
「ワールドカップの組み合わせ抽選会はいつも馬鹿げているが、今回はそれにトランプが加わってさらに馬鹿馬鹿しさが強まった」(『ワシントン・ポスト』)
「トランプ、ヴィレッジ・ピープル、そしてサッカーがほんの少し〜FIFAの恥ずかしいカーニバルへようこそ」(『ニューヨーク・タイムズ』)
「代表チームのためというより、ひとりの男のために作られた抽選会」(『SkyニュースUK』)
「フットボールのディストピア的未来を垣間見る」(『インディペンデント』)
「派手でぎこちないワールドカップの抽選会で、インファンティーノは世界で最も貴重な自尊心を満足させるために全力を尽くした」(『ガーディアン』)
「2026年ワールドカップの抽選で勝者は......ドナルド・トランプ」(『UOLブラジル』)
12月5日(現地時間)に行なわれたFIFAワールドカップ2026の組み合わせ抽選会に対し、世界中で大ブーイングが起こっている。
抽選会は突っ込みどころしかなかった。サッカーには関係ない音楽の演奏や小芝居がだらだらと続き、抽選が本格的に始まったのはオープニングから約90分後。つまり1試合と同じ時間を要した。ロナウドやロベルト・バッジョなど数多くのサッカー界のレジェンドが招かれているというのに、彼らはほとんど紹介されず、式典にただ豪華さを出すためのお飾りとなった。そして舞台に上がり抽選するのは、サッカーには関係ないアメリカの四大スポーツ――野球、バスケケットボール、アメリカンフットボール、アイスホッケーの選手たち。彼らは抽選会のルールもよくわかっていなければ、ワールドカップ出場を決めた国の名さえもちゃんと読むことができなかった。
そして何よりも、この抽選会を最悪の茶番にしたのが、これでもかというほどのトランプ礼賛だった。
共同開催国のカナダのマーク・カーニー首相とメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領も出席したが、ショーは最初から最後までトランプの独壇場だった。FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長の目にはトランプしか映っていなかった。
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【トランプをよいしょする理由】
それが最高潮に達したのはFIFA平和賞の授与。ノーベル平和賞を逃したトランプのために、FIFAは新たに平和賞をわざわざ創設して贈った。賞の授与の前には、トランプを称賛する4分間のビデオが流れ「大統領は任期中、世界で平和を追求している」とのナレーション。トランプが国内のソマリア系移民を「ゴミ」と呼び、国内外で抗議が巻き起こったたった数日後の出来事だ。
この賞は何を基準に選ぶのかも、誰が選んだのかも、他にどんな候補がいたのかも、いっさい明らかにされていない。もしFIFAが平和賞を作るなら、サッカーを通じて平和に貢献した者を表彰すべきだろう。トランプとサッカーは何の関係もない。トランプが自分で自分にメダルをかけるシーンでは、会場中にしらけた空気が流れていた。
『ワシントン・ポスト』は「この賞のおかげでトランプの来年のノーベル平和賞もなくなった」と報じている
これほどインファンティーノがトランプをよいしょするのは、「史上最大」を謳う来年のワールドカップの成功が彼にかかっているからだ。
たとえばトランプは現在、約12カ国の国民の入国を制限している。そこにはワールドカップに出場するハイチやイランも含まれている。今回の抽選会にはハイチ、イランの各4名だけに特別入国ビザが出されたが、このようにトランプは処置を緩めることもできれば、厳しくすることもできる。出場国のサポーターの観戦を可能にするのも不可能にするのも彼の胸先三寸だ。
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こうして組み合わせ抽選会はトランプ陣営の集会と化したのだ。
このイベントにおいてインファンティーノはまさにピエロだった。トランプの顔色をうかがい、拍手を送り、舞台上で自画撮りをする。ジャケットからシャツの袖が長く飛び出した最悪な着こなしも(なぜ誰も注意しなかったのだろう)、よりピエロ感を強調していた。
