美術館や博物館に初めて行ったのは、いつだったろう。たしか中学か高校の課外授業で、足を運んだように思う。どこへ何を見に行ったのかはさっぱり覚えていないのに、ふしぎと楽しかった記憶だけは残っている。本作の主人公と同じように。
地方に住む24歳の武者(むしゃ)エリカには、人につけられたあだ名がある。いわく、「百人斬りの鬼武者」──それは彼女の苗字と、相手を問わず夜を共にすることに由来する。それゆえに広まった無遠慮な噂はエリカの勤め先をことごとく奪っていくが、お金のない彼女は地元を出ることができない。「誰もアタシを知らない所で働きたい...」とぼやくエリカが見つけたのは、山奥にある博物館の臨時職員の仕事だった。
無事に採用されたエリカとコンビを組むのは、学芸員の東海林文子(しょうじふみこ)だ。第一印象で文子に苦手意識を持ったエリカに対し、文子は専門家ならではの好奇心に満ちた質問を投げかけ、エリカを初手から唖然とさせる。
本作はマンガサイト「webアクション」で連載されている。単行本カバーのそでに書かれた言葉によれば、著者は以前、学芸員として働いていたという。巻末には参考資料も多く掲載されていた。自身の経験と丁寧な取材の積み重ねが、デビュー作ながらも本作の読みごたえへとつながっているのだろう。
さて、文子に館内を案内されたエリカは、ある掛け軸に目を留める。それは「聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)」という仏様を描いたもので、「観音講(かんのんこう)」と呼ばれる宗教行事で使われた一幅だった。今でいう「女子会」のように、一つの家に集まった女性たちが、お互いの思いを共有する──女友達のいない身には縁遠い話に、エリカは思わず背を向けてしまう。
各話は読み切りの形式で、毎回異なるテーマを描いている。それは今の博物館が抱える問題──配置人員の少なさや、展示替えにかかる手間や手続き、行政による予算の削減など、現実的なものばかり。初めて知る舞台裏に目を見張ると同時に、物語の主軸は、その場に携わる人たちの人生であることにも気づかされる。
自分の過去に追われるエリカをはじめ、たった一人の学芸員である文子や、立場は違っても共に働く同僚たち、そして博物館を訪れる人々にも、それぞれの物語がある。彼らにとって博物館は、勤め先でありながら、新たな未来と関係性をもたらす場でもあるのだ。
ちなみに一話の最後では、エリカと文子による「令和の観音講」が開かれる。何がどうしてそうなったのかは、実際に読んでのお楽しみ。すれ違っても、考えがぶつかっても、最後は互いを尊重し、向き合える人たちがいる職場は、とても素敵だ。
(田中香織)
『ミュージアムのふたり(1) (アクションコミックス)』
著者:山崎虔十
出版社:双葉社
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