『酒場の文化史 (講談社学術文庫 1952)』海野 弘 講談社 居酒屋にスナック、バーラウンジなど、お酒を楽しむ場は現代において多種多様な広がりを見せている。今や人間にとって身近な空間となった"酒場"は、どのような経緯で生まれたのだろうか。そんな疑問へのヒントを得るきっかけになるのが、今回紹介する書籍『酒場の文化史』(講談社)だ。
本書の著者は、受賞歴もある文筆家の海野 弘氏。早稲田大学文学部ロシア文学科を卒業していて、これまでアール・ヌーヴォーやアール・デコ、都市論といったさまざまなジャンルをテーマに執筆活動をおこなっている。
海野氏は、人類史における酒場の誕生は中石器時代の"洞窟酒場"にまでさかのぼると推測する。そしてその情景を彷彿とさせる描写が示されているのが、詩人・ホメロスの作品『オデュッセイア』だという。
物語の中で主人公のオデュッセウスは、「キュクロープス」と呼ばれる人々の島に船旅の途中で訪問。キュクロープスは農耕文化以前の暮らしを送る、「狂暴無法」な人間たちとして描かれている。
ワインの作り方さえも知らないキュクロープスたちが住むエリアへ、オデュッセウスとその仲間は手元にあった「黒い甘い酒」を持ち込んだ。そして、とある岩屋の中でその場にあった食べ物を味わっていると、まるで怪物のようなキュクロープスの大男が現れ、オデュッセウスたちを岩屋に閉じ込めてしまう。
「オデュッセウスは、自分たちは旅人であり、旅人が当然受けるべきもてなしを受けにきた、という。キュクロープスはせせら笑って、彼らの二人を殺して食べてしまう。オデュッセウスは、旅人が宿と食事などの饗応(きょうおう)を受けるのは当然であるという論理を持っているが、キュクロープスには通じない。なぜなら彼らは社会を持っていないからだ。
旅人の権利は、オデュッセウス的文明社会で意味を持つようになる。異なった人間が寄り集まって、〈もてなし〉の空間が成立する。この〈もてなし〉の空間において、宿屋や酒場が成立してくるのである。〈もてなし〉の酒を知らないキュクロープスは、他の人間を食べてしまうのである」(本書より)
ちなみにその後、キュクロープスはオデュッセウスに酒を飲まされ泥酔し、眠ってしまったところで目を潰されるという仕打ちを受けている。
「キュクロープスは、旅人をもてなすことを拒否して、ひどいしっぺ返しを受けた。もし彼らが、〈もてなし〉を承知していたとしたら、その洞窟はたちまち酒場になっていたはずなのであった。
キュクロープスの場合は失敗に終ったが、酒は洞窟にもたらされ、〈つきあい〉の空間が形成される。『オデュッセイア』にしばしば酒宴の様子が語られる。オデュッセウスは、さまざまな土地を、酒を船に積んで訪れる。またその地でご馳走になる。これは酒による交流の物語ともいえるのである」(本書より)
海野氏いわく、"酒"は社会やルール、農耕文化などとの結びつきが強い概念であり、その酒を楽しむ"酒場"も文明との関わりが深いといえる。
「キュクロープスは、社会や掟を持っていず、そこでは葡萄は野生のままであり、彼らは農耕技術を持っていない。船に酒を積んでやってくるオデュッセウスはこれの反対のものと考えることができる。
紀元前四〇〇〇年ごろにはメソポタミアで、葡萄が、酒をつくるために栽培されていたというから、キュクロープスの話は、中石器文化が、農耕技術を持った新石器文化(そして青銅器文化)に接触した時のことを語っているのだ。その出会いに酒が登場するのである」(本書より)
なお、酒場の概念が登場するのは古代ギリシア文学だけではない。日本の神話を描いた『古事記』においても、酒場の概念が読み取れる箇所があるという。それが、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治のエピソードだ。
スサノオは、農耕の起源に関係する存在として知られる。そのスサノオが出雲国を訪れ、山の怪物・ヤマタノオロチの退治をおこなうために実行したのが、「八塩折之酒(やしおりのさけ)」を飲ませて眠らせる作戦だ。スサノオは8つの門を作り、各所に桟敷と酒を入れる容器を設置。そこへヤマタノオロチの頭を1つずつ入れて酒に酔わせ、眠ってしまった隙に首を落とした。
「門があり、その中に桟敷があって、酒船が置かれているというのは、これはまさに酒場である。スサノオは八つの酒場をつくらせたのだ。
スサノオは酒場によってオロチを征服したのである」(本書より)
文学作品における描写から垣間見えた"酒場"の原型。"飲みにケーション"も廃れ、酒場に行かない人も増えている現代だが、酒場というのは同じ共同体の人々同士、あるいは異文化同士が混ざり合う場として、形を変えながら現代にまで受け継がれてきたのかもしれない。
『酒場の文化史 (講談社学術文庫 1952)』
著者:海野 弘
出版社:講談社
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