今回のワールドカップはアメリカ大会ではない。アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国の共催だ。開幕メキシコ、決勝はアメリカ。ならば組み合わせ抽選会くらいカナダでやるべきだったのではないか。カナダの人々は自分たちが無視されていると感じている。
【各国のサッカー関係者も辟易していたが...】
そもそもワールドカップの試合が行なわれないワシントンで抽選会が行なわれたのは、トランプの都合である。会場のケネディ・センターはホワイトハウスの目と鼻の先。トランプが多忙でホワイトハウスから離れられないと言ったため、抽選会がわざわざトランプのところまで出向いたのである。
ワシントンではつい先日、テロ事件が起こったばかりである。ホワイトハウスの前でふたりの州兵が銃撃された。今回の抽選会はその襲撃があってから初めてのワシントンでの公開イベントだった。当然、セキュリティーはものすごく厳しかった。ブラジルの『ESPN』や『UOL』の記者によると、会場付近は交通規制が敷かれたうえに、入場するには厳重な手荷物検査が行なわれた。窓口はひとつしかなく、世界各国から来た百人規模のメディアはカメラ機材やPCを抱えたまま、2時間以上、大雪の降る外で待たされたという。
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報道陣のなかにはアルゼンチンの『ディレクTV』のコメンテーターを務める元アルゼンチン代表GKセルヒオ・ゴイコエチェアもいた。90年ワールドカップ準決勝でイタリアのPKを止め、ディエゴ・マラドーナとその仲間たちを決勝に導いた立役者だ。彼も「もし今日が試合だったら、手がかじかんでPKも止められなかっただろう」と言っていた。
こうしたビジネス化、政治化した抽選会には各国のサッカー協会の幹部たちも辟易していた。だが、FIFAが儲けた富が自分たちにも流れ込み続けるなか、声を上げる者はほとんどいない。しかし、ノルウェーサッカー協会のリーセ・クラヴェネス会長は抽選会後、ノルウェーのテレビ局にこう語っている。
「今日はいろいろなものを見せられたが、真面目に抽選会をやっているようには見えなかった。我々はこうした事態を深刻に受け止め、警戒を怠らず、目を閉ざすことなく、FIFAがサッカーそのものに集中し、こうした事柄に注力しないよう働きかけなければならない」
ノルウェー代表監督ストーレ・ソルバッケンもインタビューでこう語った。
「今回の抽選会はいろいろな意味で異常だった。サッカーのことはほんの少しで、我々は時間をムダにした。おかしいと思うことに対して、我々は正直に声を上げるべきだ」
ちなみにFIFAがトランプを気持ちよくさせるために使ったこのショーの経費の総額は5000万ドル(約80億円)にも上ると言われている。トランプに与えられた金色の平和賞のトロフィーも、決して安いものではないだろう。
抽選会が終わると、ヴィレッジ・ピープルが「YMCA」を歌い出した。トランプの就任パーティーや集会でも演奏されているトランプのテーマソングとも言える曲だ。だが、長い茶番に延々とつき合わされ、呆れ果てていた聴衆は、立ち上がって舞台に背を向け、互いに話をはじめた。そして歌が終わるころには、2000人ほどがいた観客席はほぼ空に。「FIFA TV」はその様子を一瞬、映し出したが、すぐにカメラを切り替えた。
最後は視聴者や聴衆への「サンキュー」もなく、グダグダな雰囲気のなかで抽選会は終わった。ご満悦な様子で踊るトランプと、それをニコニコと見ながら拍手を送るインファンティーノを残して??。
サポーターの団体である「フットボール・サポーターズ・ヨーロッパ」の事務局長ロナン・エヴァイン氏は「インファンティーノはどれだけサッカーを貶めれば気が済むのか」と嘆いている。
「FIFAは政治から距離を置いている」という見せかけのメッキはこの日、完全に剥がれ落ちた。これはまさに政治そのものだった。そしてFIFAは金儲けのためなら何でもする団体であることを全世界に知らしめた。
