
デンマーク生まれの童話作家アンデルセンの『人魚姫』を原作にしたのが、ディズニー映画『リトル・マーメイド』(2023年)です。1999年に公開された劇場アニメ版の実写化作品になります。
アニメ版の主題歌にもなった「アンダー・ザ・シー」は、海の世界が自由に満ちていることを歌った名曲として親しまれています。CGを駆使した海洋生物たちが群舞するシーンは、観る人をうっとりさせるものがあります。竜宮城を訪ねた浦島太郎の気分が楽しめます。
ミュージカルシーンの華やかさが人気を集める一方、世界各地でSNSが大荒れしたことが知られています。3月21日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で地上波初放映となる、実写版『リトル・マーメイド』の問題点に触れたいと思います。
人間の王子さまに恋をした人魚姫の運命は?
主人公となるのは、海の世界を治めるトリトン王(ハビエル・バルデム)の末娘である人魚姫のアリエル(ハリー・ベイリー)です。好奇心旺盛なアリエルは、陸の世界に興味津々。海難事故から救ったエリック王子(ジョナ・ハウアー=キング)に好意を寄せるようになります。
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トリトン王の妹である魔女のアースラ(メリッサ・マッカーシー)に頼み、アリエルは人間の姿に変えてもらいます。ただし、陸に上がったアリエルは言葉をしゃべることはできず、しかも3日間のうちにエリック王子と「真実のキス」をしなくてはいけないという契約を結んでしまうのでした。
人間になったアリエルは、エリック王子と再会し、お互いに惹かれ合うようになります。ところが、腹黒いアースラの企みによって、2人の仲は引き裂かれてしまうのでした。さらに、アリエルだけでなく、海の世界全体が危険にさらされてしまいます。はたして、アリエルの運命はいかに……。
キャスティングをめぐり、SNSが大荒れ
ストーリーは劇場アニメ版とほぼ同じですが、キャスティングが賛否を呼びました。人魚姫であるアリエルに、実写版では若手俳優のハリー・ベイリーが起用されています。グラミー賞にもノミネートされたことのあるR&Bシンガーでもある、アフリカ系米国人です。
北米ではヒットした実写版『リトル・マーメイド』ですが、中国では不発に終わりました。また、韓国では「私のアリエルじゃない」という投稿がSNSに次々と投稿され、炎上騒ぎが起きています。中国や韓国では、人魚姫=白人女性というイメージがとりわけ強かったようです。
ハリウッドでは映画の主人公を白人のスター俳優が独占する時代が長く続き、欧米以外の地域を舞台にした作品でも、それは変わりませんでした。アフリカ系、中南米系、アジア系の役も白人俳優が演じることは「ホワイトウォッシング」と呼ばれ、多様性を求める現代社会では反省すべき課題となっています。アフリカ系のスーパーヒーローが活躍する『ブラックパンサー』(2018年)やアジア系俳優がメインキャストを演じた社会派コメディ『クレイジー・リッチ!』(2018年)がハリウッドで誕生し大ヒットを記録したのにはそうした背景がありました。
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ポリコレを強く主張するディズニー社
ディズニー社も2022年に「ディズニー作品に登場する主要キャラクターの50%を“公平に代表されていない集団”から選ぶ」と公言しています。ハリー・ベイリーがアリエル役に起用されたのには、そんな事情がありました。
こうしたディズニー社の姿勢に、抵抗を感じる人たちもいます。ディズニーの実写映画『ピノキオ』(2022年)では美しい妖精ブルーフェアリーを、アフリカ系英国俳優のシンシア・エリヴォが演じたところ、やはり反発する声が挙がりました。「ホワイトウォッシング」の逆、「ブラックウォッシング」ではないかというのです。
SFアニメ『バズ・ライトイヤー』(2022年)はメインキャラクターの1人が同性愛者という設定ですが、同性愛を認めない中国や中東では問題視され、劇場未公開となっています。また、ディズニーの最新実写映画『白雪姫』の主演女優レイチェル・ゼグラーは、母親がコロンビア系であることが知られています。
生涯独身だったアンデルセンは不幸だったのか?
今は時代の過渡期なんだと思います。いろんな国や地域から、さまざまな声が出てくるのは仕方がないように思います。批判を避けたいのなら、ディズニー社は昔のヒット作の焼き直しではなく、アジアやアフリカや中南米で埋もれているユニークな神話や伝説をモチーフにした新作にさらに取り組むべきでしょう。また、キャスティングの問題以上に気になる要素が、ディズニー作品にはあると個人的には感じています。
アンデルセンが書いた原作童話『人魚姫』はみなさんもご存知のとおり、人魚姫と王子さまは結ばれず、人魚姫は海に溶け、泡となってしまいます。いわゆる、悲恋ものです。でも、悲恋だからこそ『人魚姫』は多くの人の胸に刻まれ、長年にわたって語り継がれてきたのではないでしょうか。片想いや失恋も、立派な恋愛だと思います。
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アンデルセン自身も失恋ばかりして、生涯を独身のまま過ごしています。でも、数々の名作童話を書き残したアンデルセンの人生が、不幸だったとは断定できないと思うのです。
世界情勢に合わなくなっているディズニーの作品
先ほど触れた実写版『ピノキオ』では酷評されたシンシア・エリヴォですが、現在公開中のユニバーサル映画『ウィキッド ふたりの魔女』にアリアナ・グランデと共にW主演し、自慢の歌唱力をたっぷりと披露しています。
ミュージカルの古典的名作『オズの魔法使い』(1939年)の前日譚である『ウィキッド』は、シンシア・エリヴォ演じる「悪い魔法使い」ことエルファバの青春時代を描いたものです。『オズの魔法使い』の悪役イメージと違い、エリファバは誤解されやすいけど、心優しいキャラとして『ウィキッド』では活躍しています。
キャスティングうんぬんよりも、ハッピーエンドにこだわり続けるディズニー作品は、これからの時代はいろいろと限界が生じるようになるんじゃないでしょうか。シンデレラストーリーのその先までを描いたインディペンデント映画『ANORA アノーラ』(公開中)が今年のアカデミー賞主要賞を独占したように、王子さまと結ばれることだけが幸せではないことはすでに多くの人が気づいているわけです。
肌の色や性別の多様性を訴えるだけでなく、幸せの価値観も多様であること、世界は善人と悪人とに簡単に分けられるものではないことも、これからのディズニー作品は謳ったほうがいいんじゃないですかね。『アナと雪の女王』(2012年)のさらに先を行く作品を期待したいところです。
文=映画ゾンビ・バブ