」で連載されたことが、「黒博物館」を藤田作品にあって伝奇で同時に伝記でもあり、大人の恋情も描かれたものという新境地をもたらしたのかもしれない。その成り立ちについて藤田は、『黒博物館 図録』(講談社)の中で、編集者からバチカン市国にある奇跡調査委員会について話題を振られ、昔の西洋へと興味を巡らせ、有名事件の資料が揃っている「黒博物館」のことを知って物語を構想し始めたことを話している。


◾️絶望に立ち向かうナイチンゲールが熱い


 「切り裂きジャック」のような猟奇的な事件に関する著作も多い仁賀克雄の『ロンドンの怪奇伝説』からも刺激を得て、黒博物館の女性学芸員が奇怪な展示物にまつわる物語を聞くというスタイルを作り出し、そこに「バネ足ジャック」や「灰色の服の男」といった伝承を取り込み、実在の人物を絡めて描く「黒博物館」シリーズのフォーマットが生まれていった。少年漫画誌ではペダンティックだと思われ読者から敬遠されそうな題材でも、年齢の高い青年誌なら取り上げられるといった判断があったのかもしれない。


  以後、『黒博物館 スプリンガルド』でヴィクトリア朝時代の英国を舞台に、「バネ足ジャック」にまつわる事件を描き、歴史の裏側にもしかしたらあったかもしれない数奇な出来事への関心を抱かせた。そして、『黒博物館 ゴーストアンドレディ』でナイチンゲールという、歴史的に有名すぎるがゆえに漫画の主人公にはしづらかった女性を、「灰色の服の男」と合体させてその偉績を改めて世に知らしめた。


病気やケガで苦しんでいる人を救うという使命のために一生を捧げた女性が、行く先々で物資の不足に悩まされ、妨害も受けながら知恵と行動力で乗り越えていく姿は、読む人に強い感動を与える。そうしたストーリーが藤田の圧倒的な画力で描かれることで、戦場や病院の悲惨さがハイパーリアルなビジョンとなって浮かび上がり、それほどまでの状況で「絶望」しなかったナイチンゲールの強さを印象づける。


◾️飄々とした謎の幽霊・グレイの戦闘シーンにも注目


 ナイチンゲールの活躍に寄り添うグレイが、キザでひねくれて横暴な態度を見せながらしっかりと彼女をサポートし、邪魔をしてくる幽霊や生き霊といった存在を相手に戦うカッコ良さにも惹かれてしまう。藤田の画力は、そうしたグレイの戦闘の凄まじさもしっかりと描ききる。バトル描写ならお手の物だけあって、躍動感もスピード感も凄まじい。それもただ上手いだけでなく、強い想いと強い筆力が乗っていて読者を圧倒する。


 NHK Eテレで放送された『浦沢直樹の漫勉』に登場した藤田が、番組の中で描いていたのが『ゴーストアンドレディ』でグレイが仇敵のデオン・ド・ボーモンと戦う場面だった。藤田はそこでデオンを描いてはホワイトで塗りつぶし、また描いてはホワイトを塗り重ねるペン入れの様子を見せて、執念に取り憑かれた幽霊ならではの目を持つボーモンの姿を浮かび上がらせた。『黒博物館 図録』にはその原稿が掲載されていて、厚く塗られたホワイトが彫刻作品のような厚みをキャラに与え、存在感を際立たせていることが分かる。


  『ゴーストアンドレディ』に続く『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』に登場するエルシィという“フランケンシュタインの怪物”も、白い目が何も塗られていない原稿用紙の白ではなく、ホワイトで塗り重ねられて白くされたものであることが原稿から分かる。白いものが存在するなら白で描く。一筆一筆に込めた思いが漫画の登場人物たちに生きているかのような雰囲気を与えているのかもしれない。


 『三日月よ、怪物と踊れ』にも、古典小説『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーという実在した人物が登場する。すでに『フランケンシュタイン』発表から23年が経って、大学に通う息子のために雑文を書いて必死に生計を立てているシングルマザーとしての日常に、現代の働く女性たちの苦労が重なって見える。


 そのメアリーが、踊りながら人を殺める女性ばかりの暗殺者集団〈7人の姉妹〉のひとりの死体に、村娘の頭をつないで作られたという“人造人間”の女性・エルシィを従えるよう
な形になって、ヴィクトリア朝に迫る危機に向き合っていくというのが『三日月よ、怪物と踊れ』のストーリー。メアリーとエルシィの関係を通して、今以上に女性が生きづらかった時代を懸命に生きる女性たちの強さが感じ取れる。


  こちら少年漫画誌に掲載の作品では難しいテーマで、『ゴーストアンドレディ』と同様に女性ファンにアピールするところもありそう。劇団四季なり宝塚なりバレエ・カンパニーによって舞台化され、〈7人の姉妹〉とエルシィが激しく踊りながら戦う様子を見てみたいところだ。


(文=タニグチリウイチ)



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